2010年01月16日

コメントforちこりんさん

ちこりんさん、コメントありがとうございます。
初打ちの7日は私と同じですが、初試合が10日とは!
同世代がバド頑張っているのは、本当、嬉しい限りです。
これからも、ますますバドメインでお互いに頑張っていきましょうね!

コメント欄に投稿しようとしたのですが、なぜかエラーになって
投稿できなかったので、本文として投稿します。

初質問もありがとうございます。
@の問題は、う〜む・・・難しい問題ですね。

一般論を言えば、人それぞれ性格もプレーも違うので、刀と鞘の
ように、100%ぴったりナイスフィットなパートナーというのは
事実上存在しないと思います。
こうして欲しい、そこはそうしないで欲しい、という思いは
人の付き合いと同じで、どんなペアにでも存在する状況
(問題ではない)ではないでしょうか?

なので、パートナーとして組んでいる以上、ある程度相手に
合わせた動きというのは、必要になってくると思います。
ちこりんさんのパートナーの方の不満としては、前衛にへばりつく
ちこりんさんに、もう少し後ろの方にも対応して欲しい、という
ことなのかもしれません。(邪推かもしれませんが)

ダブルスなので、目的としては「勝利」であり、勝利の為には
トップ&バックで居続けることが、可能性は高いです。
ですので、どんどん前衛に入ることは良いことです。
トップ&バック状態で居られるなら、そのままが良いので。

@のケースを僕が判断しきれないのは、パートナーの方の考え(真意)がよく分からないからです。
回ってローテーションするのが好き、なのは分かりますが、それが
楽しいから好きなのか、その方が強くて勝てると思っているからなのか・・・
後者であれば良いのですが、ただ単に楽しいから、が理由の場合
「私はレシーブが好きだから」と、全て高〜くロブで上げて
レシーブすることに悦に入っているようなケースだと、ちょっと
困りますね。

文面だけの判断で恐縮ですが、ちこりんさんは「前衛に入りたい」
パートナーは「ローテーションしたい」と感覚が異なっています。
その個人の嗜好を貫くのは、完全に本人の自由ですが、貫くならば
違う感覚を同じように貫く人とは「こうして欲しいのに〜」という
不満が互いにぶつかってしまうのは、当然のことだと思います。

お互いがそのままであれば、ペアとして「合わない」と思います。
ちこりんさんは、後衛が強くて好きなパートナー、ローテ好きな
人は、同じようにローテ好きな人と組むのが、需要と供給がうまく
かみ合って、ストレスが溜まらないのではないでしょうか?

ただ、初めに書いたように、100%不満のないペアなど居ません。
人それぞれであり、個性もプレーのレベルもくせも十人十色です。
ですので、気をつけなければならないと僕が思うことは
鳩山内閣ではありませんが「友愛」の精神ですね。

相手の特性に合わせて、この相手とならこういうプレーをすれば
ペアとして最大の力が出せる、ということを考えていく
「思いやり」のプレーが必要なのではないでしょうか?

例えば、ドライブの苦手なパートナーの場合は、あまりドライブ
勝負に持ち込んだら、パートナーは対応できずにやられてしまう
ケースの場合は、なるべくしっかり上げたり、ネットに落としたり
という分かりやすい大きなラリーにするとか、レシーブが苦手な
パートナーなら、自分側にロブを上げるとか、スマッシュが強い
パートナーなら、極力ネットに落として自分が前に入るとか。

月並みな結論ですが、お互いが少し我慢して相手に合わせる
というのが良いと思います。
相手に合わせてるのが自分だけ、の場合は・・・スパッと解消
するしかないですかねえ(^^;
ストレス溜まるだけですもんね。

AJ-SPORTのバド映像は、僕も良く見ます。
世界のトップレベルの試合は、もちろん僕から見ても超人的で
同じようなプレーなど望むべくもありませんが、中国の超人的な
プレーでも、いや、だからこそ、初級〜中級の方にも確実に
参考になりますよ!

ただ、こういうトッププレーには見方というものがあります。
それは、ゲームのラリーを追うのではなく、個々のプレーを
ピックアップして観察するのです。

ピックアップするというのは、自分が参考にしたいプレーや
動き、スイング、フットワークなどに焦点を当てて研究するのです。

超人的プレーは、ラリーの流れだけを追えば「うわ〜!すっげ〜」
と、アクロバチックなサーカスを見ているような、驚きと楽しさだけ
で終わってしまいます。

そうではなく、自分が参考にしたいプレーを「スロー再生」で
繰り返し繰り返し研究するのです。

超人的プレーも、スローで再生すれば、どのようにスイングして
どのようにフェイントをかけて、どのように効かされながらも対応して
どのように動いている、というのがじっくり見ることができます。

リンダンの逆カット、ヒダヤットのハイバックスマッシュ
リーチョンウェイのジャンピングクロススマッシュなど、スローで
見れば、その動きのシステムがよく分かります。
分かるから、できるわけではありませんが・・・

ただ、トップの選手は、全ての動きが「正しい」動き方をしており
また「正しい」打ち方をしており、「正しい」かわし方もしています。

その個々の動きをスローで見ることによって、動きのメカニズムが
克明に明らかになります。
「ああ、こんなにひじを引いているんだ」とか
「あそこから、あんなにラケット面を切ってカットしてるんだ」
とか
「そこまでタイミングをずらしてからフェイントかけてるんだ」とか。

同じプレーはできなくても、どのように動いているかを「知る」ことは
ものすごく参考になると思います。
知ったそのプレーの数十パーセントでも、次の練習・試合に出せれば
それ即ち「上達」だと思います。
今まで知らなかった為に打てなかったショットが、打てるように
なったのですから。

Aの結論としては
「世界レベルの選手の試合は、ポイントを絞ってスローで繰り返し
見ましょう」
です。

僕も、日々リンダンVSチェンジンのシングルス(2009年世界選手権決勝)の映像を見ています。
リンダンのフォア奥からのジャンピングクロススマッシュを
穴の開くほど見ていますが・・・あれはマネできません(^^;
せめて、ジャンピングクロスカットくらいは打てるようになりたい
マサやんでした。

ではまたコメントお待ちしていますよ〜!
posted by まさやん at 01:21| 大阪 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月02日

年始挨拶

皆さん、新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

昨年もそうですが、今年もどこへ行く予定もないお正月で
今朝はおとそということで、隣の平和堂で買ってきた純米酒を
2合ほど飲んだら、気持ち良〜く酔ってしまい、2時間ほど
昼寝をしてしまって、その流れでTV見ながらダラダラと過ごし
やがて夕食をとったのですが、MBS(関東はTBS)では
「SASUKE」を放送しておりました。

この番組が好きな僕は、参加者のような気持ちになって
感情移入しながら、クリヤしたらガッツポーズしたり、クリヤ
できずに無念のリタイヤになったら「あ〜!」と大きな声を
出して落胆したりしながら見ていました。

ここに登場する何人かの人は、SASUKEが全てと臆面もなく言い
切って、生活の全てをSASUKEに掛けているのです。
これを「バッカじゃないの〜」って白けていうのは簡単ですが
僕はSASUKEでも何でも、自分が熱中できて一生懸命になれる
ものがあるならば、それは素晴らしいことだと思います。

サザンの初期の歌にある歌詞ですが

「冷めたヒトミの人には〜、何もできない」

なのです。
社会人になって、毎日平凡な日々が続くと、ついつい何事も
なく日々は過ぎ去っていきます。
それが悪いわけでもないと思いますが、やはりせっかく一度の
人生なんだし、幸いにも健康体で動ける体なのですから、何か
に熱くいた方が、充実した人生を送れると思いますね。
ただ、サスケオールスターズと言っておきながら、第一ステージ
でリタイヤは少し情けないけど・・・

SASUKEを見たから、というわけではありませんが、先ほど
マンションの屋内駐車場スペースで、なわとび(二重跳び50回
10セット、インターバル30秒)、シャドウフットワーク(疲れ
てできなくなるまで)、素振り(軟式テニスラケットカバー
付け、できなくなるまで)、30mダッシュ10本、をやって
クッタクタになってきました。
外は凍えるほどの寒さですが、汗だくになってしまいました。
ただ、駐車場なので、マンションの住人が戻ってきた時は
ちょっと恥ずかしいので一時的に中断するのですが(^^;

お正月初日からトレーニングしたことなど、人生で初めてです。
別にエラくも何ともないですが、運動しない期間を長くしたく
なかったことと、今年もバド頑張っていくぞ!という自分への
気合入れ儀式として、ちょっと張り切ってしまいました。

ということで、大した投稿ではありませんでしたが、節目の
一日でしたので、書き込ませて頂きました。

あっ!油断してたら、12時回って2日になってた(^^;
ということで、今年もよろしくお願いします!

本日、史上3人目のSASUKE完全制覇を成し遂げた、靴のHARUTA
の営業、漆原さん。おめでとうございます!
クリヤの瞬間、感動してTVの前でガッツポーズしてしまい
ました。縄ばしごの登りは、サル並みに速かったですね!?
僕も一回SASUKEやってみたいなあ。多分第一ステージはクリヤ
できるかな?いや、トランポリンでリタイヤかな・・・

ではまた。
posted by まさやん at 00:16| 大阪 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

スマッシュレシーブは打った相手にドライブで返そう

桑田さんがニューシングル出しましたね!
「君にサヨナラを」です。
僕は自他共に認める、大のサザンファン、つまり桑田さんの
ファンですのでCDが発売されたら、TSUTAYAで借りて録音など
という背信行為はしないで、ファンらしく、桑田さんには
ますます儲かって潤って頑張って欲しいという思いで、ちゃんと
お金を出して、自分のコレクションにするのです。
僕一人分の売り上げなどしれてますが・・・
桑田さんがいつか天に召されるその日まで、僕はずっとCDを
買い続けて応援し続けていきたいと思っています。

サザンの活動を休止してはおりますが、桑田さん自身の活動は
とどまることを知らず、音楽寅さんでの多才な芸人ぶりに始まり
その番組での作曲、そしてこの曲のリリース、さらに、ライブ
開催を検討しているとのことで、その時に新曲が少ないとバツが
悪い的なコメントをされていました。
何歳になっても衰えることのない創作意欲。ホント桑田さんと
同じ時代に生きていて良かったなあと思います。

桑田さんの曲の作り方は、完全に「曲先」。つまりメロディー
から先に作って、そこに歌詞をあてはめていくのだそうです。
ゆえに、昔の桑田さんの曲は、歌詞がハチャメチャなことも
少なからずだったのですが、桑田さんも大人になり成長したのか
!?ここ最近の歌詞は、実にココロに響くのです。

「君にサヨナラを」では、身近な人が亡くなっていく寂しさと
そしてそんな年齢になってきて、白髪が増えたり、身長が縮ん
だり、というダサい(本人いわく)部分について、歌っている
そうなのですが

やけに退屈な人生だけど 本当の自分に会えるかな?

とか

時は過ぎ枯れても 誰かを愛していたいForever

とか

こんなうらぶれた男だけど 素敵な恋もしていたよ

とか、何か世の中の一般人が、生活の中でふと悩んだり疑問に
感じたりしていることを、さりげなく歌詞に乗せ「大丈夫だよ!
頑張れよ!」と勇気を与えてくれているような気がして、酒を
飲みながら歌詞の意味をかみしめると、どうしても涙が溢れて
止まらなくなるのです。

ちょっと前の「明日晴れるかな」にもいい歌詞があります。

遠い過去よりまだ見ぬ人生は 夢一つかなえるためにある

とか

奇跡のドアを開けるのは誰?(中略)君は気づくでしょうか?
その鍵はもう 君の手のひらの上に

とか

その命は永遠じゃない

とか。
夢一つの部分は、くしくも先日書いた秋山好古のセリフに通じる
ところがあります。
あれこれ何でも器用にこなせなくていい。何か自分の特性を
活かして「俺は人生でこれをやった!」と言えることが、ほんの
一つだけあればいいんだ、という考え方はずいぶんと気持ちを
楽にしてくれるような気がします。

あれもやりたい、これもやってみたい、でもなかなか時間も
きっかけもないし、結局何にもできない〜、って思っている人は
相当多いと思われますので。

また、奇跡のドア〜の歌詞は、自分の夢をかなえるのは、他でも
ない自分自身なんだ、自分の夢は、自分自身が知っているんだ
ということを明確に教えてくれております。

その命〜は、僕もお気に入りの考え方「人生一度きり」という
ことです。

つまり「明日晴れるかな」という、明日を夢見る気持ちでは
なくて、今日、今こそ自分の夢に向かって行動するんだ、という
叱咤激励なんだと思います。

まあ、上記は僕の考え方から見た「色眼鏡」を通しての感じ方
ですので、桑田さんの本意は違うかもしれませんが、受け取り
方は100人100様。
それが前向きに良い方向で影響を与えているならば、どう受け
取ろうが自由だと思います。

いやいや、いくら歌詞が良くったって、やはりメロディーが良く
なければ、曲として良い歌ということにはならないのですが
桑田さんの作る曲は、親しみやすくシンプルながら、毎回少し
ずつ新たなメロディーラインが付加されており、聴くと心が
温まり、万人に愛される普遍性を持っていると思います。
サザン、桑田さんの曲を「嫌い」っていう人には、お目に
かかったことがありません!

「君にサヨナラを」もう30回以上リピート再生で聴きました。
次回のカラオケでは、最初に歌うと思われます!?
皆さんも是非購入して下さい。

それに加えて、スキマスイッチの4thアルバム
「ナユタとフカシギ」も同時に購入しました。
この奇天烈な題名の意味、お分かりですか?
自慢じゃないですが、僕はこの言葉の意味は幼稚園の時から
知っていましたv(^^)v

これは、実は数の単位を表す言葉なのです。

数の単位は、一、十、百、千、万、億、兆くらいまでは、日常
口にすることがあると思いますが、この単位には、まだまだ先が
あるのです。

京(ケイ)、垓 (ガイ)、予(ジョ)、穣(ジョウ)、溝
(コウ)、澗(カン)、正(セイ)、載(サイ)、極(ゴク)
恒河沙 (ゴウガシャ)、阿僧祇 (アソウギ)ときて
その次が、今回の題名である、那由多 (ナユタ)、不可思議
(フカシギ)ときて、最後が無量大数 (ムリョウタイスウ)
となるのです。

プチネタとしては、ゴウガシャというのは、ガンジス川の砂の
意味で、それくらい多くある、ということだそうです。

スキマスイッチいわく、今回のアルバムを作るにあたって
本当にたくさんの思いをぶつけ合ったそうで、彼らが生きてきた
30年間もその意味に含まれているそうです。
多い、ということから、まず「ナユタ」が浮かび、フカシギ
ムリョウタイスウ、つまり無限のものに続いていく。まだまだ
この先もあるし、ムリョウタイスウは大きすぎることから
今回の名前になったそうです。
色々と考えてますね〜。

僕はこれを幼稚園の時に知ったと書きましたが、それは事実で
しかし実は自分で勉強して覚えたわけではなく、その時分の
友達がなぜか知っていたので、彼に教えてもらったのをずっと
覚えていたのがほんとのところです。
さすがに単位名の漢字はインターネットで調べましたが・・・

その友達の名は筒井くん。もうどこにいるかも分からないので
本名で書きます。
この時のエピソードがちょっとネタになるので、書きますね。

「筒井!オレにも数の単位教えてや」
「ええよ」
「覚えたいから紙に書いてくれへん」
「わかった」

と、筒井くんは、しばらく机に顔を伏して、カリカリと鉛筆を
一心不乱に走らせて、僕のために単位を書いてくれていました。
時折筆が止まっていましたが、それは思い出しながら書いて
くれていたのでしょう。
少なからぬ時間が経過してから

「できたで」

と渡された紙を見た僕は、幼稚園児ながら、その衝撃に貧血で
卒倒しそうになりました。
その紙には、なんと以下のように書かれていたのです。


10
100
1000
10000
100000
1000000
10000000
100000000
1000000000
(以下省略)

筒井くんは、難しそうな顔しながら書いていたので、単位の
呼び名を思い出しながら書いているのかなあと思っていたら
イチジュウヒャクセンマンと呪文のように唱えながら、0の数を
間違えないように必死で数えて書いていたのでした。
こんなん、単位知らなくても誰でも書けます。
幼稚園の段階で、こんな難しい単位を全て覚えていながら
伝達能力は幼稚園児そのものでした・・・
いまだに忘れられないエピソードです(^^)

ではそろそろバドの話。

<スマッシュレシーブは打った相手にドライブで返そう>

これはダブルスでの話です。

基礎打ちでのスマッシュは、基本的に奥に大きく返すレシーブ
だと思いますが、試合でのレシーブは、奥に大きくばかりでは
単純に連続で攻撃を食らうだけになってしまいます。

いや、連続で打たれないようにするからこそ、より奥で大きく
という意識なのかもしれませんが、スマッシュレシーブを
大きく返すことには、次のリスク・デメリットがあります。

1.連続攻撃を食らうこと
 大きくレシーブすることは、相手前衛を避けて捕まらない
 ようにする、というのは分かるのですが、結論を言うと
「上げているだけ」ですので、守勢の状況は変わらないのです。
 上げているので、相手からは上から下へのショット、つまり
 攻撃を受け続けることになります。
 無論、上げ方(クロスへの厳しい切り返し)にもよりますが。

2.ラケットが大振りになる
 大きくレシーブしようとすると、ラケットを大きく強く振ろう
 としてしまいます。
 本当は、相手のスマッシュはそもそも速いので、その速度を
 利用して、コンパクトに面を合わせれば、あまり大きく振ら
 なくても勢いのある球を返せるのですが、その考えがない人
 は(その人は多いと思われます)強い球を出そうとするあまり
 強く大きくラケットを振り回してしまうのです。
 よく見かけるのが、フォア側に来たスマッシュを、フォアで
 マン振りの大きなスイングで、バチーンと強烈にヒットする
 場面です。
 これ、ドンピシャ当たって、クロスにズバッとエースショット
 が出たら、それは爽快で気持ちの良い瞬間なのですが、まず
 そんな「偶然」は出ない確率の方が全然高いのです。
 ただでさえ速くてレシーブが難しい球を、野球のスイングの
 ようにブンブン振り回してなどいたら、正確に捕らえられる
 確率は下がるに決まっているのに・・・
 これ、何度も書いてきましたが、僕の周りでやっている人は
 いつまで経っても同じことやっています(^^;
 多分、エースショットの快感が忘れられないのでしょう。

3.純粋に難しい
 速いスマッシュを奥まで綺麗に大きく返すことって、難しく
 ありませんか?
 僕はレシーブが苦手なこともあり、基礎打ちのスマッシュ
 レシーブの、相手が必ずスマッシュを打ってくると決まって
 いるシチュエーションにも関わらず、あまり上手くレシーブ
 できないのです。僕の技術の問題もありますが・・・
 一回くらいならば綺麗に返りますが、それも何回も何回も
 同じようにきっちり奥まで返し続けるのは、僕は難しい事だと
 思っています。
 費用対効果ではないですが、そんな難しい事を頑張って
 続けても、その結果が、連続でスマッシュを受けるという事
 ならば、その選択肢は捨てる方が良い結果が得られると思い
 ます。

これらは、重大なデメリットだと思います。
そこで、標題の「打った相手へのドライブでのレシーブ」
となるのです。
このショットのメリットは、そんまんまデメリットの真逆で
あります。

1.連続攻撃を食らわない
 スマッシュを打った相手は、大抵は体勢が崩れているものです
 強いショットを打っているので、少しは乱れているのです。
 ただ、そこで高くロブで返してしまうと、少し崩れた態勢を
 十分に立て直す時間の余裕を与えてしまいます。
 そこを、乱れた態勢の相手に向かって、一直線にドライブで
 返球すると、なかなかそこから連続で強いドライブなどでは
 打てないものです。
 もちろん、スマッシュを打ってすぐさま次の攻撃を仕掛ける
 べく、打った後にすぐコンパクトにラケットを振れるように
 準備している上級者もいますが、一般論としてドライブで
 スマッシュを打った人への返球は効果的です。
 これも微妙で、ドライブで返球するつもりが、ネットを超え
 てからのシャトルの勢いがないと、逆に相手にとって
 おいしいチャンボ(チャンスボール)になりますので要注意
 です。

2.スイングがコンパクトになる
 ドライブで返球しようとするならば、ラケットを振り回して
 いては打てません。
 スマッシュ自体の速度が速いので、それに対して大きく
 スイングしていては、まずはちゃんと打てる確率が下がると
 いうものです。
 速いスマッシュに対しては、極端に言えばラケット面を動か
 さなくて、面に当てるだけでも、シャトルはそこそこの速度
 で跳ね返ってくれます。
 何か強い球に対しては、こちらも強い力で返さなきゃ!と
 力んでしまうのが大振りの原因ですが、当たれば強い球が
 出せても、確率論で言うと選択すべき良策とは言い難いです
 スマッシュの速度をありがたく利用させて頂いて、ラケット
 面を合わせて、小さな振りで前に押し出すイメージで打てば
 大した力を使うことなく、強いドライブが打てるのです。

3.易しい
 これが一番のメリットではないですかね。
 最初から「ドライブで返そう」と思って、面を合わせて前に
 押し出すつもりで待っていると、速いスマッシュでも結構
 レシーブしやすいものです。
 相手の球が「速い、速いぞ〜!」と緊張して体に力が入ると
 元々取りにくいものが、さらに取りにくくなってしまいます。
 ではなくて、最初から「前で弾くだけでドライブで返せる」
 という気持ちで待っているだけで、体も気持ちもリラックス
 させられますし、そのリラックスこそが大きな恩恵だと思う
 のです。
 確かに速くて角度あるスマッシュは一番の脅威ですが、実は
 スマッシュは速いだけに、直線的にやってくるショット
 なので、面を合わせるだけなら、ダブルスの場合はそれほど
 難しくないと思います。シングルスの場合は、体を動かして
 レシーブするので、必然的に難易度は上がりますが。

では、具体的にはどう打つのか?が問題ですね。

こういうのを写真や映像(スローも含め)でお見せできれば
良いのですが、まだその準備ができていないので、当面は得意
の文章でご勘弁下さい(^^;

両足を肩幅より少し大きめに開いて構え、両膝は軽く曲げる。
膝を曲げておかないと、上半身の動きにも制限が出ますし
いわゆる棒立ち状態となり、ドロップやクリヤーなどにも対応
できない「死に体」の形ですので、疲れていても膝は曲げなけ
ればなりません。
(僕は、疲れるとよく棒立ちになるのですが・・・)

膝を曲げると、自然に腰が沈む形になります。そこで少し前傾
姿勢になり、どこでも動ける態勢を作ります。
その際猫背ではない方がよいでしょう。背すじを伸ばしていた
方が、体幹の軸が安定するので、末端の腕やラケットも自然
安定すると思います。

そこで、ラケットを持つ利き手のひじを少し体から離して
そのひじを軽く曲げておきます。
ラケットヘッドは先端が顔の近くに来るように上げて、イース
タングリップでリストスタンドを保ち、利き腕じゃない腕も
利き手と同じように構えておきます。これはバランスの意味で
あります。

イースタングリップですが、レシーブは基本的にバックハンド
で打ちますので、親指の腹はグリップに添えて(サムアップ)
押し出す力を加えて、ラケットを操作しやすくします。

そして、相手のショットに対してラケットを出すわけですが
ひじを瞬間的に前に先行させてから、ラケット面を押し出すの
です。

ひじを曲げてリストスタンドを保った状態で、ひじを前に出すと
ラケットヘッドは、体側に残る形になります。

ひじを曲げてひじを前に押し出した状態は、つまり脇が開いた
状態ですね。
腕とひじとラケットで「C」の字が出来ている感じです。

そこでまた瞬間的に、先行させたひじを締める感じでラケット
面を保ちながら、バックハンドで布団叩き!?をするように
引っぱたくのです。

文章で書くと複雑怪奇ですが、最初の構えはいわゆる自然体で
その姿勢で、ひじを出して脇を締める、そうするとコンパクト
にラケットヘッドが小さく速く振れる、という仕掛けです。

ここでのポイントは、シャトルをヒットする時に、ラケット面
がしっかり打球方向に保たれているかどうか?ということ。
面が打つ方を向いていないと、方向性が狂いますし、勢いが
なくなりますので。

またしっかりとリストスタンドを保ったまま振らないと、ヘッド
が走ってくれないので、これまた強い球が出せません。

後は、やはりなるべく体の上下動を少なくして、安定した体勢
でシャトルを迎えるようにすることです。
初心のうちは、どうしても「スマッシュが速いっ!」て思うと
ピチピチのエビみたいに、ビクっと緊張して体全身で伸び
上がってしまい、体もラケットもブレブレで、動きもぐちゃ
ぐちゃになりがちだからです。

なるべく小さく少ない動作で、視線を安定させて、落ち着いて
いることが、速いシャトルに対応するのに重要なことだと思い
ます。

とはいえ、基本的にスマッシュレシーブは難しいものだと思い
ます。速さイコール脅威だからです。

あの王貞治も「速球が一番難しい」(だったかな?意味合いは
近い)と語っておりました。
そりゃそうですね。速くなればなるほど、こちらの反応速度も
短くなるので。
時速30キロならば、子供が不意に飛び出しても急ブレーキで
止まれますが、時速100キロでぶっ飛ばしていたならば
それは無理です。

しかし球が速いからこそ、取れる確率の高い方法で臨まなければ
さらに拾える確率が下がってしまいます。

とにかく最重要ポイントは

「大振りをしない」

に尽きます。
速いスマッシュに対して、大振りするくらいなら、面を合わせて
ラケットを出すだけ、の方がまだ取れる確率としては上がるの
ではないでしょうか?

大振りは、ドラコンホールでのマン振りだけで十分です。
小さくコンパクト、かつ速い振りを意識してレシーブしましょう
***************************

今日はお休み。ということで、昨夜は大学時代の友人前川と
二人で忘年会でした。
前川と飲むと、利害関係がなく学生のノリに戻るので、どう
しても盛り上がって、酒の量はハンパない飲み方になるのです。
前回の前川との飲み会では、最初は「今日は軽めにしよう」と
宣言したのもどこへやら、ビール、ビール、焼酎お湯割り
お湯割り、お湯割り・・・と際限なくお代わりしまくって
レシートが50cmくらいの長さになって、帰りも6駅乗り
過ごしたくらいです。
さあ、どこで飲もか?と僕が切り出したら、前川は何と
「王将に行きたい」と言うのです。

まあ、僕はどの店でも良かったのですが、まさか食事メインの
王将では、お酒のバリエーションも少なかろうとの予想通りに
ビールとチューハイ数種類と日本酒しかなく、実は前川と会う前
に既に他のメンバーと少し飲んでいた僕は、今更ビールでも
ないし、甘いチューハイもどうかと思ったので、消去法で
日本酒熱燗ということになり、それからいつものように
終わる事ないお代わりの嵐が吹き荒れ、気がつくと二人とも
ろれつが回らないくらいに泥酔しておりました。

他愛のない話を繰り返し、思った事をストレートに話せる
学生時代の友人との飲み会は、気楽で本当に楽しく、日本酒の
熱燗は、かつてそこまで飲んだことのないほど、注文しまくり
頼んでから出てくるのにタイムラグがあるので、しまいには
二本ずつオーダーしていました(^^;
まさに二本(日本)酒だな、とクダらな過ぎるオヤジギャグは
すんでのところで発言を思いとどまりました!?

最後は得意の「部分的記憶喪失」状態に陥り、朦朧とした頭で
会計したのですが、王将では記録的とも言える¥7,000越え
のお支払いとなり、よろつく足でかろうじて自宅にたどり着き
そのままリビングで、朝5時に寒くなって目が覚めるまで
ご臨終の体(てい)でした。

そして、今はお酒も抜け、スキマスイッチの新曲「ゴールデン
タイムラバー」を繰り返し聞きながら、異常に難しいこの曲を
覚えようとしながら、この記事を書いております。
いやあ、この曲はマジで難しいっす。スキマ〜の大橋さんも
難しいっていうくらいなので(本当)
ちなみに、この曲はどこまで歌詞を詰め込めるか、に挑戦した
そうで、レコーディング時には酸素ボンベを準備していたそう
です!

来年早々のT商業高校の合宿では、前夜の飲み会がカラオケBOX
ですので、酸素ボンベ持参でこの曲を絶叫したいと思います
(^^)
いやいや、バドメインで頑張ります・・・

ではまた!
posted by まさやん at 13:39| 大阪 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月16日

コメントありがとうございます!

みなさん、僕の甘えに敏感に反応して下さって本当にありがとう
ございます!
感謝感激カムサハムニダです!?

いの一番にコメント頂いたkanさん。メールでのトレーニングと
試合結果報告ありがとうございます。
なわとびの成果が出ているようで良かったですね!
5試合戦って準優勝ならば、素晴らしいと思います。
試合で4回も勝つのは、なかなか簡単にはできないことだと
思いますので。
また、定期的に報告お待ちしておりますし、僕の方も報告返し
!?していきますね。
リクエストはどんどんお願いします。と言いますのは、毎回
何を書くべきかと思案しているからです。
リクエストして頂ければ、そのことにフォーカスできますし
あらたにその問題に対しての考察も深めることができますので。
ご遠慮なくお願いします。

まさっちさん!痛めている腰は大丈夫ですか?
簡単には良くならない症状ですので、何卒無理しないで欲しい
と思います。
そのあくなき向上心に応えられるよう、僕もまだまだ満足せず
に上達を目指していきますね!
その中で気づいたこと、ひらめいたこと、学んだことがあれば
惜しみなく公開していきますので、引き続きよろしくお願い
します。

しょうさん、いつもご愛読ありがとうございます。
今回も、以前の記事も参考になったということで僕も嬉しい
です。
新しい情報、映像情報は、僕もどんなものが作れるのか
ワクワクしています!
今ふと考えたのは、一般的な技術・知識もいいと思うのですが
個々の方達に、オーダーメイド的な情報をまとめられたら
どんなに素晴らしいだろうと思いました。
しかし、それはたいそう気合と時間を要することだと思われ
ますが、皆さんの悩みは一様ではないと思います。
まだ、何をどう作るかも構想すらありませんが、徐々に考えて
いきたいと思います。
そういう意味でも、リクエストは是非是非お願いします!

ねこさん、バド楽しんでおられるようですね。
ブログも拝見しました。海外旅行の大ベテランですね!
僕のハワイ5回が薄〜くかすんでしまいます・・・
同じ大阪ですので、是非一度アポを取って一緒にバドをやり
ましょう!

ばーばらさん、初めまして、ですかね?
期待して頂いて、僕もますます気合が入りました!
豚もおだてりゃ木に登るし、マサやんにコメントくれりゃあ
長文がますます長くなる!?です。
これからもご愛読頂いて、ばーばらさんのバドに少しでも効果
があることを期待しながら記事作成していきます。
映像情報も作成頑張りますね。

キシモトさん、ついに本名が出ましたね!カタカナですが。
福島では、本当に失礼しました・・・
せっかくお越し頂きながら、何故ビールのグラスでも片手に
「さあ、どうぞ!」ができなかったんだ、と強烈に後悔して
おります・・・
かくなる上は、必ずや愛媛県今治市に乗り込みますね。
今年は残念ながら、一緒にバドの目標が達成できませんでしたが
来年こそは、必ずバド&飲み(歌いもok!?)でお願いします。

そしてconumさん。温かい、温かすぎるコメント、感謝の極み
です!
確かに僕の文章は長文ですが、何か書き始めると中途半端に
端折りたくなくなってしまうのです。
あと、結構自分で読んでても面白いと思ってしまいます(^^)
私より3歳と4日年下ということは、昭和43年6月2日生まれ
ですね!
同世代かつ同じふたご座ということで、気が合いそうです!?
ここまで嬉しいコメント頂けたので、毎回読んでもらえている
んだな、と確信してこれからも孤独に耐えて!?書き続けて
いきますね。
大事なことは、また定期的に繰り返していきたいと思います。
まあ、少しだけ切り口は変えるかもしれませんが。

いやあ、皆さんに読んでもらって、しかも楽しみにしてもら
えているんですね!
この実感が得たくて、甘えてコメントをお願いしてしまいました

まだまだこれからもコメントお願いしま〜す!
どんどんマサやんを「おだてて」下さいね〜(^^)
posted by まさやん at 00:17| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月13日

つなぎの球は確実に入れていこう


ではバドの話。

<つなぎの球は確実に入れていこう>

ラリーをしている時は、基本的に相手に対して効果的な、つまり
厳しくてキク球を誰しも打とうとしていると思います。
「エースをねらえ!」ではないですが、やはりショットで相手を
崩して、長いラリーをノータッチでズバッと決める快感は
何物にも変え難いものがあります。

しかし、相手だってこちらのショットに食らいついてきますし
それを跳ね返して、こちらと同じように「スキあらば崩して
決めてやる!」と攻撃的にプレーしているのは同じです。

つまり1ラリーの間でも、有利と不利が同居しているのが
バドのラリーだと思うのです。

自分が有利な時は、つまりはこちらがラリーの主導権を握って
いるので、どんどん積極的に攻撃を仕掛けていけば良いと思う
のですが、問題なのは若干追い込まれたとか、何とかかんとか
シャトルを拾って、こちらの態勢が崩れている時、つまり端的
に不利な場合の話です。

ここで一発逆転を狙ってエースショットを狙うのは、僕は全く
得策とは思わないのです。

理由は簡単。それはミスする確率が高いから、です。

毎日激しい厳しい練習を重ねているトップクラスの選手ならば
ともかく、そうではない初〜中級プレーヤーは、自分が十分な
態勢で打っても一定のミスをするのに、ましてや自分の態勢が
乱れた状態で、起死回生のミラクルショットを打とうとしても
どのみち無理な相談ってことです。

自分が不利な状況では、そこは冷静に落ち着いて、不利は不利と
素直に受け入れて、一旦ラリーを元に戻すつもりで、高いロブ
とかハイクリヤーで時間を稼ぎ、まずは崩れた自分の態勢を
立て直す事が最重要だと思います。

そういうシチュエーションが、ただ単につなぐべき時なのです。

自分が苦しい時に、一旦その不利な状況を受け入れて、確実に
堅実に、またラリーをイーブンに戻す為に、上記のごとく
しっかり時間を稼ぎつつ、ミスのないつなぐ球が打てれば
途切れていたかもしれないラリーを、さらに数回続けることが
できるので、今までよりも無駄な失点を減らせることができると
思います。

また、つなぐ球というのは、何も自分に不利な場合のみならず
流れの中において、ちょっと即効的なショットが打てない状況
で、まずはラリーを継続しなければならないいう場面でも必要に
なるのだと思います。

特にネット際のショットで、プッシュもできない、厳しいロブ
も打てない、かといってネットインできるようなヘアピンも
打てそうにない、という微妙な返球に対して、まずは甘くとも
確実にネットを越すという考え方が、無駄な失点を減らす上で
相当重要だと思います。

ただ、そういうショットは、やはり基本的にラリー中に落ち
着いていなければ、なかなか焦ってしまって打てないものです。
なので、結論としては、前にも書きましたが

「ラリー中は落ち着こう」

ということになるのでしょうね。
これは、僕にとっても永遠の課題であります・・・
***************************

最近ちょっと、宗教的ではないですが、人間の価値、という事
について、思いをはせることがままあります。

人間の価値とは一体どこにあるのでしょうか?

大金持ちであること?頭が非常にいいこと?スポーツがとても
上手くできること?優しいこと?面白いこと?

これらは全て、人間の価値を現す要素であるとは思います。
しかしそんな要素には、それこそ相当な数の基準があると思い
ますので、中々一概には言えないでしょう。

でも僕はこれに関して、パーフェクトに明確な基準を持っている
のです! One and onlyです。

それは・・・

「ありがとう!」と感謝される人数が多い事。

絶対にこれに尽きると、確信しています。

言い換えれば「お葬式の時に、いかに多くの人に参列して
もらえるか」です。

人間は一人では生きていけません。必ず誰かのおかげや、世話に
なって、日常生活を送れているのです。
バドミントンにしてもそうです。
例え、どれだけバドが上手かろうと強かろうと、バドミントンを
一緒にやってくれる人が居てくればこそ、その人はバドにおいて
輝けるのです。
めちゃくちゃ素晴らしいプレーができても、打つ相手が居な
ければ、壁でも相手にするしかありません。

だから、普段一緒に練習してくれる人は、本当の本当に貴重な
存在であることを、決して忘れてはなりません。
僕は、口にこそ出しませんが、いつもそう思って練習している
つもりです。

話を戻します。僕の考える人間の価値基準に従えば、僕自身
自分の人間的価値を高めたいと思っていますので、できるだけ
多くの人の役にたって、感謝されたいなあと考えています。
その一つの方法が、このブログなわけです。

バドを頑張っている初〜中級者は、日々少しでも上達したいと
思っています。
そして、僕は世界チャンピオンでも、バドミントンを極めた人
でもありませんが、上達途上の方々にとっては、有用かつ即効性
のある知識は十二分に保有していると思うのです。
僕にも28年間の経験と知識がありますので!

その、やる気ある方々に、少しでも上達のヒントとなる情報を
伝えられて、それで少しでもレベルアップできて、その人が
またバドミントンを大好きになってくれたら、それで僕はもう
何も言う事はありません。

今NHKでやっている「坂の上の雲」で、主人公の一人である
秋山好古が言っていた言葉が、実に胸に沁みました。

いわく

「人間は、人生で何か一つだけ成し遂げれば良い」

ちょっと細かい表現は違っているかもしれませんが、あれこれ
やりたいことが一杯ありながら、実際にやれることは少し、と
いうのが常の人生で、ここまではっきり「一つだけやれれば
いいんだ!」と言ってもらえれば、何かとても落ち着ける気が
します。

僕にとって、その一つが「バドミントンを教えること」だと
思います。

ああ、思わずマジになりすぎましたかね(^^;
焼酎飲み過ぎると、素の自分になるのです。

素になりついでに・・・

ちょっと皆さんにアンケートしてもいいでしょうか?

もし僕が、今までこのブログに書いてきた知識と、それに
加えてさらに新しい情報や、ショットや戦術に関しての詳細な
映像情報を作成したとしたら、皆さんは欲しいと思いますか?

いや、これは書き方が間違っていました。
いずれにしても、僕はそういう情報を作成するつもりでいますが
皆さんは、応援してくれるでしょうか?

このブログは既に相当数の愛読者の方々が居てくれるのですが
いかんせん、あまりコメントは頂けていないので(ってそれは
中々書きにくいと思うので仕方がないですが)今ひとつ
アクセス数の割には、あまり直接的に役に立てている感覚が
得られないのです(^^;

ですので、たまには甘えさせて下さい。
ブログ旅ではないですが、もし僕の記事を楽しみにして頂けて
いるのであれば、ほんの数行で構いません。応援コメントを
お願いしてもいいですか?

ああ、すいません。今日は昼からバド練習して、帰宅してから
ずっとずっと飲みっ放しで、本音が出まくりました・・・

まあ、この一回と思って、皆さんご面倒でしょうが、清き一票
ではないですが、嬉しい一コメントをお願いします!

ということで、引き続き僕の飲酒はto be continued・・・

ではまた!
posted by まさやん at 22:19| 大阪 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

全日本シニア

長らくお待たせ致しました。
ついに一ヶ月更新しないまま、師走へと突入しそうでした。

10月27日を最後に、僕のブログは動きを止めてしまって
おりました。
というのも、色々と忙しかったのであります。

10月30日〜11月5日は、ハワイ旅行に行っていました。
その翌週は、会社の慰安旅行(琵琶湖畔)でした。
そして先週は水曜日から千葉は幕張に出張して、そのまま福島
に移動、全日本シニア(以下シニア)に参戦してきて、本当に
バタバタして、全然更新する時間も気力もありませんでした。

本当はハワイのことから詳細につづりたいのですが、そうして
しまうと、シニアのことについて書くのが越年してしまいそう
ですので(^^;それはまた後日ということで、今回はシニア
について、あますところなくレポートしたいと思います

シニアは、11月21日〜23日に行われておりましたが、僕の参加
する40歳シングルスは11月22日でした。

僕は随分と前から、この試合に照準を合わせて、普段の練習
(週2回)に加えて、厳し目のトレーニングを自らに課して
おりました。
つまりは、この大会に期すること巨大だったのです。

自分自身の期待も大きかったのですが、先輩や後輩、そして
友人からも嬉しいエールを頂いており、その大きな期待に応える
ためにも、是が非でも良い戦績を残したいと強く思っており
ました。

実家で金曜に一泊して、親父とのかりそめの一夜を過ごし
親父のずさんな生ゴミ処理のおかげで、そこらじゅうを飛び
回るショウジョウバエにイライラさせられながら、親父特製の
「健康に良い」朝食を頂き(しかし親父は賞味期限には無頓着
なので一抹の危険は拭い切れない)福島への準備を整えて
おりました。

ショウジョウバエは相当大量に発生しており、台所を発生源と
して、居間はもちろんのこと、実家の僕の部屋にさえも、悠々
と我が物顔で飛行しまくっているのです。

「お父さん!このショウジョウバエ何とかしてや!」
と語気強く親父に処理を迫っても、親父は僕のクレームなどは
どこ吹く風で

「何にも悪さしないから」

と、意に介しないコメントで息子をけむに巻くのでした。

僕は吐き捨てるように

「飛んでること自体が既に悪さやん」

とつぶやくのみ。

実は、実家はショウジョウバエだけではなく、米に発生する
小さい蛾も飛び回っているのです。
これについても親父の受け取り方は
「何も悪さはしない」
なのですが、たまに帰るだけとは言え、実家がそんな虫たちの
ワンダーランド状態では、滞在中のストレスが溜まるので
僕は親父に、ハエ取り紙の設置を勧めました。
よく中華料理屋でぶら下がっている、茶色くて粘着力の強い
べとべとのテープです。これに止まったハエや蛾は、ゴキブリ
ホイホイと同じ理屈で、くっついて動けなくなりそのまま
ご臨終となるのです。

僕が進言した次の帰省時には、何と親父は僕の意見を採用して
居間の両サイドにハエ取り紙を設置していたのでした!

獲物が豊富な実家の居間では、ハエ取り紙の効果はてきめん
かつ絶大で、既に大量のショウジョウバエや小さな蛾たちが
粘着面にびっしり捕獲されており、僕は「おお、これで少しは
ストレスを軽減できるかな」と思ったのは甘くはかなく、捕獲
を上回るペースで、新たな招かれざる生命達が、留まるところ
を知らないハイペースで増殖を続けるので、飛んでいる虫たち
の量自体には何も影響がないのでした。

脱線しました。シニアの話でした(^^;

僕は実家からバスで新百合ヶ丘駅に行き、軽めの昼食で、好物
の箱根そばの「冷やしたぬきうどん」をペロっと平らげ
新百合ヶ丘〜新宿〜大宮〜福島、というルートで、戦場に辿り
つきました。
東北新幹線「やまびこ」には初めて乗車しました。
何かワクワクする一人旅でしたので、落ち着く為にビールと
ウーロンハイを注入しました。落ち着かずに酔いました!?
到着時刻は16時20分。途中、地震の影響で少し遅れての到着
でした。

福島駅には、嬉しいことに、以前同じクラブでやっていた栗原
くん(現宮城県民)が、車でピックアップに来てくれていたの
です。
というのも、実はその夜は、他でもないその栗原くんと、同じ
部屋に泊まることになっていたのです。

ホテルの予約作業で出遅れた僕は、11月21日の宿を血眼で探し
ましたが、シニアの予約とそれに加えて同時期に「福島競馬」
なる二つのビッグイベントが重なって、福島は近年例を見ない
(って勝手に決めつけたら失礼か)特需に沸いており、その日
のホテルは、どこに電話しても「満室です」の返事しかもらえ
なかったのでした。

しかし根気良く探していたら、会場近くに「ユースホステル
ATOMA」なる宿を発見!
とにかく、寝れればいいやと思っていたので、すかさずそこを
予約しました。
念のため、栗原くんに「もうホテル全然空いてないで」と連絡
して「良かったら、僕の泊まるとこは二人でもいけるらしい」
と言ったら「お願いします」との返事をもらい、その瞬間に
僕と栗原くんの熱い夜が約束されたのでした!?

時間も早かったので、まずは会場に行って、知り合いと合流
試合の観戦、ということになりました。
行ったのは「あづま総合体育館」僕の翌日の戦場です。

そこで懐かしいメンバーとの再会を果たし、福島駅前で盛大に
飲み会をやろうということになりました。

福島駅西口のリッチモンドホテルの1Fに「千年の宴」という
チェーン店の居酒屋があり、そこで神奈川チームが飲み会を
するということなので、僕と栗原くんもそれに合流させてもらう
ことになったのです。

リッチモンドホテルは、その名の通り非常に高級感溢れる綺麗
なホテルで、フロントはおしゃれで格調高く、ビジネスホテル
と呼ぶのは失礼にあたるくらいの立派なホテルでした。
しかし当日そこに出入りする宿泊客は、全員もれなくどこから
見てもバドやってる人ばかりでした。
綺麗なフロントに、似つかわしくないジャージにバッグを
背負った人ばかりなのです。
そういう僕も居たのですが・・・

飲み会は20人くらいの大人数だったし、知らない人も多く
僕と栗原くんは、共通の知人である小室くんと主にしゃべって
おりました。
小室くんは、僕の大事な親友で、非常に心の温かいイイ奴なの
です。今回、彼は家族(嫁、息子3人)と車で来ておりました。

また、大阪から幡野さん(50代シングルス昨年2位)も来ており
声を掛けたら、何のためらいもなく僕らの集団に加わりました。
幡野さんは旅先の開放感からでしょう、普段に増して活き活きと
ハジけておられました。

僕は翌日に大事な試合が控えていたので、お酒は控えめに!と
自制心を働かせようと思ったのですが、ふたを開けてみれば
いつもと同じペースに近い感じで頂いてしまいました。
その間栗原くんは、運転手だということで、お酒は一滴も飲まず
荒れゆく飲み会を無表情で凌いでおりました。
いや、無表情はいつものことかな(^^)

宴会は終わり栗原くんの運転で宿に移動するのですが、栗原くん
に申し訳ないということで、宿で飲むお酒代と少量のつまみ代
くらいでしたが、僕が払わせて頂きました。

そして肝心の宿ですが、僕らが泊まったATOMAは星空を売りに
しているユースホステルで、高性能な天体望遠鏡をいくつか
保有しており、また天体観測コーナーのようなものがあり
かなり大きな倍率の望遠鏡がそこには設置されておりました。

僕と栗原くんも興味を示して、宿の人の説明通り、脚立に上り
ビューファインダーに目をあてがうと、画面の中央に雲の
ような、かすんだ物体を認識しました。

宿の人の説明によると、それが「アンドロメダ星雲」だったの
です!
名前こそ聞いたことはありますが、まさか福島の夜に始めて
アンドロメダ星雲が見られるとは予想もしておりませんでした。

でも僕と栗原くんの感想は、画面の中央部が曇っていただけの
ように見える、でした。ロマン感受性不足でした・・・

栗原くんと一緒に風呂に入り、風呂上りのビールをチューハイを
味わい、僕はチューハイでなく焼酎ストレートをチビチビ
やって、さらなる「ハイ」状態に移行してしまいました。

明けて翌日。福島の朝は快晴でした。
ただ、気温はやはりかなり低かったようで、地面にはびっしり
霜が降りていました。
栗原くんの車のフロントガラスも霜がついて、ウォッシャー液で
除去しようとしてもなかなか取れなかったので、僕が持って
いた麦茶の残りをかけて、氷を溶かしました(^^)

そしてまずは福島駅に向かい、栗原くんの同級生(佐々木くん)
を拾い、会場に向かいました。
この佐々木くん、明るく快活ではきはきとしており、おそらくは
営業職に違いないと思いました。初対面の受け答えぶりに
僕と同類のにおいを感じたからです。
また彼は非常に笑い上戸で、僕の繰り出す下ネタを基本とした
低劣なジョークに、予想以上の敏感な反応をしてくれたので
僕のトークは波に乗っていたように思います。
いつも通りという噂もありますが。

栗原くんの車で体育館に到着しましたが、体育館前の大きな
駐車場は入場制限がされており、少し離れた場所に回るよう
指示されました。

福島は土地が余っているのか、普通の駐車場も十分広いなあと
思っていたのですが、迂回指示を受けた方面には、看板に

「大駐車場」

との記載があり、僕らは少なからず驚きました!
「あそこで十二分にでかい駐車場なのに、あれよりまだでかい
大駐車場ってどんなんやねん?」
「たぶん、東京ドーム20個分くらいとちゃうか?」
朝っぱらから、僕の軽口は冴え渡っていました(^^)

僕の試合は12時からで間があったのですが、やはり大事な
試合ということで、朝から何となくそわそわしていました。

そして本番!
僕の対戦相手はお隣の兵庫県の選手で、あまり背の高くない
左利きの選手でした。
震える手(本当にブルブル震えてました)でサーブを打ちながら
徐々に落ち着きを取り戻し、動きもまあまあで、相手のミスにも
助けられて、大事な初戦を白星で発進することができました。
嬉しい、というよりも、ホッとした気持ちでした。

試合後その方とお話ししたら、何と僕のことを「ブログ書いて
いらっしゃいますよね」とご存知だったのです!
ブログを知る人に、恥ずかしいプレーはできないので、まずは
勝てて本当に良かったです。
「何かアドバイスを」と求められたのですが、突然のことで
浮ついていて「もう少しスマッシュを打った方が良かったです」
くらいしか言えませんでした。武中さん、失礼致しました。
また対戦することもあろうかと思います。またよろしくお願い
します!

そして二回戦。相手は福岡の方で佐藤さんです。
福岡から福島まで来られるくらいですので、バドメインに相違
ありません。
対戦してみると、やはりその外見の印象以上に、良く動き
体力もありそうという感じの細身の方でした。

いつもの感じで試合に突入しましたが、異常に飛ぶシャトルの
コントロールに苦労して、なかなかラリーを思うようにできず
一方、相手はシャトルが飛ぶ場合の戦法として、スマッシュ
主体に切り替えてきている感じがしました。
佐藤さんの印象は、オーソドックスな感じで、よく動きよく拾う
よく練習をされてきているな、という選手でした。

一方僕は、いつもと同じ調子で、ちょっとキカせた球をネット
前から速いタッチで押し込んだり、追い込まれてもしっかり
奥に弾き返したり、また相手の球にもよく身体は反応できて
いたのですが、どうしても飛び気味の球を制御しきれないのです
つまりは、いつもは入っているはずの球が、ことごとくバック
アウトになってしまうのです。

その展開に、僕は感覚を失いつつありました。
アウトにしてはいけないなら、加減するしかありません。
ちょうど、少し前に、長野の石井先輩から、飛ぶシャトルの時の
対処方法について遠隔指導を仰がれており、僕の回答としては
その分加減するしかない、上から下のショットを多用して相手
にミスしてもらう、というアドバイスを送ったばかりでした。

そうしておきながら、いざ自分が同じ状況になると、どうにも
制御しきれないのです・・・
ストレスを溜めながら、第一ゲームは14-21で落としてしまい
ました。

気を取り直して第二ゲーム。
実は、僕としては、第二ゲームもあまり気持ちもプレーも
変化はなく、普通にやっていたのですが、多分相手の佐藤さんが
勝利を焦ったと思われ、ミスをたくさん出して頂き、それでも
接戦でしたが、21-19で取り返しました。

そして勝負のファイナルゲーム。
コート後ろで応援してくれていた親友の小室くんは「もっと
どんどんスマッシュを打った方がいい」と、僕が一回戦の武中
さんにしたようなアドバイスをくれました。
僕は確かにそうだと思い、最後はどんどん打っていく方針で
コートに入りました。

しかし、打てば決まることもありますが、やはり打つだけでは
簡単には決まらず、ネット前に返された球を僕はいつもの調子
で、ちょいと効かせて速いロブを打つのですが、それが全然
コントロールできないのです。

後ろに出ると思って低めにしたら打たれて終わる。
このパターンに、僕のストレスは溜まりまくりました。
同じパターンで5〜6回も決められたでしょうか。相手の佐藤
さんにしたら、さぞかし楽ちんだったに違いありません。

そしてイライラしながらも攻めるのですが、やはりその精神
状態では、身体の動きも普段とは違うのでしょう。ありえない
ミスも連発させてしまい、それでも応援してくれている人の
為に、諦めずに最後まで頑張ったのですが、終始3〜4点の
リードを許し、最終的に17-21で敗北。僕のシニアが終わって
しまいました・・・無念です。

シャトルが飛ぶのは、僕も相手も同じ条件ですので、それに
ついては一切の言い訳はしませんが、交換するたびにあまりに
飛びの違うシャトルに、相手の佐藤さんも首を傾げて苦笑い
されるほどでした。
また、途中でシャトルの種類がゴーセンからRSLに変わり
そこでまた飛び方が全く異なるという事態は、ちと選手には
酷な状況ではないかと思います。

まあ、負けは負けで、どこまでいっても実力なのですが、折角
この大会に向けて頑張ってきた選手の立場から言うならば
せめてシャトルの飛びは均一なものにして欲しいということと
途中でシャトルの種類は変えないで欲しい、ということです。
それも含めて試合なのですが、あまりにひどかったのでここで
愚痴らせて頂きます。

実力を出し切って負けたならば諦めもつきますが、ちょっとこの
敗戦は、明らかにいつものプレーと違ってしまいました。
僕の目標であった「実力を出し切る」というのは、やはり公式
の試合の場では、なかなか難しかったということですね。

まあ、しかしそれも実力。一回勝ててまだ良かったと思うしか
ありません。
前述の佐々木くんなどは、あと1点で勝ちという場面で、足を
負傷してそのまま棄権負けという無念極まりない結末でした。
彼は努めて明るく振舞っていましたが、兵庫からわざわざ来て
勝ちを目前にしての怪我では、尋常でないストレスだったこと
でしょう。
彼は栗原くんの車で駅まで送ってもらっていましたが、足は
痛々しくひきずっておりました。早く良くなってもらいたい
ものです。

ちなみに、一夜を共にした栗原くんは、佐々木くんと組んだ35歳
ダブルスではファイナルでしたが一回戦負け。
シングルスは、初戦を何とかものにしましたが、二回戦目の
岩手の強いおじさん(と言っても僕より年下)に力負けして
いました。
彼いわく「こんな僕でも宮城県では35歳シングルス2位です」
と勇ましいアピールでしたが、よく聞くと宮城県の35歳単は
参加者2人だったそうです。2位かつベベタです。

自分の試合は負けましたが、その後友人の小室くんの混合ダブル
を応援し、同級生の土田のシングルスを応援してから、後ろ髪
引かれる思いで会場を後にしました。

勝とうが負けようが、その日は福島宿泊の予定でした。
高校の先輩である石井先輩と、僕らのためにわざわざ応援に
駆けつけてきてくれた後輩(H川とH野)と、大宴会へと突入
です!H川、H野、どうもありがとう。
実はこの飲み会も、非常に楽しみにしていました。

土地勘のない僕らでしたので、僕は宿泊したホテル(ホテル
リッチ福島)の支配人風の方にお勧めの飲み屋を聞いたところ
「おんでこ」という居酒屋が良いとのことでしたので、その
支配人のセンスを信じて、僕らはそこで一杯(いっぱい!)
やることにしました。

支配人風の方いわく、おんでこは老夫婦が二人でやっている
ようなところとのことで、店に入ると、お店はがら〜んとして
いて、客は僕らだけのような不安な状況でした。

僕らはお腹が空いていたので、とりあえずの生とともに、数々
のメニューを食欲に任せて注文しまくりました。
僕は「こんなに一気に注文したら、老夫婦二人では対応できる
はずがない。おそらく料理が出てくるのは相当時間が掛かる
はずだ」
と予想しましたが、その予想は嬉しい方に外れ、むしろ早い
くらいの時間でどんどん料理が運ばれてくるのでした。

「ここは老夫婦二人と言いながら、奥の厨房にはやり手の
料理人達が10人くらいスタンバっているんじゃないか」と
適当な冗談を飛ばしながら、楽しい飲み会は宴たけなわと
なっていくのでした。

その居酒屋は、純和風でありながら、置いているお酒には
カクテル類が不自然に豊富なのです。
もの珍しがった石井先輩は、ジントニック、スクリュードライバ
モスコミュールと立て続けに、カクテル攻撃を繰り返しました

こんな老夫婦が、カクテルなど知っているのはおかしい。
きっと、カクテルパートナーの缶を開けて、グラスに注いで
いるだけだ、とまたまたクダラない予想をして、静かにして
いたら、奥で缶を開ける「カシュッ」という音が聞こえる筈だ
と冗談を飛ばしていたら、今度はワインを頼もう、という流れ
になり、H野が白ワインを頼んだら、ハーフボトルで出てきま
した。

H野はグラスで飲みたかったようで、おばちゃんに「グラスは
ないんですか?」と質問したら、確かこのような返事だったと
思います。

「一杯もんはないでよ」

「?」

おばちゃんはグラスのことを「一杯もん」と称していたので
僕らはしばし「ああ、福島はある意味外国なんだな」と言葉の
ギャップに楽しい気分になりました。

そして楽しく飲んでいる時に、僕の携帯にメールがありました
岸本さんです。僕のブログ読者なのです!

岸本さんは、愛媛県は今治の方で、ブログを楽しみにしていて
下さり、メールもたまにやりとりするようになり、岸本さんも
シニア参戦されるとのことでしたので、福島で会いましょう!
ということになっていたのです。

その時には、僕は既に酩酊状態でしたので、一緒に撮った写真
もピンボケかつだらしない顔でしたが、僕がブログをやって
いなけれ、会える筈のない方とお会いできて、僕は少なからず
感動しておりました。
岸本さん、ご足労頂きましてありがとうございました。
今度は僕が必ず今治に行きますので、よろしくお願いします!

そして酒も相当進み、全員もれなく巨酔い状態になり、まずは
お店を出ようということになりました。
本来その「おんでこ」は、朝の4時まで営業しているらしいの
ですが、その日はなぜか12時で終わり。
ありがたいことに、石井先輩が先輩の威厳を見せて、そこの会計
は全部払ってくれました! 石井先輩、ありがとうございました

そして当然の二次会は、近くのカラオケBOXシダックスです。
遠征先で帰る必要のない状況ですので、さらに飲みは進み
歌も何曲歌ったか覚えていないほど、僕ら4人は福島の夜に
絶叫を繰り返していたのでした。

お店を出たのは4時過ぎ(^^;さすがに、体はガタガタに
なりました。

今回、試合に向けて、社会人としてできる範囲で頑張って
努力してきたつもりでしたが、まだまだそれでは足りないと
いうことが分かりました。
シニアに出場する人は、やはり全員バドメインで頑張っている
方々ばかりです。(僕も十分そうだと思いますが)
来年も必ず参加して、今年以上の戦績と、今年以上の飲酒を
福岡の街で実現させたいと思います!

ではようやくバドの話。

<飛ぶシャトルの場合は上から下のショット主体で>

これは今回の反省点です。

普段の練習では、飛ぶシャトルの場合は、羽根を一本おき等に
折ることができますが、公式戦だとそうはいきません。
シャトルをあるがままでプレーしなければならないのです。

飛ぶシャトルは、飛ばないシャトルよりも、処理が困難だと
僕は思います。
普通に打てば、いつもはギリギリ入っているショットがアウトに
なり、加減しようとすると浅くなり、相手に打たれるスマッシュ
は、いつもより伸びてきてレシーブミスしやすいのです。

となりますとそこでの最善の選択肢は、ミスしにくいショット
を打とう、ということになります。
それが「上から下のショット」つまりカット、スマッシュ系の
攻撃だということです。

僕の本来の持ち味は、ラリーでつないで相手を崩して体力を
奪い、さらにつないで疲れさせた上で攻撃する、なのですが
今回はそこに到るまでに、僕がミスしたり相手に決められて
しまい、最後まで自分のラリー展開になりませんでした。

やはり人間に重要なのは「臨機応変」な対応だと思います。
僕の今回の失敗は、いつもとは違う状況(シャトルが飛ぶ)
にも関わらず、いつもと同じ攻め方を続けてしまったことだと
思いました。まだまだ甘いなあ・・・

なので、次回同じような状況になった時には、もっともっと
極端に普段の自分を捨て去り、状況に応じたプレーに対応する
ようにして、今回の無念を二度と感じないようにしたいと切に
思いました。

皆さんも、飛ぶシャトルの時は、どんどん打って攻めていく方
が得策だと思いますよ!

久々なので、もう少し。

<サイドのヘアピンはギリギリを狙うな>

これ、僕がよくやるミスなんです・・・
バドミントンは四隅を狙え、とは基本的なセオリーですが
サイドのヘアピンに関しては、ただ入れれば良いと思うのです

ヘアピンについては、四隅を狙うというよりは、相手を前に
引き寄せる、相手に上げさせる、ことが主眼であり、ライン
すれすれの端っこを狙うメリットは、殆どないと思うのです。

メリットどころか、折角ネットの高いところでヘアピンを打ち
ながら、それで端を狙い過ぎてしまい、サイドアウトになって
しまうという状況は、僕のラリーで頻発であります・・・

なのでヘアピンに関しては、サイドぎりぎりを狙うのは
止めた方が良いと思います。高い位置で取っていればいるだけ
ショックも大きいので。

さらにさらにもう一丁!

<勝負では、自分自身になりきろう>

これもシニアの反省です。

随分昔ですが、何かの団体戦で、僕がシングルスに登場して
第一ゲームを難なく先取しながら、第二、第三ゲームと逆転で
落としてしまい、無念の負けとなったことがありました。

団体戦なので、メンバーが僕を応援し試合中色々と声を掛けて
くれるのは当たり前のことなのですが、僕はそのアドバイスを
いちいち頭に入れて実行しようとしてはうまくいかず、ミスを
したりして、第二ゲームから著しく変調をきたしてしまったの
です。

シングルスの場合は、完全に個人の世界です。
相手と戦っている時は、完全に孤独で頼れるのは自分自身のみ
でしかありません。

僕はそこで、味方のアドバイスを活かそう活かそうとし過ぎて
自分自身を見失ってしまったのです。

見ている方は岡目八目じゃないですが、ラリー展開は当事者
以上に良く見えているのかもしれません。
なのでアドバイス自体も、確かな正論を伝えてくれているの
かもしれません。

しかし一番まずいと思うのは、他人の意見を受け入れた時点で
自分のプレーができなくなるのです。

これはちょっとひとりよがりの意見かもしれません。
でも僕は、いざ試合となったら、もうそこは自分自身に徹して
プレーした方が、過程も結果も納得いくものになるのではと
思ってしまうのです。

今回のシニアでも、応援している人を意識しすぎてしまったの
ではないかと思うのです。
普段、練習の時にやっているようなプレーは、誰かの意見を
無条件で(ここが問題かも)受け入れた段階で、消え去る運命
だったのかもしれません。

頑固になって聞く耳持たないのでは問題ですが、アスリート
たるもの、愚直に自分を信じて自分のプレーに徹するという
姿勢は必要なのではないでしょうか?

これは、ちょっと精神論ですね。でも僕はやはり勝っても負け
ても、自分のプレーがしたいのです。
まあ、この意見は賛否両論だと思いますので、皆さんも決して
鵜呑みにはしないで下さいね!

***************************
今日は、新ホームグラウンドとなった四條畷サンアリーナにて
練習をしました。
メンバーのM市は仕事多忙で来られず、北村くんは肘を痛めて
プレーできずで、僕は前田くんとシングルスを4ゲーム対戦しま
した。

前田くんは20代。スマッシュは異常に速く、よく動く若者ですが
あまり考えてプレーしない為、シングルスでは僕の餌食になる
のです(^^)

前田くんは、僕にも見市にもシングルスは勝てないことから
僕らに勝つまで「ビール断ち」をして精進しているそうなの
です。
今のままでは、彼のビール断ち解禁は、あと数年はなさそう
です(^^)
噂では、ビールは断っていても、発泡酒は飲んでいるらしい。
んなわきゃないか。
ビールは飲み終え、現在ウーロンハイ2杯目に突入したマサ
やんでした。
ではまた。
posted by まさやん at 01:17| 大阪 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月27日

本に写真が!

ふと気がつくと、このブログの画面左側に掲載してある本の
「基本レッスン バドミントン」に写真が付いておりました。
以前は「No image」だったのですが。

そうそう!この写真でした。
当時、飛ぶ鳥を落とす勢いだった趙剣華の写真を表紙に採用し
内容も写真と絵をふんだんに使用して、回内外、内旋外旋の
理論を、広く一般に知らしめたこの本の功績は、バド界に
おいて、かけがえのない価値に満ち溢れていると思います。

僕は誰かに貸して、そのまま返ってこなかったため、この本を
今は持っていませんが、また久しぶりに読んでみたいものです
この本は、画期的は試みとして、リムスイキンの理想的な打球
フォームを、パラパラマンガで掲載しているのです。

動きも分かるし、動きの途中の細かいフォームも分かるという
面白い本です。
ブログ読者の方は、もう既に読まれているかもしれませんが
未読の方は、お金を惜しまずこの本を入手して、一度は熟読
された方が良いと思いますよ。お勧めいたします。

あっ、それと、陳麻婆豆腐も、負けずにお勧めです(^^)
僕が宣伝してからというもの、僕の高校の後輩もその美味さに
はまり、思わず友人に紹介してしまったら、その友人もハマ
ってしまったという、天下の逸品なのです。
本格の四川料理なので、辛さも相当なのですが、旨味成分も
ハンパねえ味わいです。
これに春雨を加えたら、辛さも若干抑制され、さらにたまらん
状況になります!?

上記の本とセットでどうぞ!?

ではまた。
posted by まさやん at 00:54| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月24日

ラケットヘッドの加速について

久々の投稿です。
ものすごく忙しかったわけでもありませんが「よし!書くぞ」と
パソコンに向かって腰を据えないと、なかなか書けないもの
ですね・・・

マサやんの生涯シリーズは、ちょっとお休みして、前回からの
出来事を軽く振り返ってみます。

10月2日(金)箱根に行ってきました。
と言っても温泉旅行ではなく、仕事の関係で、大きな一連の
仕事が終わったということで、その解散会で関係者が一堂に
会して、盛大に、つまりギンギンに飲み会を行ったのです。

この仕事は、全国の営業担当が関わったことなのですが
なぜかお客さんから、僕が名指しでお声がけ頂いて、はからずも
僕が「全国営業代表」と恐れ多い冠をかぶせられ、大阪から
はるばる箱根の保養所まで「飲みに」出張したのでした。

この飲み会のハイライトは「べく杯」
なんじゃそりゃ?とご存知ない方も多いと思いますが、これは
酒のみの土地柄で有名な、高知県に伝わる伝統的なお座敷遊びの
ひとつで、非常に簡単に言えば「一気飲み促進ゲーム」なのです

コマ回しで決った人が、コマに描かれた三種類の器のどれかで
日本酒を一気飲みする、ゲームの終わりは、誰かがつぶれるか
お酒が全部無くなるか、という飲めない人は勿論、飲める人に
とっても、過酷極まりないルールなのです。

三種類の器は、おかめ、ひょっとこ、天狗。お面を裏返して
飲むイメージです。
おかめが一番小さい器で、ひょっとこ、天狗の順に大きくなり
ます。
おかめの器のみ、飲み干さずとも下に置けますが、ひょっとこ
の器はそこに穴が開いていて、お酒を飲み干さないことには
下に置けません。
天狗に到っては、天狗の鼻が長いので、下に置くと倒れる為
やはり飲み干さなければ下に置けないのです。
天狗の器は、長い鼻の部分にもお酒が入るようになっていて
ビールのコップ5分の2はゆうにあり、これを連続で一気飲み
するのは、相当キツいのです。
「べく杯」の「べく」は、下に置く「べからず」のべくあらず
から来ているそうです。

詳しいルールは下記URLを参照下さい。面白そうでしょう?

http://www.tosashu.com/menu/tosashu/beku.html

最初は穏やかに始まった宴会も、お酒が進むにつれて、徐々に
激しい様相となり、この「べく杯」タイムと化した頃には、ほぼ
全員が正気を失っている異様な状況に陥りました。

なにせこの「べく杯」中身は日本酒なので、非常にキクのです!
しかも、盛り上がってきたら、コマで出た絵が何だろうと
強制的に天狗の杯で飲まされるという、新歓コンパ並みのルール
変更がなされ、しかも頑張って一気した直後に、周りの全員から
「もう一杯!」コールが手拍子とともに巻き起こり、それを
飲み干してもさらに「もう一杯!」の連呼は止まず、結局
コマで当たった人は、自動的に天狗の杯で3杯一気させられる
という、泥酔必至の拷問に近いイベントなのでした。

僕も相当当たって、しこたま飲まされましたが、自分が差し入れ
した「ウコンの力」が効いたようで、ものすごい飲酒量の割には
意外な程、翌日はスッキリ爽快な朝を迎えました。

ちなみに、同部屋の東京の先輩は、部屋に戻るなりトイレに直行
苦しげなうめき声とともに、涙目のマーライオンと化していま
した。それを横目に、僕は笑っていたことを告白します。
井上先輩、すみません(^^)

翌土曜の朝、箱根を出発しました。
長時間にわたる宴会と、箱根〜大阪の移動で疲れてはおり
ましたが、しっかり夜のバド練習には参加しました!


10月4日(日)携帯をdocomoに戻しました。
以前このブログで書いた通り、大会社の既得権にあぐらをかいて
店頭での対応も気に入らなかったdocomoに反発して、新進気鋭の
ソフトバンクに宗旨変えした僕でしたが、安いだろうと思って
いた料金が、思ったほど安くなく、いやむしろdocomo時代よりも
全然高額だったことに毎月不満がうっ積し、1年を経過した頃
から、docomoに戻したいと考えていました。

しかし、携帯本体を2年間の分割で購入していたため、途中で
止めると余計な費用が発生してしまいます。
という理由だけで我慢してきたのですが、10月で晴れて2年が
経過して、余計な出費なしでMNPできることになったので、間髪
入れずに、docomoに戻したという次第です。

元々、親父、兄家族はもれなくdocomoだったので
家族割りのある現状では、docomoにするメリットは大きかった
のでした。

嬉しかったのは、携帯会社の変更よりも、機種が変わったこと
です。
前の機種は東芝製で、メールの変換がイマイチだったのです
今回はNEC製(N-09A)
やはりNECは、携帯に力を入れているせいか、ホントメールの
変換がお利口さんです。
なんと、朝と夜で変換候補が違うのです!スゲー。
っていうほどあんまり携帯でメールしないんですけどね。
カメラも810万画素で、スロー動画も撮れるという優れもので
ありながら、多分あまり使いません。
恐らく全機能の10分の1も使わないことでしょう。

あっ、そういえばきしやんさんに新メアド連絡してませんでした
@以前は前と同じです。登録変更お願いいたします。
失礼致しましたm(_ _)m

振り返ると、あまり大したことをしていないなあ。
しかしバド練習は、遠征飲み会の後でも、きちんと参加
しているところに、自分でも及第点をやりたいと思います!?

ではバドの話。

<ラケットヘッドの加速について>

難しい話はいたしません。
理系でもないし、物理学に詳しくもありませんので。

ショットの威力=ラケットヘッドのスピード

ということは、今までも相当書いてきました。
当然の話ですね。
細かいことを言えば、シャトルに当たるラケット面の角度
(カット打ちだと威力が殺される)とか、ジャンプして打ち
下ろす、上から下の角度による威力などで、威力の質に差異は
出てきますが、ここでは単純に

「シャトルの速度」

と考えていきます。

シャトルの打ち方は、軸運動だと過去に書きました。

体の軸→上腕の軸(内旋・外旋)→前腕の軸(回内・回外)
これらの軸のスムーズな連動と、体重移動、若干のリストの返し
によって、シャトルの速度が劇的に上がるのです。

これにもう一つ付け加えたいことがあります。
それは、

体の軸の近くでラケットを振ると、ヘッドが加速する。

ということなのです。
これは実は皆さんが日常で実感していることです。

どういうことかと言うと、例えば棒の真ん中にひもをつけて
ひもの先には何かおもりを付けたものがあるとします。
それを棒の軸に合わせて回すと、回転に従ってひもは棒に巻き
取られて短くなります。

これです!

って分からないと思いますので、さらに。

ひもが短くなるにつれて、ひもの先に付けたおもりの速度は
速くなりますよね。

これです!

無論、棒が体、ひもが腕とラケット、おもりがラケットヘッド
に相当します。

体の軸から遠く離して打つと、軸運動の連動はできても、上記
の、体の軸の近くで振る加速、が得られないのです。

上記の棒とひもの理論で行くと、バックスイングは大きく取り
つまりラケットを大きく後ろに引いて、スイング〜インパクト
の際に、体の軸の近くでコンパクトに振る、ということになる
のでしょうが、理論はそうでも、実際はそんなに大きく振り
かぶっていたら、タッチが遅くなりますし、速いテンポの
ラリー中には、そんな十分な余裕はないと思われます。

ですので、バックスイングとしては

「ひじを引く」

程度で良いと思います。

これを大きい準備動作と見て、スイング〜インパクトの際に
体の軸近くにラケットを通し、上記の運動で得られる速度を
生み出そうという考えです。
リンダンのフォア奥からのクリヤーなど、ものすごく小さく
コンパクトに、むしろあまり振っていないのではないかとさえ
見えるスイングで、あのように勢いのあるドリブンクリヤーを
繰り出せるのは、ひじを引くだけの小さな予備動作から
体の軸近くで腕に余裕を持たせながら、うまく腕をたたんで
ヘッドを加速するスイングをしているからです。
あの打ち方だと、体を使わず上半身と腕だけで、強い球を繰り
出せますね。あれができれば世話がないですが・・・

ハイバックは、若干違うイメージだと思いますので、またそれは
今度書きます。

上記を実戦のスイングに生かすのはなかなか簡単にはいかない
かもしれませんが、そういうイメージを持ってプレーすると
「ああ、このことか〜!」
と思う瞬間がきっとありますよ。
それはつまり

「軽く振っているのに、強い球が出せる瞬間」

です。
それは、図らずも上手く腕が使えて、上記の理論を実践して
いるのです。
上からのショットは、ちょっと上記を意識してみて欲しいと
思います。

久々なので、もう一丁!

<ダブルスの注意点>

基本は「上から下に打ち続ける時間を長くすること」

つまり、いかに攻撃し続けるようにできるかが主眼なのですが
ダブルスのラリー中には、色々と留意すべき点があると思い
ます。

1)速い球に対して、大きなスイングはダメ!

  これは本当にご法度プレーです。
  そういう大きなスイングをして、きちんとシャトルに間に
  合って、きちんと打てる上級者は別として、中級者以下の
  方は、厳に戒めなければならないプレーです。
  理由は
  *速い球なので、大きくスイングしようとしている内に
   食い込まれてしまう。
  *速い球に大きなスイングをすると、ちゃんとラケットに
   当たる確率が下がる。つまりミスが増える。
  です。
  速い球は、元々速い球なので、コンパクトなスイングで
  前で弾けばその勢いを活かして、強い球が返せます。
  弾けない場合でも、前ですっとネットに落としてそのまま
  前に入れば、攻守交替ができます。
  腕を振り回すような大振りは、ジャストミートで当たって
  エースが決まった場合は快感!の一言ですが、きっとその
  場面よりも、ミスの方が10倍以上多いと思います。
  ミスを減らすことが上達の近道ですので、意識して欲しい
  と思います。

2)どんどん前に入る(はっきりした動き方をする)

  僕はよくダブルスを組んだ人に「組みやすい」と言われ
  ます。
  その理由を自問すると、僕がどんどん前衛に入るからだと
  思うのです。
  多くの中級者以下の方々は、ダブルスを半面シングルスの
  延長的な感覚で捕えているので、基本的にあまり前に入る
  ということをしません。
  前も後ろも自分が取るつもりの動きから、一向に抜け出せ
  ないのです。
  前も後ろも取ろうとすると、自然とポジションがコートの
  中央付近に居がちになってしまいます。
  中央付近に居るということは、戦形がサイドバイサイドの
  ままだということです。
  前に入って、後ろに任せる。
  この感覚は、最初はなかなか持ちにくいかもしれませんが
  これができると、ペアとしての力は確実にアップします。
  そこでのコツは「はっきりした動きをすること」です。
  取るなら取る、任せるなら任せる、前に入るなら入る
  一番組みにくいのが、コート半面の中央付近にへばりつき
  前に出てくれない人です。
  パートナーに任せるという感覚がないと、前に思い切って
  出られません。
  つまり、前に出てくれない人は、パートナーを信頼せず
 「僕はこちらの半面を担当するから、キミはそちら半面ね」
  の人なのです。
  ダブルスの妙味は、二人のコンビネーションにあります。
  是非「相手に任せて、前に入る」プレーを身につけて
  下さい。
  多少無理目でも、ずんずん前に「はっきり」出れば
  パートナーも「はっきり」後ろに下がれますよ!

3)打って返球されて、パートナーも自分も取れないところに
  打たない
  これはものすごく重要です。
  ショットを打つ場合、その返球のコースをある程度予測
  すべきなのですが、中級者以下の方々は基本的に考えて
  打っていません。
  来た球を打ち返すのみで、次にここ打たれたらヤバイ!
  というセンスがないのです。
  例えばパートナーの前衛が右前に居て、自分が左から
  右に浅くて低いロブを上げるようなパターン・・・
  左に居る自分は、いつもの感覚だけで、クロスに力一杯
  ラケットを振り回して逃れているつもりですが、その球は
  パートナーにとっては「死刑宣告」なのです。
  その球を見た前衛のパートナーは、慌ててレシーブ態勢を
  取ろうと下がりますが、前衛に居る為到底間に合わないの
  です。
  こういう場合は、自分側に高く上げるか、頑張って
  上げないようにドライブで沈めるかにすべきなのです。
  無論、しっかり高〜く、つまり味方前衛が、十分レシーブ
  態勢が取れる時間が稼げるロブを上げられるならば、話は
  別ですが。
  また、こちらがトップ&バックで、自分が後衛で相手の
  クロスにスマッシュを打つ場面。
  一発で仕留められる強烈なスマッシュや、切り替えされて
  なおそれを拾いにいける脚力があれば別ですが、大抵は
  クロススマッシュを切り替えされたら、前衛も取れないし
  自分も取れない、という無残な結果になります。
  そういうショットは、パートナーのテンションを下げない
  為にも、戒めなければなりません。
  まあ、たまにはクロススマッシュも打つ必要がありますが
  その際は、相手の真ん中寄りには打たないことです。
  こちらがフォア奥から打つ場合は、相手のクロス側の人は
  切り返しを狙ってバックハンドで構えてますし、こちらが
  バック奥からクロスに打つ場合は、相手のクロス側の人は
  やはり切り返しを狙ってフォアで待ち構えているものです
  クロス狙いの場合、相手の外側を狙って一発必勝の勢いで
  打つか、返球を自分で拾いにいける速度に制限して
  バリエーションの一つとして打つかですね。

***************************

いよいよ全日本シニアはあとひと月弱となりました。
出場される皆さんは、頑張って追い込みの練習してますか?
福島県は、昔、会社の慰安旅行で裏磐梯〜五色沼に行った事が
あるのみで、完璧に土地勘はありません。
それだけに楽しみです!
宿を予約するのが遅れたせいで、福島駅周辺のビジネスホテル
は、二週間前にはほぼ満室でした。
ホテルの人いわく、バドの全日本シニアに加え、その連休に
福島競馬、なるイベントも重なり、予約が殺到しているとの
ことなのです。
無念にも早く負けてしまった人にも、競馬でリベンジという
希望が存在するということですね!?

慰安旅行で思い出しましたが、その際の旅行で高瀬課長という人
がバスの中で泥酔し、宿到着時には座席でほぼ爆睡状態でした
高瀬課長は通路側に座っていた為、窓側の女性社員が降りられず
困っていたので、僕がトントン肩を叩いて

「高瀬課長、宿に到着しましたよ!」
と起そうとしましたら、高瀬課長は泥酔の目を閉じたまま
後世に残る名言を残されたのでありました。

「後でええ」

その付近の人はもれなく爆笑したと記憶しています。
後でええじゃなくて、もう着いてるっちゅうねん(^^)

話を戻して、全日本シニアには長野県駒ヶ根に住む高校の先輩も
出場されるので、現地で飲み会という予定になっております。
飲み会は22日(日)ですが、きっと当日の福島の街は、バド
関係者で埋め尽くされていると思われます。
メジャーっぽい居酒屋には、バドのウエアが目立つでしょうね
そうでない人は、多分競馬で負けたヤケ酒でしょう(^^)

マサやんは、40代シングルスに出場します。
ブログの読者どのは、見かけたら気軽に声掛けて下さいね!
背が高くて、髪が短く、中垣内(古い・・・)のような風貌を
しているのが僕です。
多分、福島の居酒屋で発見される確率が高いです!?

ではまた。
posted by まさやん at 14:16| 大阪 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月23日

自信をつけるのは練習あるのみ

シルバーウィークも最終日となりました。
その名の由来は、ゴールデンウィークに対してシルバーとなった
とばかり思っていたのですが、その意味もあるようですが
敬老の日(21日)が含まれる連休だから、ということでも
あるそうです。

敬老の日は、毎年恒例で愛媛に居るおばあちゃん(残された
唯一人の祖母)に電話して、取りとめもない会話をして、健在を
確認して、ああ良かったと安心する日でもあるのです。

おばあちゃんは、1918年生まれの91歳。何と大正7年生まれなの
です!
だいぶ足腰は弱ったようですが、肝心の頭は全然しっかりして
おり、僕が忘れているようなこともしっかり覚えているので
すごいなあと思うと同時に、もっともっと長生きしてくれそうで
嬉しくもあるのです。
今回も電話したら、変わらずしっかり普通に会話のやり取りが
できる事がとても嬉しく、また91歳にして、その頭の健康を
保っていることに、尊敬の念を抱きました。

しかし、5連休もありながら、僕の予定は初日のバド練習のみ。
まあ、どこに行っても混んでるので、地元で汗を流して美味しい
ビールを飲んで、フニャンとしてる方が僕には楽しいです!

さてバドの話、の前に、マサやんの生涯シリーズです。
大学受験編です。

そうして、最後の試合も終わり、部活も引退。毎日毎日体育館で
汗を流してきた僕にとって、部活の無い生活というのは、考え
られないほど、味気ないものでした。
本当は、毎日羽根を打ちたい!バドをやって汗を流したい!と
いう気持ちが強かったのですが、やはりそこは高校3年生であり
受験勉強をしなければならない、ということで、生活の一変を
余儀なくされてしまったのです。

しかし当時の僕は、最初は専門学校進学を志望していました。
英語が好きで得意だったので、英語をしっかり学んで、話せる
ようになる為に「通訳ガイド養成所」という学校に行きたいと
主張していたのです。

僕の当時の主張は
「人間に必要なのは実力である。専門学校で実践的知識と実力を
叩き込んで、英語をマスターして、英語を使う仕事がしたい」
でした。

しかしこれは、実は受験勉強をしたくない、という逃げの気持ち
から来ていた、自分に対する「嘘」でした。
本当は大学に行きたい、でもその為には、受験勉強という厳しい
苦行をやり遂げなければならない。
その嘘を認めるのがかっこよくないと思った僕は、一見前向きな
もっともらしい理屈をこねあげて、自分の怠惰を隠蔽しようと
していたのです。
こういうことは、世の中によくあるのではないでしょうか。

ただ、僕の通っていた高校は偏差値的に中の下位で、進学校とは
おくびにも出せないフツーの公立校だったので、まさか自分が
現役で大学に合格するなどとは、夢の夢にも思っていなかった
のでした。
また勉強(受験勉強ですね)が好きではなかった僕は、とても
とても、毎日机に何時間も向かって、壁に「日々是決戦!」とか
「必勝!」とか「●●大学合格」などの張り紙をして、深夜まで
カリカリ頑張る自分の姿は、全く想像すらできなかったのです。

一方、心のどこかで「大学に行けたらいいな〜」という思いだけ
はありました。多感な高校生は全然素直じゃないのです。

その気持ちに大きく変化を与えてくれたのは、当時の担任の先生
白鳥先生でした。

「正岡、お前は六大学に行ける実力があるぞ」

ろ、六大学? まさか東大ではないでしょうが、早慶立明法に
僕が現役で行けるのだろうかと、にわかには信じられない気持ち
でしたが、僕の学力を良く知る担任の先生が太鼓判を押して
くれたのだから、あながち夢幻でもないのだと素直に信じました。

確かに僕は当時は、英語は得意中の得意としていて、校内の模擬
テストでは1位となったこともあり、この科目には磐石の自信を
持っていましたし、読書好きだった僕は、昔から日本語の読解力
漢字には、やはり少なからぬ自負の念がありました。

しかし、どこまでいっても中の下くらいの高校からは、早慶上智
というのがイメージできず、僕はてっきり立明法にならば届くと
意味で先生は言っていたのだと、自己診断していました。

でももし先生が行けるというのであれば、頑張ろう、頑張って
みよう、と気持ちを決めた僕は、まっしぐらに突き進むことに
決めました。
つまり、忌み嫌っていた筈の猛勉強を開始したのです。

かといって、一体どうやって勉強したら良いのか、その方法は
とんと見当がつきません。
僕は予備校に行かなかったので、効率的・効果的な勉強方法が
分からず、勉強開始当初は試行錯誤の連続でした。

私学の受験科目は3つです。僕が選んだのは、英語、国語と
日本史でした。
英語と国語は何とかなるだろうという予想のもとに、日本史を
バッチリ完璧に頑張ればよいのでは、という考えでした。

日本史の勉強は、学校の教科書で定評のある山川出版社の本のみ
で取り組んでいました。
かなり分厚い教科書でしたが、僕はこれを本文から写真から
ページの下に書いてある小さい字の脚注に到るまで、教科書一冊
全て暗記しようと決断しました。相当な記憶量です。

その勢いで勉強をしていて、ある日ふと、このペースで勉強して
いくと、どうなるのかなと考え、普通に頑張ったペースで続ける
として、受験日から数えて残された日数で計算すると、その
ペースでは全然間に合わないことに気づいたのです!

当時は頭の柔軟な高校生でしたが、いくら若い頭といっても
一回勉強しただけで覚えられる筈はなく、少なくとも2回は
復習しないと記憶を強固にはできません。

頑張っていた筈の勉強ペースで、全然間に合わないと判明して
愕然とした僕でしたが、それならば間に合うペースに変えれば
いいんだ!と、若さに任せて頑張るペースをさらに厳しくする
ことにしたのです。

この段階で、僕は受験勉強は日本史一本に絞ろう、という作戦
を立てました。
英語は得意でしたし、国語はもう勉強しようがない、というか
勉強しても短期間で上達する科目でもないと思ったので、時間
の限られた現役生として、一科目に的を絞って勝負の形に出た
のです。
僕は、受験勉強は日本史しかしませんでした。
それしか方法がないと思っていました。

具体的な方法としては、学校から帰ったらまず寝ます。
午後3時くらいから、晩ご飯の午後7時過ぎくらいまでとにかく
寝るのです。
でご飯を食べてから、夜の2〜3時まで5〜6時間でしょうか
毎日怒涛の記憶タイムなのです。
そのスタイルは、結局受験の時まで続けました。
なので毎日の学校では、眠たくてダルくて、いつも疲れていた
ような記憶があります。

予備校には行かなかったのですが、担任の白鳥先生(国語・漢文)
は、僕が苦手だった漢文の補習を、一時期授業時間の前、つまり
早朝に、先生の近所に住んでいた僕を車で拾って、他2〜3人の
生徒と共に、特別講習を実施してくれました。
やはり白鳥先生も、担任として自分のクラスの生徒から現役合格
を出したかったのでしょう。

大学に目標を変えた僕でしたが、学びたい科目に変更はなく
英語を勉強できる学科を目指していました。
となると英文科、と短絡的に考えますが、僕としては英語の文学
を学ぶのではなく、実際に英会話ができる実践的な勉強が
したかったので、外国語学部を念頭に置いておりました。

ところが、外国語学部というのは意外に少なく、ざっと調べた
範囲では、上智、獨協、南山、神奈川、拓殖、くらいしか当時
無かったように思います。(実際はもっとあるのでしょうが)
上智は超難関、獨協も難関かつ埼玉、南山は名古屋、と考えると
僕の学力的には神奈川大が最も適切な選択肢なのではないかと
考えるようになりました。

この神奈川大学というのは、名前だけ聞くと国公立のような
感じですが、れっきとした私立大学です。
この大学には、給費生制度があり、一般の受験にさきがけて
12月くらいに試験を行い、これに合格すると4年間学費が免除
される!という素晴らしい企画!?に、僕は飛びつきました。

@希望の学部である
A受かれば学費がかからない
Bもし給費生に落ちても、一般枠で受かれば、早く受験勉強から
 解放される

という3つの魅力的なメリットに向かって、僕の必死の勉強は
毎日毎日深夜〜朝方まで及びました。

僕は、当時の自分を褒めてやりたいのですが、あの時の僕は
眠さとだるさと疲れに負けそうな弱気の自分に鞭打って
自分に「お前は現役で合格したくないのか!」「絶対したい!」
「ならもっと頑張れ!」
と、一日くらい「今日はいいや」と寝てしまいそうなところを
あくまでも自分に厳しく、勉強のペースを保つために、一回たり
とも妥協しなかったのです。
学力不足で、勉強期間の短い現役生にとっては、そうでもしな
ければ、とても合格にはおぼつかないと思い込んでいたからなの
でした。

睡魔に負けそうになって、体を一旦布団に横たえて、夢うつつの
状態から気合を入れなおし、取り組み前の力士のように頬を
平手でパチパチ叩き、深夜に顔を洗ってお茶を飲み、また机に
向かう僕は、一途な修行僧のようでした。今思い出しても、よく
頑張ったなあ・・・

そうしていよいよ受験です。神奈川大学の給費生試験は12月
中旬に実施されました。
極度の緊張に包まれながら、東横線「白楽」駅を降りた僕は
キャンパスへ向かう受験生、つまりライバル達のその数の多さに
簡単に萎縮してしまいました・・・

試験は確か、でっかい体育館で行われたと思います。
僕のその時の記憶は
「ああ、合格したら、ここでバドやるんだな〜。天井高いなあ」
だったと思います!?

12月で寒い時期でしたので、体育館も底冷えがしていましたが
観客席に、巨大なヒーターが赤々と点いて、温風を吹き出して
いたと思うのですが、何分会場が広すぎて暖気は全て体育館の
天井付近にこもっていたものと思われ、震えながら試験問題を
解いていました。

僕の手ごたえは、あり!しかも、かなり!
元来、楽観的な僕は「ああ、これで受かった。一足お先に受験
から解放だ〜!」
と、試験に受かったものと思い込んで、その日以降勉強を
ストップしてしまいました。
まさか給費生には受かっていないでしょうが、一般合格はまあ
大丈夫だろうとたかをくくっていた僕は、年明け早々の町田の
ミックスダブルス大会にのんきに出場したりしていました。

そして合格発表。自信満々の僕に届いた通知は・・・不合格。
あの時の真っ暗な気持ちと、これはヤバい、どうしよう、という
焦燥の念は、未だに忘れる事ができません。

・・・と、まだまだこの受験ドキュメンタリーは続くのですが
そろそろバドの話に参ります。

<自信をつけるのは練習あるのみ>

先日、テレビで「ONの時代 スーパーヒーロー50年目の告白」を
見ました。
言わずとしれた昭和プロ野球のスーパースター、長嶋茂雄
王貞治の過去の映像を交えたロングインタビューです。

長嶋さん、王さんの、輝かしい戦績、活躍は語りつくされた伝説
ですが、その栄光の裏にあった、苦悩、葛藤、プレッシャーを
二人が巨人に揃ってから50年を経た今、初めて現役当時の心境を
正直にTVの前で語ってくれるという興味津々の番組なのです。

私が非常に感銘を受けたのは、以下の点です。

1)天才と思われていた長嶋茂雄は、実は類まれなる努力家で
  あったこと
2)その努力は、決して他人には見せず、自分の良い部分だけを
  ファンの方々に見せようとしたこと
3)世界のホームラン王だった王貞治が、不振に陥った時、打席
  に立つのが怖い、と語ったこと

1)は、長嶋さんといえば、天才。ここぞというチャンスに強く
いい場面で必ず打ってくれた、動物的カンの持ち主で、悪球でも
難なく打ち返してしまう、という持って生まれた才能で野球を
している印象が強かったのですが、それを長嶋さん自身も
そして当時のコーチである荒川氏も、真っ向から否定しているの
です。
長嶋茂雄こそ努力の塊だと。
印象的だったのは、インタビュアーが長嶋さんに「長嶋さんから
見て、長嶋茂雄という選手はどう思われますか?」という
ヒネった質問に対して、長嶋さんの答えがふるってました。

「長嶋茂雄は・・・あまりいい選手じゃないですね」

多分に謙遜が入っておりますが、本人の伝えたかった意味は

「私は決して天才なんかじゃない。あまりいい選手でもなかった
私が、普通以上の成績を残せたのは、人の2倍3倍練習したから
なのです」

だと思います。
合宿先での練習では、毎晩夜10時から深夜2時まで素振りを
欠かさなかったそうです!毎日です。

しかもその練習している姿を見せたくない、という理由で
素振り、トスバッティングは、旅館の部屋で行っていたそうです

王さんは、一般のイメージでは「努力の人」と、天才型の長島
さんに対して語られることが多かったですが、入団当初はそう
でもなく、よく麻雀したり門限破ったり、おいたをしていた
みたいです。

しかし、荒川コーチについて一本足打法を完成させて、成績が
飛躍的に向上してからは、自らの意識も変わり、3試合に1本の
ホームランをノルマとして、年間40本塁打の目標に向かって
ファンの期待を裏切らないように頑張っていたがゆえに、その
不調の際には、悩み、苦しみ、プレッシャーに押しつぶされそう
になり、前述の「打席に立つのが怖い」状態にまで追い込まれた
こともあったそうです。

しかし、そこで自らを奮い立たせ、自分に鞭打ち、努力と工夫を
重ねて、ファンと自分の期待以上の成績を残していったことに
僕は感動の涙を抑えられませんでした。

全然、バドの話じゃないですね(^^;
僕が言いたかったのは、天才的な活躍をしている人、とても並の
人間にはできそうにないプレーをしている人こそ、それこそ並
以上の苦悩を味わい、それをはねのける為の並以上の尋常でない
努力を人知れず重ねているのだ、ということです。

バドの世界でも、天才的なプレー、とても真似できないような
フットワーク、スマッシュ、レシーブ、ラリーを軽々とこなす
人はいますが、そんな人達こそ、水面下で苦しい顔をしながら
考えられないような努力を、人知れず頑張って続けているのです
スイスイーっと水面を滑る水鳥も、水面下では一生懸命休みなく
足をかいているのです。

王長嶋は特別すぎる存在で、私達はそこまでの期待も求められて
おりませんが(^^;人より長じようとするならば、人よりも
2倍3倍努力する必要があるということだと思います。

もっと身近な例でいくと、高校から始めた部活で、初心者から
始めて、何ヶ月か経過すると実力に差がついてきますが、同じ
部活で同じ環境、同じ先生、先輩から教わっているのにも
かかわらず、差がついてくるのは、それはより伸びている方は
必ず家でプラスアルファの練習をしているはずなのです。

強くなりたい!という気持ちがあるならば、強くなる為には
どうしたら良いのかを逆算して、体力が続かないならば走るとか
スマッシュを速くしたいなら、力をつけるとか、凡ミスを減らす
には、パターン練習でつなぎに徹するとか、そうなるように
そうなる方向にいくように、そういう努力をする、という論理的
な努力が必要だと思います。

僕の好きな言葉に「因果応報」があります。
ある結果(果)は、ある原因(因)に応じて(応)生ずる(報)
つまり、ものすごく意訳すると

「努力は報われる」

なのです。

スーパースターでさえ、自信をなくした時こそ猛練習に励んで
いました。
いわんや、凡人をや、です。
上手くなりたい、強くなりたい、と思ったら、人に負けないだけ
の努力を、人しれず頑張って、涼しい顔で試合に臨みましょう。

これ、自分に向かって言ってます・・・
***************************

このページに、僕のお勧めの本が2冊貼り付けてありますが
その下に、何やら怪しげな写真があることにお気づきですか?

これは「陳麻婆豆腐」といい、本場中国四川省にて、金閣賞を
受賞したほどの逸品なのです。
これを発見したのは、実は見市(^^)
僕が、麻婆豆腐を好きだと言ったら、ネットのどこかで発見して
これを購入し、ひと箱プレゼントしてくれたのです。

食してみると、これがヒジョ〜〜〜〜に辛い!
思わず咳き込んでしまって、そのうちに全身の毛穴から発汗して
しまうほど、ものすご〜〜く辛いのですが、味もものすご〜〜く
美味いのです!!!

僕は、今までに食べた麻婆豆腐では、百合丘のカッパ大王のが
一番だと思っていましたが、それに勝るとも劣らないほどの
旨みがタレに凝縮されており、舌は辛さの刺激でヒリヒリしな
がらも、絶妙の味付けで完全にクセになってしまう美味しさ
なのです。
ちなみにそのカッパ大王は、僕の同級生が店主です。
百合丘訪問の際は、是非お立ち寄りを!

http://kappadaiou.jp/

「陳麻婆豆腐」のあまりの美味さに、出身校の掲示板に記事を
書いたら、僕の同期の青木くんが食べて以下のコメントを残して
くれました。

「中華料理大好きで、麻婆豆腐も大好きな青木にとって
「陳麻婆豆腐」は本当に最高に美味しかったです。
去年、中国に何度かの出張(広州・深セン・南京・北京・香港)で
本場中国料理を食べましたが、この「陳麻婆豆腐」最高です。
皆さん、本当に美味しいですよ。
もの凄く辛いだけかと思っていたら、確かに辛いけど後味の残ら
ない辛さ。奥深い味わい。
お世辞抜きで病みつきになりますよ。中1の息子も大絶賛です。
もう、我が家では「丸美屋」は食べれません」

と最大級の賛辞を送ってくれました。
紹介者としては、溜飲の下がる思いです。

うちでは見市にもらった分はもう食べつくしてしまいましたが
またそろそろ購入しようかと思っております。

発見者の見市に聞いたところ、彼は先日7箱買ったとのこと!
そりゃ買いすぎや・・・
しかし、信じられないくらいに美味しいのは事実ですので
読者の皆さんは、だまされたと思って是非是非食べてみて下さい
3〜4人前が4袋入っており、お買い得感満点です。
添付の山椒粉末が、これがまた美味いんだなあ〜

全日本シニアもあと2ヶ月と迫ってきました。
日々練習に励んではおりますが、何とかこの試合で結果を残して
出身高の方々や、ブログ読者の方々の期待に応えたいと思って
おります。
さあ、人知れず努力しようっと!?

ではまた。
posted by まさやん at 19:24| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月13日

伝説の名著2冊

珍しく、二日連続の投稿です・・・
というのは、ブログにちょっと広告を貼り付けましたので。
何の広告かと言いますと、僕の超お勧めの本2冊です。

以前(相当前)の記事で「伝説の名著」というタイトルで
「バドミントン基本レッスン」という本を紹介したことが
ありました。

何しろ相当前ですので、ここにその一文を再掲します。
***************************
ところで、表題の「伝説の名著」の話。
そもそもバドミントンの教本自体絶対数が少ないのですが
少ないが故に、内容については一般的にならざるを得ず、既存の
本では決して悪い事を書いてはいないのですが、具体的な打ち方
や理論については言及されておらず、バド初心者から脱して
少しは打てるようになっている中級者(中級者が殆どでしょう)
にとっては、物足りなさを感じてしまっておりました。

そこでこの伝説の名著が世に送り出されたのです!!!
ちょっと大げさかな・・・
この本は、今までのバド教本と明らかに一線を隔しております。
最近でこそ、回内・回外・内旋・外旋、リストスタンド、という
言葉が一般的になってきましたが、この本こそ、その理論を
日本で最初に詳細に解説し、そんな打ち方の理論があることを
バド界に知らしめた画期的な教本なのであります。

その名も「バドミントン基本レッスン」
ビニール装丁の本です。
確か表紙には、史上最強シングルスプレーヤー「趙剣華」が
フィーチャーされていたと思います。(思います、というのは
今はこの本手元にないのです・・・昔買ったのに、誰かに貸した
のかどこかへ行ってしまいました)

僕がバドミントンを始めた頃は、腕は一直線に伸ばしてより高い
位置でシャトルを捕らえ、手首のスナップを利かせて打つ
という理論が一般的でした。
しかし、そういう打ち方だと本当に強い球は打てないし
上級者はそんな打ち方はどうもしていないようなのです。

この本は、一流選手のショットの分解写真をふんだんに使用し
また図面でも分かり易く、回内他の理論を詳細に解説しており
ラケットヘッドのスピードが最大限になる打ち方が、あ〜そう
いう事だったのか!と「アハ」体験させてくれる、本当に
素晴らしい本です。
この本に出会っていなければ、バドの上達に甚だしい支障を
きたしていたものと思います。
と、得意の熱い語りでしたが、バドに打ち込む人は、絶対に購入
する事をお勧め致します。って、あまりその辺の本屋さんには
置いていないのですが・・・
***************************
まだ読んでいないバドプレーヤーの方々は、是非ご一読して
正しい打ち方について学んで頂きたいと思います。

そして、もう一冊は「読めばテニスがうまくなる」
原題名は「Winning ugly」訳すと「醜く勝つ」でしょうか。
この本の著者は、アンドレアガシや、最近ではアンディ
ロディックのコーチをして成果を上げている、ブラッド
ギルバートという、本人も自己最高ランキング4位という強い
プレーヤーです。

この本は、レンドル、コナーズ、マッケンロー、アガシのような
世界の超一流プレーヤーではなかった著者が、類まれなる観察力
と深い研究に裏打ちされたゲームプランにて、明らかに格上の
選手に対しても、互角の成績を残していった彼の戦略・戦術に
関する考え方が詳細に語られており、競技に携わるものにとって
非常に参考になる知識が得られる貴重な虎の巻だと思います。

僕はこの本を立ち読みで偶然見つけたのですが、その内容の深さ
に傾倒し、いつもなら立ち読みで終わらせてしまうところを
財布のひもを緩めてレジに持っていかせるだけの価値ある本で
ありました。

試合の前の心がけ、準備、様々なタイプのプレーヤーに勝つ為の
方法論、絶対に勝つための7つのポイント、トッププロから学ぶ
べきポイントなど、トーナメントで活躍した選手ならではの
珠玉の知恵がぎっしりと詰まった、これまた名著中の名著です!

この本は、勝つ為に頭を使って考えて、同時に心理面のコント
ロールについても詳細に語られており、競った時の心理、弱気に
なった際の対処の仕方、リードを広げるテクニック、試合の流れ
を取り戻す方法などにについて、彼の深い洞察から生まれた
即効性のある方法が惜しみなく公開されており、バドミントンに
おいても即効で役立つ知識が満載なのです。(ホメ過ぎか)

この本は全て興味深い内容ですが、とりわけ面白かったのは
最後にある「100万ドルをかけた準決勝」の項でした。
最後は実際の試合をドキュメンタリータッチで紹介しており
そのライブ感満点の内容は、読んでいてまるでその場に居るかの
ような興奮を覚えました。

この本の宣伝文を読むと、僕は買わざるを得なくなりました。
***************************
全米ベストセラーのテニス読本 ついに日本で発売!
専門誌「テニスクラシック」連載中より、読者からの単行本化の
要望が殺到。
世界のトッププロも愛読しているという、幻の名著の日本語版が
ついに完成した。

ジョン・マッケンローを引退させた男、そしてアンドレ・アガシ
をウィンブルドンで優勝させた男、それがこの本の著者ブラッド
ギルバートである。
特別な武器となるショットを持たずに、マッケンロー、ジミー
コナーズ、ピート・サンプラス、マイケルチャンなどの超一流
プレーヤーを破り、世界4位にランクされた男でもある。
戦略と戦術を駆使して、”卑怯者”とののしられても試合に勝つ
方法を見つけ出すギルバートのテニスの神髄が、ここにぎっしり
と詰まっている。
***************************

僕は読書が大好きで、色んな分野の本を濫読しますが、やはり
メインであるバドに関する本には、少なからぬ興味をひかれます
これからも「これは!」という本があれば、また紹介していき
ますね。

知識は力です。有益な知識を持っているということは、その知識
を持たない人より既に有利な状態にいると思います。
頭でっかちになっても何ですが、強くなるために少しでも良い
方法があれば、これからも学んでいきたいものです。

マサやんの生涯は・・・また今度。
次回は、部活引退後〜大学入学になりそう、かな?
もうだいぶ忘れかけていますが(^^;

ではまた。
ラベル:お勧め
posted by まさやん at 17:38| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月12日

フォア奥のフットワークについて

今年の大阪はあまり暑くなくて助かりました。
毎年この時期に、声も枯れよとばかりに絶叫するクマゼミも
今年は例年のパワーがなく、今年はセミ害による安眠妨害が
少なかったことは、何よりの副産物でした。

さて、楽しかった合宿も日本海での素潜りも終わると、僕の感覚
では、もう夏は終わりです。
合宿については一年前から、素潜りは年初から、いずれも異常に
楽しみにしまくっていたイベントだっただけに、終わってみると
しばし抜け殻のように呆然としてしまうものですね。

人生は短し。こういう楽しみなイベントは、定期的に予定して
いく必要があります。
合宿については、今回丸杉荘のおばはんには怒髪天を衝く思い
でしたので、あえて丸杉荘を外して宿泊場所のリサーチに入って
いるところです。

しかし合宿用の宿というのは、良い場所は常連さんが毎年キープ
しているようで、あっ、ここ良いな、と思った場所は大概既に
予約が埋まっているのです。来年の8月なのに!ですよ。

来年の目標は、参加人数30人、宿は貸し切り、バドコートは
4面。
OBとOGの合宿ですが、さながら現役学生のような規模・人数に
なりつつあります。
このイベントは、僕が60歳になっても継続していきたいと
思っております。
その頃は、温泉旅行化しているかも、ですね。

さて、久々にマサやんの生涯シリーズと参ります。

高校3年生で最後の県大会出場のチャンスを逸した僕らは
最後の最後、インハイ団体県予選に出場しました。
神奈川県の場合、8つのブロックに分かれて、それぞれで
トーナメントを行い、勝ちあがった8チームが決勝トーナメント
にて、インハイ団体出場の座を競う、というものでした。

県大会にすら出場できない僕らが、インハイに出場という目標は
逆立ちしても掲げられませんが、僕らの学校は、県ではどの程度
のレベルなのかを確かめる絶好の機会でした。

というのは、僕の高校が属していた地区は、神奈川県でもレベル
の高い地区だったので、県大会出場こそできませんでしたが
「もし」出場していて他地区の学校と当たったらどういう戦いが
できるんだろう、という「もし」が試せる最後の機会だったから
です。

1回戦2回戦は、多分楽勝だったと記憶していますが、ブロック
準決勝の相手は横浜立野という、神奈川では名の知れたバド強豪高
だったので、戦前からここには厳しいなあ、とメンバーは思って
おりました。

団体戦予選は2複1単でしたので、僕らのとった作戦は・・・
前回と同じダブルス2つ狙い。というか物理的・戦力的にこの
作戦しかとりようがなかったのです。

そして前回から劇的に伸びているはずもなく、試合展開としても
全く同じの、パートナーが球を作り、僕ががむしゃらに打つ作戦
で、第一ダブルスを勝利し、シングルスは予定通り!?落として
運命の第二ダブルスです。
しかし今回は女子の応援が無かったせいか!?青木・萩原ペアは
普段通りの実力を発揮して、な、何と番狂わせと言っても過言
ではない、この厳しいマッチを2-1で制したのです!

地区大会では6位にも入れない僕らが、県の8つに分かれた
ブロックで決勝に勝ち上がれるなんて・・・
これは、誤解を恐れずに言うと、いや客観的事実として、僕らは
その時確かに県のベスト16であったのです。

こうなるとブロック決勝も勝って、県のベスト8に!と、欲が
出るというものですが、決勝の相手は何と同じ地区の川崎北高校
でした。
残念ながら、地力に勝る彼らには力及ばずで、僕らはブロック
決勝で敗退ということになったのでした。

しかし、県大会出場を第一の目標に掲げ、一生懸命練習を重ね
届きそうで届かず、無念の涙を流した僕らにとっては、最後の
この結果は大いに胸を張れる嬉しい結果なのでした。

試合後、顧問の沢井監督に町田かどこかのファミレスでご馳走に
なり、3年生の同期4人で談笑した時は、強くは無かったけど
その時の環境でベストを尽くし、一生懸命練習に励んで部活を
終えた清清しい気持ちで、言葉にできない満足感と達成感が
ありました。

僕の戦績欄の最初に「神奈川県インハイ予選団体県ベスト16」
と、一見それほどでもなさそうな結果をあえて書いている理由は
この結果が、当時の僕らにとってそれほど価値が高く嬉しかった
という意味があるのです。

本当はまだ原稿は続いているのですが、僕の更新の遅い理由は
一回の文章が長過ぎることにあると気づき(とっくに分かってた)
適度な長さで一旦切ることに致します。
続きはまた遠くない次回へ・・・

ではバドの話。

<フォア奥のフットワークについて>

フットワークについて書くのは、実は初めてかもしれません。
というのも、このブログで書きたいのは、即効性のある目から
ウロコのネタであり、コツ・How to的な内容に方向が向いていた
からです。

フットワークは、バドに非常に重要なことながら、記事にする
にはちょっと地味な感じがして、今まで筆(指)が進まなかった
のでした。

かくいう僕もあまり華麗かつ俊敏に動ける方ではないので、書き
づらいところなのですが、文章で伝えられる範囲で、気負わずに
書いてみたいと思います。

* 動く方向に右足(右利きの場合)がある方が動きやすい
  フォア奥の場合、一番早く動けるのは下記のようなステップ
  思います。
  左足から始動して、左足を右足の後ろに持ってきて(足が
  一旦クロスする形)左足を着地させて、最後に大きく右足を
  開いて、その右足で踏ん張ったタイミングで打つ、という事
  です。
  ここで生じるであろう皆さんの疑問点は、フォア奥の場合
 「足替えをした方がいいんじゃないか?」ということだと予想
  しますが、僕の結論としては

  ☆フォア奥は、足替えはあまり必要ない

  と思います。
  理由は、時間が掛かることと、足替えをして体を入れても
  あまり体重を乗せにくい、ということからです。
  トッププレーヤーのプレーを見ても、フォア奥の取り方は
  ほぼ皆右足着地の半身のままで打っています。
  まあ、トップレベルのラリーでは、悠長に身体を入れられる
  ような返球がないからだと思いますが。
  足替えをするよりは、速くシャトルに触って、速いタッチで
  返球した方が効果的だと考えます。

* 追い込まれる、と思ったら、跳びついて触る
  相手のドリブンクリヤーが厳しい場合、その球への対処が
  遅くなれば、当然ヒットポイントはバックバウンダリー
  ラインに近づいて、追い込まれた形、端的に不利になります
  二次元的フットワークにこだわっていると、自分のリーチ内
  のシャトルしか触れず、絶妙の高さのドリブンクリヤーには
  必然的に追い込まれる形が成立してしまいます。
 (普通のハイクリヤーならば、時間があるので対応可能)
  それを打開するのが「ジャンプ」です。
  跳びついて打点を高くすることで、追い込まれるはずの球を
  軌道の途中で遮断するのです。
  この動きは、判断が難しい(跳びついて届くのか、跳びつく
  方が効果的なのか、床から足が離れるので不安)のですが
  うまく途中でカットできた場合、相手の想定外の速度で
  リターンできるので、すっと落とす何気ないドロップ
  ショットが、かなり厳しい球になったりするのです。
  ドリブンクリヤーを多用してくる相手には、積極的に跳び
  ついて、想定外の返球で相手の思惑を逆手に取りましょう。
***************************

ブログ読者の岸本さん@愛媛から、全日本シニア出場者の名簿が
発表されていますと情報を頂きました。岸本さんありがとう
ございました。
日本バドミントン協会のページを見てみると、ありました!

http://www.badminton.or.jp/

更新履歴の9月6日のところです。
種目別参加者の表もあり、僕が出場する40代シングルスを見て
みると、何と104人もいました!
果たして何回勝てるのでしょうか?
いや、まずは眼前の一戦、つまり初戦に全力を投じるのみですね。
バドのブログを書く者として、実戦での成果をあげなければ!
という思いと、自分は自分、実力以上のものは出せないと達観
する自分が居ます。
僕の一番の目標は、試合で実力を出し切ることです。
実力を出し切りさえすれば、結果はもう受け入れざるを得ません
その、出し切る予定の実力は、勝ち上がるにはまだまだ足りない
と強く認識していますので、技術はともかく体力では後悔しない
だけの厳しいトレーニングをしていきたいと思っています。

元チームメイトの栗原くんも参加しているのを確認しました。
他にも、小室、永井他何人かの知り合いが参加しています。
こりゃあ、勝とうが負けようが飲み会は必須ですね!
反省会でなく祝勝会となるよう、日々頑張っていきたいと思い
ます。

大阪は既に初秋の様相ですが、マサやん家には未だに蚊の野郎が
毎夜毎晩僕を攻撃してきます・・・
僕の血が美味いのか、僕のフェロモンがメスの蚊を引き寄せる
のか知りませんが、蚊は僕しか狙わないようなのです。
蚊に刺されると、どれだけ深い眠りについていようが、無意識に
患部を掻くことに始まり、その刺激でさらに痒くなり、とうとう
激しく掻きむしるに到って目が覚めて、発狂しそうになりながら
かゆみ止めを塗りにむっくりベッドから抜け出すのです。
電子蚊取り線香は就寝前からつけていますが、窓を開けて換気
しながら寝ているので(無論網戸は閉めていますが)空気が
流れて、その効果を全然発揮しないのです。

そしてかゆみ止めを塗って、イライラの重い頭で再度ベッドに
横たわり、電子蚊取り線香の効果が出るように、窓を閉め切って
眠るのですが、一度覚めた目ではすぐには寝付けず、また閉め
きってしまうと部屋はそれなりに暑くなり、結局健全な睡眠を
得られないまま、朝を迎えて死ぬほど眠くて頭が重い状態が
ここのところ続いております・・・

その疲れも、ブログ更新を滞らせている一因かも!?
蚊帳でも吊ろうか、と真剣に考えているマサやんでした(^^)
ではまた。
posted by まさやん at 13:48| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月12日

プッシュのレシーブについて

待ちに待った夏休みが到来しました。
僕の会社は(ってオーナーじゃないですが)メーカーなので
夏期休暇が長く、元々9連休だったのですが、あろうことか僕は
それに一日有休を足して、怒涛の10連休にしてしまったのです

というのは、8月8日〜9日に、一年前から開催を待ち侘びた
高校のバドミントン部OB合宿があるからなのです。
以前から記事にしていたので、この合宿はご存知の方も多いと
思いますが、大阪に居りながら僕がほぼ幹事となって東奔西走し
宿・体育館の予約、価格交渉、メンバー集め、対戦オーダーの
作成、合宿のしおりの作成と、実現に向けて燃える情熱を注いで
きた異常に楽しみな一大イベントなのです。

と書くと、何やら僕がさぞ頑張っているように受け取られそう
ですが、そこそこ手間ひまは掛かるものの、僕は幹事業を心から
楽しんでやっておりました。
また、その行動の根底には、中田宏横浜市長の名言である
「だったらやれよ」の精神、つまり意見・批判を言うならば
その人が行動すればいいじゃないか、ということで、自主的に
幹事業に取り組んできたのです。

しかし今回は宿のおばさんとひと悶着あり、一時は完全にキレ
かかってしまったのです!

というのは、この宿(丸杉荘。道志村)を僕は一年前から押さえて
いて、先約の権利は尊重されるべきだと信じていたのですが
合宿の一週間前という直前になって、信じられない要求を突き
つけてきたのです。

「申し訳ないだけど(本当にこう言う)夕飯をバーベキューに
してもらえないかねえ?」

なんじゃそりゃ???
バーベキューと言えば、屋外になっちゃうではないですか。
混乱した状態で、僕はおばさんに理由を問い正しました。

「少年野球の団体が50名ほど居て、夜の宴会場を7時から
貸し切りでカラオケ大会をやりたいっていうんです」

「はぁ〜?」今はなき、まちゃまちゃのセリフが思わず口をつく
ほど、その理由は僕には何の説得力もありませんでした。

「バーベキューは500円高くなっちゃうんだけど・・・」

ここでまず第一回目のブチ切れが発生しました!

「ちょっと待って下さいよ。僕らは一年も前から予約しているん
ですよ。それを何で後から予約した団体を優遇して、僕らが
すごすごとバーベキューに退避しないといけないんですか?
しかも料金が上がるなんて!あり得ないっすよ!」

とその段階でかなり声を荒げていました。当たり前ですよね。
そんな僕に、おばさんはただただ

「申し訳ないだけど・・・」

を繰り返すのみです。

しかし僕は幹事として責任があるので、断固として拒絶しました。

「僕らは昼間にバドやって疲れているから、移動なんかしたく
ないんです。ゆっくりと畳の上で食事したいんですよ。ましてや
500円も料金が上がるなんて、参加メンバーも絶対納得しま
せんよ」

「じゃあ〜、料金は同じでいいから。申し訳ないだけど・・・」
「バーベキューは立食でしょ?」
「ちょっと離れた河原にあって、食事の内容は同じで・・・」
「僕が聞いているのは、立食かどうかです!」
「あっ、座るところはあります」
「料金が同じでも、場所が離れているんですよね?」
(ここで、電話の向こうでオヤジが「車で連れていくと言ったら
いい」とまる聞こえ)
おばさん「車でお連れしますし5分くらいです」と必死の説得。

でも夜のバーベキューなんて、ビールの注文もできないだろうし
外なので虫も居るだろうし、第一雨が降ったりしたら最悪です。
その点も指摘しつつ、僕は頑として宿での食事を主張したところ
おばさんは、野球の団体と交渉した様子で

「では7時半までで終わってもらえないかねえ?」

!!!

「そんなん短すぎるわ!(段々タメ口化)一年も前から予約して
楽しみにしていた宴会を1時間で終われというんっすか?」
「じゃあ、7時50分」
「はぁ?」(まちゃまちゃ再出)せめて8時半くらい、つまり
宴会を二時間にしてや!」
「う〜ん・・・」

困り果てたおばさんは、また野球団体と交渉したようでした。

結論として、僕らの夕食を少し早めにスタートする、宴会は
8時までとする、ということで、最後は妥協の形となりました。

しかし、去年いの一番に予約して、しかも3回目の利用である
僕らを差し置き、後から予約の団体を人数が多いからという理由
で優先するその姿勢は、本当に発狂して怒り心頭でありました。

そして、次に僕が完全にブチ切れた事件が発生します。

合宿の4日前に宿から留守電が入っていて、掛け直すと部屋割り
の連絡でした。
部屋については、僕はだいぶ前から「何部屋になりますか?」と
ことあるごとに確認をしていたのですが、おばさんは「それは
近くになってから調整しますから」ということで、直前まで
何部屋か分からないというはっきりしない状態のままだったの
です。

僕はかねてから、今回の人数ならば4部屋と思っておりました。
ただ増減もあるので、3〜4部屋くらいですかね?とはおばさん
に伝えておりました。

最終確定人数は、宿泊の一週間前で良いとのことでしたので
一週間前に人数を確定させてまとめて、誰にでも分かる形の
一覧表にしてFAXを入れておいたのです。
そうした後での電話でした。

「窮屈ですけど、3部屋でお願いします。申し訳ないだけど」

丸杉荘の部屋は12畳ありますが、僕らは総勢24名でしたので
3部屋だと12畳に8名という窮屈な状況なのです。

「え〜!それはキツいっすよ。4部屋は何とかして下さいよ」
「申し訳ないだけど・・・」
「もう何としても部屋を増やすことはできないんですか?」
「申し訳ないだけど・・・」

この段階で、おばさんは「申し訳ないだけど」人形へと変身して
おり、僕の要求を受け入れる姿勢が一切見られず、ただただ
同じ言葉を繰り返すのみでした。
理由は、やはり他の団体で既に部屋が埋まっていた為でした。

「そんなんおかしいやん!僕らが先に予約していながら、何で
他の団体を優先すんねん!(もう完全にタメ口)
そもそも部屋割りも、まだ先で良いと言うから待っていた所を
ふたを開けてみれば、3部屋で変更ききませんとはどういうこと
やねん!」
「申し訳ないだけど・・・」
「申し訳ないだけど、やないっちゅうねん!」

ここでも相当キレていましたが、次のおばはん(呼び名も格下げ)
のセリフを耳にした瞬間、僕の理性は危うく消失しかかりました。

「だったら人数を減らしたら?」

ブッチーン!!!このセリフだけは言ったらあかんやろう!
僕は電話越しにも大声を上げて

「何を言うとんねん!怒るでホンマに!」

おばはんとしては、にっちもさっちもいかない状況で、僕が強く
(当然ですが)主張してくるものだから、冗談で口が滑った状況
だとは思いますが、サービス業として絶対に口にしてはならない
言葉を耳にして、僕は本当にガチャンと電話を切ろうかとまで
思いました。

しかしながら、折角楽しみにしていた合宿で、これから泊まりに
いくのに、あまりにも宿と険悪になるのも得策ではないと思った
ので、最終的には心を落ち着かせて、おばはんとの会話を終え
たのでした。

という悶着があったのですが、合宿自体は大成功に終わり、バド
も皆楽しそうにやっていたし、何と言っても夜の飲み会は
夕食6:15開始から飲み始めて、深夜3:30まで延々と
飲み続け、思い出話や他愛ない冗談に、最後まで笑いの絶えない
夢のような心躍るイベントであったことを報告します。

来年以降も必ず実施はすると思いますが、宿は変わる可能性巨大
です!
ちなみにバドでは僕は貫禄の全勝でした。久徳くん、来年も是非
挑んできて下さい。いつの日か「参った!」と言える日を期待
しています。あと10年後かな(^^)

ではバドの話。

<プッシュのレシーブについて>

プッシュレシーブは、基礎打ちでの必須種目です。
「じゃあ次はプッシュね」
と言いながら、メインはレシーブの方ではないかと、以前から
思っていました。

プッシュする方は、極端に言えば上から打つだけですが、これを
レシーブする方は、打たれた球に反応し、きちんと捕えて
ネット前に浮かないように返球する、のみならず、返球のコース
を変えたり、強く弾いたり、という技術が求められる難しい種目
なのではないか、と思っています。

僕自身、それほど完璧にレシーブできるわけでもありませんが
それでも少しは方法論があります。
それは

1)足腰を安定させる。
  プッシュのレシーブが苦手、と言う人の一番大きな原因は
  僕はここにあると見ています。
  プッシュレシーブは、スマッシュレシーブ同様、ラリーの
  テンポが速いので、打つ瞬間に身体が「クッ」と緊張状態に
  なり、強く返さんが為オーバーアクションになってしまって
  身体は伸び上がり、土台である足腰もぐちゃぐちゃ、という
  状況を、実によく目の当たりにするのです。
  ただでさえ取りにくい速いショットを、土台がぐちゃぐちゃ
  で、身体も伸び上がるような不安定なフォームでは、余計に
  きちんとレシーブする確率は下がるのみです。
  土台がぐちゃぐちゃになって、身体が伸び上がるという事は
  すなわち、頭がぶれて視線がぶれる、ということです。
  速い球に対応するには、なるべく身体の上下動を抑え、視線
  を安定させた状態で打つ必要があると思います。
  その為に、プッシュレシーブ時には、足腰はどっしり安定
  させて、上半身の軽い捻りとシンプルな腕の動きで、羽根を
  とらえるようにするのが良いと思います。

2)インパクト時の、ラケット面をフラットにする。
  これもよく見る間違いです。
  みな、スイングすることに意識が行き過ぎて、インパクトの
  瞬間に面が斜めに当たっている、ということがよくあります
  シャトルは自分では意思を持たず、どのように打たれたかで
  飛んでいきますので、無論、ラケット面が斜めの状態で
  打ったならば、その面の向いた方に行こうとしますし、また
  カット打ちになってしまう為、打球の勢いも半減されます。
  打球の方向性アップと、威力アップの為には、シャトルを
  打つ時に、ラケット面がフラットにインパクトできている
  ということは非常に重要なファクターです。
  イマイチ、打球に威力と勢いがないなあ、と言う方は、その
  点を再確認してみて欲しいと思います。

3)フォア側もバックハンドでレシーブする。
  これはなかなか難しい技術かもしれません。
  ご存知かと思いますが、人間の腕の構造上、バックハンドで
  レシーブする方が、取れる範囲が多いのです。
  なのでレシーブはバックハンドで構えている人が多いと思う
  のですが、フォア側に来た球をどうしてもフォアで打とうと
  してしまう人が居ます(僕もそう・・・)
  それが全ていけないという訳ではありませんが、バックで
  待っていて、フォアでレシーブしようとすると、結構激しく
  面が乱れて、コントロールが難しくなります。
  その場合には、フォアの面を前に押し込むことで、面を安定
  させるようにするのが良いとは思いますが、ラケット面が
  ぶれてミスしやすくなるのは間違いありません。
  ひじを身体の右斜め前方向に流しながら、ラケットヘッドは
  下向きにさせて、リストスタンドを保って面をネット方向に
  保ち、ひじから「しゃくる」ようにネット前に押し出す感じ
  で打つのです。
  この方が、フォアで打つよりも動きがシンプルで、ラケット
  も速く出せると思います。

4)強く弾く。
  これは以前にも書きましたね。
  強く弾くことの利点は
  @コントロールが付けやすくなる(ふんわり軌道は難しい)
  A相手の前衛が取りにくくなる
  B守りから攻撃に転じられる
  だと思います。
  ダブルスの場合、いかに攻撃している時間を長くするかが
  ポイントですので、相手の上からのショットも、上げて返球
  するだけでなく、強くドライブで返して、守勢から攻勢に
  転じる機会は常に伺っている必要があります。
  その為にも、プッシュレシーブでも攻撃的に、強くバシッと
  弾きましょう。

ネットから浮かないように打つショットですので、ネットに
掛けてしまうことも多いですが、最初は浮き気味でもまず確実に
返球をして、段々コントロールが付けられるようになったら
徐々に軌道を低くネットすれすれを狙っていく、という感じが
良いと思います。

上記を意識してやってみて下さい。
***************************

マサやんの生涯シリーズは、ちょっとお休みです。次は大学時代
からになりますね。
赤裸々につづりたい気持ちの半面、お前の人生はそんなもんかよ
と思われるのも怖い気がします(^^;
しかし、全ては僕が選択してきた人生ですので、全てはその時点
でのベスト(と思われた)の選択が、現在の自分につながって
います。
過去の反省を活かして、今後の人生をより良くする為にも
こうして振り返ることは、有効なことではないかなあとも思います

怒涛の10連休も、早くも中日・・・日々の時間も経過は速い
ですが、お休みの時間は異常に速度が速すぎて、あれさっき
起きたばかりなのに、まだ何にもしてねえや、とちょっと焦って
しまうくらいです。

今朝は、9:30に起床して、高校の掲示板に渾身の投稿をして
(合宿参加者全員にコメント書いた)お昼ご飯買いに隣の平和堂
に行って弁当買って食べて、久々にブログを更新していたら
時間は既に午後2時を回っています。
ああ、これでは何もやっていないに等しいなあ。

この後の予定は、ちょっとビールでも飲んで、高校野球見て
僕の尊敬する池谷裕二先生の本「単純な脳、複雑な「私」」を
読んで(最高に興味深いです!)、疲れてひと眠りしたら今日も
終わりです。
ああ、折角の休みがまた刻一刻と減っていく・・・
いや、でもこうしてのんびりするのも重要なことですね。

明日は見市と今年最後(と思われる)の海に行って参ります。
日本海の美しさを体感すべく、スポーツシュノーケリングに専念
したいと思っています(^^)
明日も4時過ぎに出発です。もう寝た方がいいかなあ!?

ではまた!
posted by まさやん at 14:26| 大阪 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

成長するのはみじめな敗戦から

ふと気が付くと6月27日から更新を怠っておりました。
仕事が忙しくなり、平日に疲れきることが多かったので、お休み
の土日にもエネルギーが枯渇しておりました。

止めたわけではありませんので、皆さんどうか引き続きご愛読の
ほどよろしくお願いします。って更新してなきゃアクセスも
遠のくってもんですね(^^;

マサやんの生涯シリーズは、意外と!?興味を持たれているよう
なので、まだもう少し引っ張りたいと思います。
大してドラマチックな人生でもなかったですが、今までの人生が
間違いなく今の僕を形成しているので、十二分に意味のある人生
だったとは思っております。

中学時代は、好きな子に取り入る目的で聞いたビリージョエルの
おかげで、グングン英語の実力が上がり、卒業時には英語は最も
得意な科目になっていたから不思議なものです。

ただ、当時はあまり試験前以外は勉強せず、内申書も良かった
わけでもないので、当初希望していたI田高校に行くにはちょっと
足りないかも、と担任の先生に三者面談で言われた僕ですが
元来深刻さに欠ける僕は

「あっそうですか。なら、その次のランクのY合丘高校でいい
ですよ」

とあまりにあっさり方針を変更したので、担任の先生も僕の母親
も、ポカンと拍子抜けしていたのをよく覚えています。
担任の先生によると、I田高校は絶対に行けない訳でもなかった
ようなのですが、万一、ということがあるといけないので
安全を見た、担任としての親心だったみたいです。

ちなみにこの担任の先生の名は、T山徹先生といい、当時26歳の
若い熱血漢で、この先生のおかげで中学3年生のクラスは
今振り返っても、人生最高だったと確信できるほど、素晴らしい
指導とリーダーシップだったと思います。本当の本当に良い
クラスでした!できれば、クラス会したいなあ・・・

話はあちこちに飛びますが、中学3年生の時の強烈な思い出と
しては、秋の運動会のクラス対抗種目で、土台となる人が5〜6
人で竹を垂直に立て、10名の走者がバトン代わりにリュック
サックを背負い、竹をよじ登って先端に旗を立て、次の走者に
リュックを渡し、10名の走者がより早く全ての旗を立てて
ゴールしたら勝利!というリレーがあったのですが、この種目に
わがクラスは、感動の優勝を果たしたのです。

この種目のポイントは、竹をよじ登る速さもさる事ながら、一番
大事なことは、バトン代わりであるリュックの受け渡しをいかに
スムーズに行うか、ということにありました。

やってみたら分かりますが、リュック(今で言うデイパック)を
背中から外して、次の人に渡すことはそんなに簡単にできるもの
ではありません。
ルールとして、リュックはきちんと両腕を通して背負うことに
なっていたので、受け渡しの困難さはなおさらです。

この非常に難しいリュックパスを、うちのクラスは研究に研究を
重ねて、あるベストな方法を編み出したのです!

それは、リュックを背負っているものが、右腕のベルトを外し
ながら、正対する次の走者の左側(相手の右手側)に近づき
外した右腕のベルトを、差し出した相手の右手にささるように
して、ささったのを確認したら、走者は反時計方向に回転をして
背中のリュックが外れるように回り、次走者も外れつつある
リュックを身に巻きつけるようにやはり反時計方向に回転して
縮めていた左手を、外れかかっているリュックの左腕ベルトの
隙間に差し込んで、前の走者からリュックを剥ぎ取る形で
二人が芸術的に回転しながら、瞬く間にリュックの受け渡しを
終えている、という技を編み出し、竹をよじ登る速度は他の
クラスと大差なかったのですが、リュックの受け渡し速度で
尋常じゃないリードを生み出し、結果、感動の優勝を勝ち取る
事ができたのです!!!

今思えば、たかが運動会での一種目に過ぎないのですが、クラス
全体が、勝利という目標に向かって、一致団結して素晴らしい
方法を編み出し、練習を重ね、実戦で成功して、目標の優勝を
勝ち取ったことは、これまた一生忘れることのできない最高の
思い出です。

ちなみに、そのリレーでは僕は名誉ある第一走者でした(^^)
竹をよじ登るのに多少手間取ったのですが、リュックパスは
完璧だったことを覚えています。

目の前のことに一生懸命になるって、素晴らしいことですね。

って、またまた脱線でした。なかなか高校に入学しませんね。

そんなわけで、ごく普通レベルの県立高校を選択した僕は、一応
緊張しながらも入試を受けました。
ちなみに僕の実兄も同じ高校でした。
入試の問題は、僕の印象では非常に易しく、これはまず間違い
なく合格だなと、試験後には確信しておりました。
どちらかというと、僕は楽観的かつ自信過剰なほうです。

確信は正しかったようで、問題なく合格しただけでなく、英語の
テストは、何と僕は見事満点をマークしたのです!
このことは、ちょっと職員室で話題になったらしいです。
M岡の弟が、入試の英語で満点を取ったらしいぞ・・・と。
僕の兄は、生徒会活動で先生にも生徒にも有名だったので、その
弟がなかなかやりおるのう、ってなところだったのではないで
しょうか。

こうして晴れて高校に入学した僕の次の課題は、部活動を何に
するか、ということでした。
もともと運動は大好きなので、文化部や帰宅部、またバイトに
燃えるという選択肢は、これっぽっちも考えませんでした。
ただ、中学の時本当にキツかった陸上部と、兄がやっていた
サッカー部(兄は途中で止めた)だけは、止めようと思いました。

となると、残る運動部は、野球、バスケ、バレーボール、卓球
テニス、ハンドボール、そしてバドミントンとなるのですが
野球は坊主がイヤだったし、バスケは何となく面白みを感じない
(全力で上から叩きつけるようなショットがない)し、卓球は
暗いイメージがあったし、バレー、テニス、ハンドも何となく
これといった興味が湧かなかったのです。

そんな中、バドミントンは、何となく楽しそうだったし、陸上部
よりは楽そうだったので、当時の正直な考えとしては

「楽で、楽しそうだったから」

という安易極まりない理由でバドミントンを選択したことを白状
します(^^;
そんな軽い気持ちで選んだスポーツを、その後現在に到るまで
熱心に継続するとは、当時は全く考えていなかったなあ。

そうして入ったバドミントン部ですが、女子の人数が多い割り
には男子が非常に少なく、3年生が2人、2年生が4人という
非常にこぢんまりした部活だな、という印象でした。

その前段階として、ラケットを買わなければならない、という
ことで、町田市にあるラケットショップM町に先輩にお付き合い
頂いて、僕が生まれて始めて選択したラケットは、カワサキの
78というスチールの重たいラケットでした。

初心者であり、バドミントンに関して一切の知識がなかった僕は
最初のグッズは、ネタ作りで青一色に統一しよう、とクダらない
作戦に出たのでした。

つまり、ラケットも青、ガットも青色を選択し、とどめのタオル
グリップもブルー。真面目さのかけらもない状態から僕のバドは
スタートしたのです。

バド部に入って最初に教わったのは、素振りでした。
当時の顧問の先生は、S井さんといい、真面目で誠実で少しお茶目
なところがある人間的には好きな先生でしたが、いかんせんバド
に関しては、今思えばパーフェクトにずぶの素人でした。

その先生に教わった素振りは、前にも書きましたが、完全に腕の
運動効率を無視した、理論にかなっていない振り方なのでした。
それは

「腕で右耳を擦るような感じで、腕を垂直に伸ばして打て」

この打ち方は、バドの合言葉である「より高く」を忠実に遵守
せんがための方法なのは理解できますが、やってみると分かる
ように、全然力が入らない打ち方なのです。

しかし完全な初心者であった僕は、ひなが最初に見たものを親と
認識する原理と同じで、その振り方が正しいスイングなんだ、と
一心不乱に壁ぎわで、耳を擦るんだ、腕を伸ばすんだ、と集中
しながら、間違った運動を叩き込まれていってしまったのです。

そのスイングに加えて

「シャトルは手首のスナップで打て」
と手首をくの字に折って打つように指導され、スタートの段階で
僕のフォームは、どんどんいけない方向に強化されていったの
でした。

そのフォームを教わって、そのフォームでノックを受けて、僕は
他のみんながぎこちないフォームながらも、何とかラケットに
当ててるのをよそに、一人でみじめな空振りばかりを繰り返して
いたのです。

「みんなは打てるのに、僕は空振りばっかり・・・」

ノックの時、あまりにシャトルに当たらない僕は、途中で先生に
止められてしまい「ちょっと横で素振りしていなさい」と
同じメニューをさせてもらえなかった悔しさと恥ずかしさは
当時は屈辱以外の何ものでもありませんでした。
しかし、その悔しさがあるからこそ、現在、うまくプレーできな
くて悩んでいる方に、優しく教えてあげたい!って気持ちに
なれると思うので、今思えばそれも良かったんだなと、あの
悔しさ、恥ずかしさも、ちゃんと役に立っていることに不思議な
思いがしています。

そして一生懸命に素振りする振り方は「耳擦りスイング」・・・
僕のバド人生は大変なハンディを背負ってのスタートでした。

そしてその後教わった技術は「足替え」です。
ラウンド奥のシャトルを打った直後に一歩前に足を出すあれです。

この足替えを、清水先輩という3年生の部長から教わったのですが
僕は最初、全然先輩と同じようにできず、清水先輩も僕のあまりの
覚えの悪さに苦笑いしていました。

このように技術的には最低レベルの僕でしたが、イヤイヤながら
でも何とか続けた陸上部のおかげで、体力的にはバドの練習や
ランニングは、僕のとっては平気の平左。体力面では確実に
同級生でトップでした。
そして、当時はまだ真面目!?だったので、先輩からも可愛がら
れていたと思います。

しかし3年生が卒業し、2年生がメインになると、新しく部長に
なった鈴木先輩が、後輩への指導を厳格化していったのです。

というと大げさですが、礼儀に厳しい鈴木先輩は、先輩後輩の
けじめに敏感で、いくら上手くても練習に来ないとか、態度や
口の利き方が生意気な後輩には、容赦ない攻撃が浴びせられるの
です。

鈴木先輩の基本的な考え方には同意するものの、当時の先輩の
やり方は少し行き過ぎだったので、僕の同期はそれを嫌って
一人、また一人と辞めていき、最終的には僕を含めて4人にまで
減ってしまったのでした・・・

一人は青木。彼は中学時代、団体で県を制した学校の第一ダブルス
という実力者だったので、鈴木先輩の毒牙も彼には及ばなかった
のだと思われます。

星という男は、多分要領が良かったのでしょう。あまり鈴木先輩に
イジめられるシーンは目立ちませんでした。

残るは初心者の萩原と僕だったのですが、この初心者の二人は
いずれも真面目で、鈴木先輩の気持ちを損なわなかったようで
特に実害を受ける事がなかったので、ちゃんと部活動を継続して
いけました。

僕は高校始めの初心者だったので、中学からバドをやっていた
青木や星は、はなからライバルにはなり得ず、僕の当面の
ライバルは、同じ初心者で、そして運動神経抜群な萩原という
ことになったのです。

萩原は、柔道ではちょっとならした有名選手で、川崎市では
常に上位に入っていたみたいです。
前にも書きましたが、彼の実家の彼の部屋は、二階にありながら
二階から入る所がなく、床の間の床がふたのように開いて
そこに下に降りるはしごがあり、彼の部屋に出入りする唯一の
手段がそのはしごという、忍者屋敷のような部屋に住んでいま
した。
僕らがお邪魔した時、彼がお茶菓子を持ってそのはしごを
昇ってくるのですが、お盆や急須やお茶碗やお菓子を、一体
どうやって持ちながらそのはしごを昇ってこれたのか、当時の
謎の一つでした!?
彼はこんな日常生活でも、運動神経を鍛えていたのでした。
さすが忍者萩さん。

萩原は、プレーがしなやかで、また割りできるほど体も柔かく
足腰も強くてパワーもあり、特筆すべきはその跳躍力で、ネット
前でジャンプしたら、ネットを飛び越えるんじゃないか!という
くらい、それはそれは長い滞空時間を誇るほどの瞬発力も備えて
おりました。
技術的にも、彼は常に一歩僕の先を行っており、レシーブでも
ドライブでも、僕よりちょっと上手くなるのが早かったような
記憶があります。

それだけに、僕も負けていられない!ということで、得意の
ランニングだけは、意地を見せて負けないようにと頑張って
おりました!?事実、ランニングだけは、なんちゃって陸上部
ではありましたが、こなした練習は嘘をつかない、ということで
僕の方が速かったと思われます。
ただ、そのランニングも萩原はなかなか速く、僕とそれほど
大差なくて、その危機感からも練習を一生懸命に頑張っていた
ことを覚えています。

僕は自己診断で、どちらかというと器用な方だと思うのですが
当時は真面目一本やりで、今のように頭を使って考えてプレー
することが皆無だったので、なかなか技術の習得は進まず、端的
に言えば「へたくそ」でした。

シングルスは、基本的に前が取れない人でした・・・
二対一のオールロングをやったりすると、二の方の先輩が前に
ドロップを落とした時点で、常にラリーは中断されました。
全然取れないのです。
前が取れない僕をあざ笑うかのように、先輩方は次から次へと
ドロップ攻撃を繰り返しました。
その全てが取れませんでした。
先輩は、僕のその弱点を克服させんがために、執拗なドロップ
攻撃の手を緩めなかったのだと思いますが、あまりに全然
取れなかったので、ただ単に自信を無くして、そして自分に腹が
立っていたような気がします。
どうやったら前に足が出るのか、は言葉では教えてもらえず
また気の小さかった僕(今では考えられないですが)は質問する
ことすらできなかったので、他の人のプレーを見たり、他の人が
前のレシーブについて話しているのを、横で耳をそばだてて聞く
くらいしかなかったのでした。

そんな状況で、ある上手い人が話していたことが大いにプレー
改善のきっかけになりました。
その人いわく

「後ろの球は、着地するまで時間があるから取れるんだ。しかし
前は着地する時間が短いから、前に意識を集中させろ」

だったかな? ニュアンスは合ってると思います。

なるほど!と、それからの僕は、それまでの僕より大幅に意識を
変えて、前の球を集中して待つようになって、少し前の球に
対応できるようになったと思います。
それに加えて、上級者のホームポジションへの戻り方(相手の
ラケットにシャトルが当たる瞬間に、リアクションステップを
とる形)を理解してからは、かなり前後左右に動けるように
なりました。

しかし、自分自身の探究心が足りないせいか、僕の上達度は
悲しいかな高校時代では非常に少なく、同期の3人には最後まで
敵わなかったのでありました・・・

個人戦には、一校からダブルス2つとシングルス2つで
ダブルスは、同期4人だったので必然的に出場できましたが
シングルスは、総当りをして上位の2名が出場しよう、という
非常に公平かつ、実力の無いものには厳しい方法が採用され
僕は他の3人にどうしても勝つことができず(つまり全敗)
遂には高校時代はシングルスの個人戦に出場できなかったので
ありました・・・昔はホント弱かったなあ(_ _;

僕らの当時の大きな目標、いや悲願は

「県大会団体出場」

でした。
強豪高の方や、全国大会出場常連の方から見れば、何と志の低い
クラブなんだと思われるかもしれませんが、当時の状況から
すると、届きそうで届かない、一回は勝つけど二回目は苦しい
という、県大会出場というのが、同期の共通の強い思いでした。

そしてそのチャンスは3年生の最後の市大会で訪れたのです!
僕らは団体の一回戦を勝ち上がり、次に勝てば県大会に出場
という状況になりました。
当時は、僕らの所属していた地区が県で上位に進出していた為
県大会出場枠が多めに確保されていたのです。
確か、市で5位か6位でも行けたと記憶しています。

その悲願の初出場を賭けて戦ったのはT摩高。ここは学区内では
一番偏差値の高い高校で、ここに負けたら「文武両道」を達成
されてしまう!?ということで、偏差値で劣る僕らとしては
運動では負けられない思いでした。

しかしその高校には、シングルスで絶対に勝てないY形という
選手がいたので、僕らの作戦はシングルスは諦めて、ダブルス
2つを取りに行こう、と言いながら、いつもその作戦しか物理的
に取る事ができないのでした・・・
ちなみに当時の団体戦は、二複一単でした。

向こうのシングルスは予想通りの山形。僕らの思惑通りです。
第一ダブルス(僕と星)は、星のゲームメークに乗って
技術はないけどパワーと体力はあった僕が遮二無二打ちまくる
という戦法?で、幸先良く先勝しました。

シングルスは、こちらとしては誰が行っても勝てないので、後輩
に撃沈してもらって、勝負は第二ダブルスに委ねられました。

第二ダブルスは、青木と前出の萩原。青木は実力者で萩原は
抜群の運動神経の忍者!?でしたので、僕と星は
「頼む!何とか勝って悲願を達成させてくれ!」と祈るような
拝むような思いで、その試合を見つめていました。

するとその願いが届いたのか、こちらも何と1ゲーム目を先取
したのです!俄然僕らは色めきたちました。
そしてその勢いに乗って、2ゲーム目も終始リードを保ち、常に
押し気味にゲームを進めて、悲願まであと数点となり、ベンチの
僕と星は勝利を確信し、決定の瞬間はできもしないバクテンでも
やろうかと思いました。

試合が終わっていた女子も、その時コートサイドで応援をして
くれて、体育館のその一角だけ妙に盛り上がっておりました。
たかが県大会出場、されど僕らには悲願だったのです!

順調に加点していた青木と萩原くんでしたが、ここで突如異変
が起きたのです!!!
女子軍団が応援に駆けつけた時を境に、萩原のプレーが
はたからみても分かるくらい明らかに乱れ始め、安定性を失い
ミスを連発し始めたのです。

保っていたリードは徐々に縮められ、それに焦って動揺する萩原
の目はいよいようつろとなり、あろうことかそのゲームを逆転で
落としてしまったのです!!!

悲願達成は運命のファイナルにもつれ込みました。
しかし、一度向こうに移った流れと、萩原の動揺は止められず
ファイナルは逆に終始リードを保たれたまま、信じたくない
いや、受け入れたくない大逆転負けをくらって、僕らの悲願は
すぐそこの数点先にあって指先が掛かっていながら、無残にも
するりと彼方へ永久に去ってしまったのでした・・・

運動神経抜群の忍者萩さんでしたが、女子の応援には免疫が
無かったみたいです。
忍びの者には、異性との交わりはご法度だったのでしょう(^^;
願わくは、どこかのくの一と「お忍びデート」でも経験していた
ならば、あの極度の急変には結びつかなかったのではと、悲願に
届かなかった僕らは少し思いましたが、それも仕方のない事です。

こうして、最大の目標を達成できなかった僕らは、試合後円陣に
なり、顧問の先生の言葉を聞いていました。その内容は
「負けたけど、良く頑張った」的な内容だったと思うのですが
あまりのショックに完全に上の空、右から左でした。
ふと横に目をやると、部長だった青木が隠そうともせず
目を真っ赤にして泣いていました。
彼は、著しい戦力不足であるクラブの部長として、実力差のある
僕らにイヤな顔一つすることなく、最後の方は顧問も放任状態
だった部活の練習メニューも考えて、一生懸命チームを引張って
きてくれました。
そんな彼が人目もはばからず涙を流す姿を見て、僕も非常に
悔しくはあったのですが、何か救われたような、皆同じ思いで
戦っていたんだ!と感じて、彼や他のメンバーと一生懸命に
真面目に練習に取り組んできて、この部活に入って本当に良かった
なあと心から実感できたのです。

青木が、部活引退後に書いた部活の日誌か何か失念しましたが
その文章の中で、僕と萩原の事を「高校始めの初心者だった
けど、本当に一生懸命頑張ってくれた」と書いたくだりを見て
今思い出しても目頭が熱くなるような言葉に、非常に感動した
ことを忘れることができません。

陸上部がキツくて、楽をしたくて始めたバドミントンで、しかも
高校時代は大して上達もできませんでしたが、目標に向かって
一生懸命頑張って、到達はならなかったけど、先輩や仲間や後輩
と一緒に汗を流した素晴らしい思い出があればこそ、44歳の
現在に至ってもバドを続けているのではないかと思っているの
です。
と言いながら続けているのは、同期で僕だけですが・・・

来る8月8日には、山梨は道志村にて3回目のバド部OB合宿を
実施します。
メンバーはほぼ関東在住ですが、何故か大阪に居る僕が名誉幹事
で、取りまとめを行っているのです!?
単に僕が燃えているからですが。
でもこうして何年経っても、社会のしがらみを完全に忘れて
昔の先輩後輩のままで集まれるというのは、部活なればこそだと
思います。
僕の一つ下に小川という後輩が居ますが、この歳になっても昔の
上下関係はしっかり保たれ、僕は彼を「一生後輩」(当たり前)
と呼んで、彼もそれを諦めて!?受け入れているというのが
何とも痛快です。
もう彼もいい中堅の社会人で、43歳で1年しか違わないけど
部活の集まりとなれば、死ぬまで僕を抜くことはできないのです!
彼は上記の合宿に参加しますが、一回はパシリさせようと思い
ます(^^)

それと、前出の部長青木、忍者萩さんも参加しますが、同期
が揃って飲み会になると、必ず上記の「萩さん、女子応援から崩れる
ネタ」に一回は突入して、あの時女子さえ来なかったらなあ!
とか、あともうちょっとだったのに〜!と鉄板ネタで盛り上がる
のでした。その度に萩さんは、苦笑いするしかないのでした。

と、得意の長文になってしまいましたが、思い出して書きながら
不覚にも昔の感動が蘇って、少し涙がこぼれてしまいました。
僕は非常に涙もろいのでした・・・

ではそろそろ(やっとか)バドの話。

<成長するのはみじめな敗戦から>

バドは競技ですので、勝者と敗者が必ず存在します。
他の競技では引き分けという場合もありますが、僕としては
勝ち負けがはっきりした方がすっきりするので、きっちり決着が
つくバドミントンは、とても僕の性に合っています。

皆、勝つことを目標にしているのであって、負けたいと思って
練習・試合している人はいません。
それは負けることは、非常に悔しいことだからです。

残酷な言い方をすれば、負けるということは「バドミントンに
おいて、相手より劣っている」ということだからです。

逆に、だからこそ勝ちたいし、勝てば優越感に少し浸れますし
何はさておき単純に嬉しいので、みな一生懸命に頑張って、日々
成長しようと努力しているのです。

大体、競技としてスポーツに取り組んでいる人は、大概負けず
嫌いではないでしょうか?
僕もそうですが、試合に負けることはもとより、普段の練習試合
においてすら、負けると非常にストレスが溜まります。
それが、情けない負け方だったりすると、自分が非常に無力に
思えて、ああ何てオレはだめなんだろう、と自分を責めてしまう
方もいるのではと思います。

しかし、成長の鍵は、その情けないみじめな敗戦に潜んでいるの
です!

勝つことは気分が良いですが、気分が良いだけに、勝った後には
なかなか反省点は強くは出にくいものです。だってとにかく
勝っているんだから。

一方負けた時、しかも実力が出し切れないとか、精神的に崩れて
自滅して、負ける筈のない相手に負けてしまったような状況は
実は、物凄く成長にはもってこいのシチュエーションなのです。

それは「すっごく悔しいから」「こんな悔しい思いは二度と
繰り返したくないから」です。

人間は反省のできる動物です。失敗を繰り返していくうちに
次回は改善しようという意識が発生し、すぐには対応できなく
とも、ああ前回もこうして崩れていったなとか、前回の反省点を
活かして、改善のできるのが思考能力のある人類の特質だと
思います。

脳科学の本で読んだのですが、人間は失敗を重ねて学んでいく
ものなのだそうです。
勉強をしていて、教科書を覚えようとして、一回で完璧に覚え
られる人は居ません。
何度も何度も復習をして、脳に記憶を定着させて、より記憶を
強固にしていくのです。
記憶のコツというのは、関連付けるとか、感情とともに記憶する
とかいくつか方法はありますが、原則としては、繰り返し反復
して刻み込む、しかないそうなのです。

人間の脳には、海馬という記憶に重要な器官があります。
目や耳から入った情報は、必ずこの海馬を通して脳の各所に
分配されるのですが、脳は基本的に重要な情報しか残そうとは
しないのです。

本当に重要な情報は、自ずと脳が判断するのでしょうが、記憶や
バドの動き(運動もれっきとした記憶です)など、本質的には
重要と思えない情報を、脳に刻みこむ為には、この海馬を騙す
ことが必要なのだそうです。

具体的にはどうするのか?それが「復習」なのです。

海馬の立場としては、一度ならずも何度も何度もやってくる情報
は「これは重要な情報なのではないか」と勘違いして、記憶に
刻みこんでくれるものなのだそうです。

ちょっと話がずれましたでしょうか。
バドにおいて、敗戦というのは、つまり勝つ為の方法が間違って
いた、とも言えます。
自信のないプレーというのは、あいまいな記憶のようなものです。
あの問題をいつも間違える、と同じ感覚で、あのプレーをいつも
ミスってしまう、のだと思います。
つまりはそのプレー・動きについての記憶が強固ではないのです。

その悔しさを味わわない為にどうすれば良いかを反省し、その
方法を考えて、改善する為に練習したり、次回の試合で改善策を
試してみる。
成功の方法に関する記憶を、反復練習によって強固に刻みこむ。
これが、大きく成長できる鍵なのだと思います。
たった一つのポイントが改善されるだけで、常にネックとなって
いたそのプレーでミスが減るということは、既に大幅な成長と
呼んでも差し支えないと思います。

なので、悔しい思いをすることは、非常に重要だと思います。
負けたくないでしょうが、成長の為には負けることは必要では
ないか、とさえ思うのです。

いけないのは「どうせ勝てない」「負けて当然」と、悔しさを
感じないで、自分を欺くことです。
負けたことを、バネ、モチベーションにしてこそ、明日の勝利が
あるのです。

先日、女子トップアスリートのインタビュー番組がやっていて
その際「自分が成長したと思う時は?」という質問で、出演して
いた4人が口を揃えたように、自分のみじめな敗戦が成長の鍵
だったと述懐していたのが、非常に印象的でした。

誰でも失敗・敗戦はします。大事なことは、その失敗・敗戦を
次回に活かせるかどうかです。
改革なくして成長なしとは誰かの言葉ですが、マサやんとしては

「敗戦なくして成長なし」

と軽くパクッて、久々の投稿に変えさせて頂きます!?

皆さん、今回負けても、次回は、いやいつかは勝ちましょう!
***************************

しばらく更新せずに失礼しました。
そんな状況でも、ちょくちょくアクセスしてくれていた皆さんに
感謝します。
気が付くと、このブログの訪問者が3万人を超えていました。
開設当初からすると、本当に信じられないことです。

僕も、このブログを書くようになってから、口だけの人間に
なってはいけない!と強く意識するようになり、バドへの取り組み
方が、より真剣になりましたので、その点からも始めて良かった
なあと思います。

あとはもう少し更新頻度を上げないとなあ・・・
一回の文章が長すぎるんだよなあ・・・(自覚済み)

まあ、おいおい改善していきますので、期待せずにお待ち下さい。

報告すべきウミンチュ活動ですが、既に2回(うち一回は一泊)
日本海に繰り出しました。
一回目は、7月5日。二回目は7月17〜18日。一回目は
まだ少し水温が低く、30分も海に浸かっていると震えが止まら
なくなるくらいでしたが、いずれも美しい日本海の最高の水質を
満喫し、身体もそれなりに日焼けできて、満足度の高いイベント
となりました。
新調したダイビングマスクに改善した視力で、透明度高く澄み
切った日本海は、潜っても視界が遠くまで利いて、小魚の群れや
時折大きな魚(見市は真鯛を見たとのこと!)にも遭遇して
湘南では決して味わえない、素敵なシュノーケリングを心から
楽しんできました。

美しい日本海の様子が伝わるでしょうか。天気の良い時の日本海
は、本当にエメラルドグリーンそのものなのです。
DSCN1936.JPG

またすぐに更新しま〜っす!

では。
posted by まさやん at 11:34| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月27日

強いショットを打つためには

大阪は既に夏本番の様相を呈しています。
梅雨入りした筈ではなかったのか???
暑いのはイヤですが、雨もイヤなので、いっそこのまま梅雨明け
してもらっても、ウミンチュの僕としては一向に構いません!
海はそこまで来ています。運命の初海!?は7月5日(日)です。
渋滞を避ける為、また今回も朝4時出発となります。
しかし、おそらく前の晩は興奮して寝付けないと思われます。
なぜなら、今から興奮しているからです(^^;

昨日の昼メシは、大好きな吉野家の牛丼でした。会社から少し
離れたところにお店があるので、車で外勤した時などは帰りに
少し足を延ばして、わざわざ吉野家までちょくちょくご飯を食べ
に行くのです。

満足度100%で店を出た僕は、ふと道路の反対側に目をやり
ました。
すると、何と、今まで何度も吉野家で昼メシを食べていたにも
かかわらず、全然気づかなかった一軒の素敵なお店を発見したの
です!

それは、潜水用具の店でした・・・(興味ない?)

僕は少なからず興奮し、矢も盾もたまらず、そのお店のドアを
開けました。
見ると、やはり専門のお店だけあって、品揃えはプロ仕様の物
ばかりでした。
ダイビングマスク(水中メガネとは呼びません)にしても
マンティスやTUSAという、一流どころが陳列されておりました。

ただ印象としては、やはりインターネットより割高の価格設定
でした。
マスクもちょっと高いし、細かい話で言えば、マスクの曇り止め
(ネットで購入済み)も、倍近い価格設定でありました。

しかし興奮していた僕は、その段階では既に「何か買おう」と
決断していたのです。
数分迷ったあげく、僕はベルトとおもりを買うことにしました。
素潜りなので、おもりは要らないような気もしたのですが
ベルトは用具を固定する為に欲しかったので、ベルトを購入して
みたら、同じコーナーにあったおもりも欲しくなってしまった
のです。
ベルトと留め金とおもりで3,500円なりでした。
もうグッズは打ち止めにしとこう・・・

では、マサやんの生涯の続きです。まだまだ引っ張りますよ。

地元の中学校に入学した僕は、その頃にはすっかり標準語にも
慣れて、普通の生徒としてまっさらの学ランに身を包み、家から
若干遠い西生田中学校という普通の市立中学校に通いました。

ちなみに兄も同じ学校で、さらにちなみに兄の娘と息子も同じ
学校です!

兄が居たという理由だけで、僕は一年生の一学期に、学級委員を
仰せつかったのでした。この時は「適当な決め方するなあ」と
少し不満でしたが、学級委員という響きがかっこよかったので
まんざらでもなかったのでした。

そこで問題となるのは、部活動を何にするか、ということです。
どちらかと言うと、勉強より運動だった僕は、絶対に運動部には
入ろうと思っておりましたが、何をやろうかは決めかねていま
した。
野球部があればそれに入っていたと思うのですが、あいにく
その中学は野球部が無かったのです。

兄はサッカー部で、なかなか強かったようで、市で優勝したり
していました。
その反発もあってか、サッカー部だけはやめておこうと思って
いましたが、正岡の弟ということで、サッカー部の顧問の先生から
は、随分と誘われたことを覚えております。
サッカーなんてしたことないのに・・・

最終的には、陸上部に入ることにしました。
全然大した理由はありません。サッカー部以外で、メジャーな
運動部で、適当に選んだだけでした。
ちなみにその学校には、バドミントン部は女子しかありません
でした。あったとしても、まず入部していなかったでしょうが。

陸上部には、ざっくりと長距離・短距離という区分けがあるの
ですが、僕は短距離に所属しました。
子供の頃から、かけっこではずっと一番だったからです。
しかし、陸上部に入ってくるようなやつらは、僕同様、みな
腕に、いや足に覚えのある奴らばかりで、僕が一生懸命全力で
走っても、ちょっと敵わない相手が数人いたのです。

それでも頑張って練習しておりましたが、ある日僕は突然
長距離部門に移籍することになってしまったのです。
移籍したのは二人。一人はそこそこ長距離も速く、そいつが移籍
するのは万人が納得なのですが、僕が移籍した理由は

「面白いやつだから」

・・・
なんじゃそりゃ?
長距離は、人数も少なかったので、人員補充は仕方なかったので
しょうが、落ち研じゃないんだから、面白さで選んでどうすんの
って感じでした。

こうして望まない長距離部門に移籍した僕は、それが厳しい苦難の
始まりとは知る由もなかったのです。

陸上部とは、そもそもがそうなのですが、走るだけです。
幅跳び、高飛び、砲丸投げ、ハードルなどもありますが、基本的
には、ただただ走ってタイムを競うのみです。

長距離とは言え、長くて3,000m。その他は1,500mと800mがある
程度ですが、中学生にとっては十分キツい距離なのです。
走り方やペース配分の駆け引きはあるのかもしれませんが
結局走るだけ。タイムだけ。
そんなことははなから分かっていたはずですが、当時の僕は
陸上部、という字づらだけで選んでしまった為、単純に走る事が
どれだけ辛いことなのか、分かっていなかったのです。

いや、走ることが三度のメシより大好き、という方も居るとは
思いますが、僕は三度の長距離走より一度のメシが好きです!?

当時の部活動は、心の底から辛いの一言でした。加えて全く
面白くもありませんでした。ただ、途中で止めるのがイヤだった
という理由だけで、何とか三年持っただけの話です。

真夏などに3,000mのタイムを計る、なんて言ったらそれはそれは
地獄でした。
校庭に居るだけで酷暑なのに、そこをダッシュで何回もトラック
を回る(あの頃は3,000mもダッシュの感覚でした)のです。
途中女子部員が「ファイト〜!」などと声を掛けてくれたりする
のですが、そんな励ましですら「そんなん言うんやったらお前が
代わりに走れ!」と、ひねくれてしまうくらい、精神的にも
肉体的にも追い込まれた毎日でした。

面白かったのは、当時は「苦しくとも水を飲んではいけない」
という風潮があり、暑くて苦しくても先輩の目が厳しかったので
ゴクゴク喉を潤すことはできなかったのですが、たまに先輩も
「顔洗って口をすすぐのはよし」ということで、僕らは一斉に
水道の蛇口で顔を洗うふりをして、両手一杯に溜めた水を
サバンナの飢えた野生動物のようにすすりながら、乾ききった喉を
亡者のごとく必死に飲みまくるのです。
全員もれなくそうでした。

またタオルにいっぱい水を含ませて、それをすするという高等
テクニックもありました!?殆どカブトムシのようでした。

そしてそうやって水分補給していることは、先輩も経験がある
からかしっかりと分かっているので、不自然な洗顔から戻った
僕らに対して

「お前ら、水飲んでないだろうなあ」

と半笑いで問いただすのです。
全員、ゴクゴク腹が膨れる位飲んでいるのですが、無論そんな
ことは言えず、一人が神妙な面持ちで

「飲んでいません」

と答えたその直後、思いっきり「ゲップ」をしたので、その場の
全員が爆笑した思い出がありました(^^)バレバレでした!

当時の僕の実力は、中の中。あまり速くはありませんでしたが
かといってベベタでもありませんでした。
ただ1,500mのベストタイムは4分40秒でしたので、中学生としては
まずまずだったと思います。

そういう厳しく辛い陸上部でしたが、今思えばそれが非常に
良かったなあとしみじみ思います。理由はまた後で。

部活はともかく、勉強の方は毎日陸上部でヘトヘトになっていた
ので、とても学校での勉強以上に家でやる気にはなれません。
なので、成績も中の中かと思いきや、これがなかなかまあまあで
クラス45人(昔は多いのです)中10番目くらいでした。
10番以内の上位は、真面目に勉強をやっている方たちだった
ので、そんな中では気を吐いていたのではないかと思っています

当初の苦手科目は、前にも書きましたが「英語」でした。
先生のせいにしてはいけませんが、授業を真面目に聞いていても
理解度は低かった記憶があります。

その苦手度合いは三年生の初めまで続くのですが、これまた前に
書いた通り、僕に好きな子が出来て、その子が大好きだった
ビリージョエルを、話を合わせる不純な(いや、純な!)目的で
親父が偶然クリスマスパーティーのビンゴか何かでもらってきた
ビリージョエルの二枚組みLPを聞くようになってからというもの
ビリージョエルの楽曲自体に、それこそ没頭しまくって、部活を
終えて帰ってきて疲れている筈なのに、毎日毎日一日も欠かさず
ビリーのレコードに合わせて、朗々と高らかに大きな声で歌うの
です。

すると、自然に英語の語彙も増えて、発音も見事なまでに上達し
(一番上達したのは歌唱力!?)自然と英語の成績はグングンと
上昇し、卒業時には最も得意な科目に変わっていたのでした。

ちなみに、その好きだった子とは、席替えで一度隣の席になり
僕の興奮も絶頂に達して(よく興奮するのです!)精一杯の
トークを駆使して、な、何と夏休み前の終業式の日に、その子
から手紙を受け取り、望外の告白をもらえたのです!

その時の嬉しさ、ヤッター感は今でも活き活きと蘇ってきます。
僕は、女の子に手紙など書いたこともなく、どんな便箋・封筒を
使って良いかも分からず、文章も書いては消し、消しては書いて
何回も何回も悩んだ挙句に、ようやく

「僕も好きだった。喜んで付き合わせて欲しい」

旨の文章をしたためて、封筒に入れて、胸が爆発せんばかりの
勢いで、ポストの前に立ったのですが、どうしても投函できない
のです・・・
ポストの前に10分は迷っていたと思いますが、せっかく好きな
子から告白されて最高じゃないか!あんなに悩んで返事を書いた
んだ、絶対に出すべきだ!という僕と、その文章を出すこと自体
恥ずかしく、そして女の子と付き合うこと自体も、どうしたら
良いか全然分からなかったので、出すのはやめておけという僕が
心の中で葛藤して、最終的に投函することができなかったのです。

長い夏休みの間中、悩み続けていたのですが、ある日一枚の
暑中見舞いが届きました。その子からでした。

「元気でやっていますか?今、Air supplyというグループの
Lost in loveという曲にハマっています。オススメですぞ。
外人の先生に英会話を習っているのですが、とっても面白い先生
で、毎日泣いちゃうほどなのです」

という内容でした。
当時は「ああ、そうなんだ」程度で、返事を出さなきゃなあとは
思いましたが、それ以上の意味が全然分かりませんでした。
しかしこれは後で思えば

Lost in love = 失恋
泣いちゃうほど = 悲しい

と、返事すらない事を恨んでのはがきだったのだと思われます。
MOさん。今更ながらごめんなさい・・・
当時の僕は、キミが好きで、返事も書いていたんです。
夏休み明けに再会した二人は、何となく気まずくなり、結局
それっきりになってしまいました(ToT)僕のせいでした。
甘酸っぱい思い出ですが、一生忘れられませんね。

その後何年かして、その子と感動の再会を果たしたのですが
その話はまたいつか。

と、駆け足で中学時代を振り返りましたが、だいぶはしょって
おります。そう、結構忘れていることばかりなのです。
一方で、印象的な出来事というのは、いつまで経っても記憶に
新しく、昨日の出来事のようにはっきり覚えているものですね。

次はいよいよ高校時代に突入するのですが、今日はこの辺で。

ではそろそろバドの話。

<強いショットを打つためには>

これは誰しも望んでいることだと思います。
スマッシュが速い、ドライブが強い、ハイバックが飛ぶ、体周辺
からでも強く弾ける、など、強いショットが打てることは即ち
それだけでもう既に有利だからです。

ではどうやったら強い球が打てるのでしょうか?
色々と方法・理由はあると思いますが、有効と思うポイントを
書いてみます。

1)力を付ける
  当たり前のことです。しかし、これは当たり前ですが、必要
  欠くべからざることだと思います。
  いくら正しいフォームでシャトルを捕えられたとしても
  二ヶ月間寝たきりで入院していた人が、退院後即スマッシュ
  を打っても、それはハエも止まるスピードにしかなりません。
  やはり、まずはショットにおけるスイングで力が出る部分の
  パワー強化は絶対必要なのです。
  その為には、重いものを体全体を使って振るのが良いと思い
  ます。
  最近では、スカッシュのラケットを使って素振りをする人を
  よく見かけますが、そこまで行かずとも、まずはバドの
  ラケットにカバーを付けて振るだけでも、相当な筋力アップ
  が期待できます。
  ラケットショップに行けば、素振り用のカバー(カバーの
  中心部に穴が開いているもの)が売っていますので、まずは
  それで素振りをしてみるのが良いでしょう。
  それである程度力が付いてから、もっと重いものに移行して
  いけば良いと思います。

2)打つ前まではリラックスしている
  強い球を打とうとして力んでしまうと、関節のスムーズな
  動きが阻害されて、意に反して結局強い球が打てないという
  ことになります。
  イチローの外野からのレーザービーム、矢のような送球は
  物凄いスピードと威力ですが、そのコツを聞かれたイチロー
  いわく

 「事前にリラックスしていること」

  と語っていたのが印象的です。
  力が入っていたら、腕は速く振れません。グリップもギュッ
  と握っていたら、ラケットヘッドはビュンと走ってはくれ
  ません。可動域が狭まるのです。
  まずはグリップをゆるゆるに握ることから始めては如何で
  しょうか?
  握りを柔らかくすると、体の力も抜けると思います。
  あっ、プレー中に口を開けているのも効果的みたいです。
  間抜けに見えてしまいますが・・・
  理想的なのは、楽天の岩隈投手のようなイメージですかね。
  体の力は適度に抜けていながら、最後にムチのようにしなる
  腕の振りで、切れのある速球を繰り出す、あの感じです。

3)体を入れて前で打つ
  力があってリラックスしていても、手打ちだと速さに限界が
  あります。
  トッププレーヤーのダブルス後衛などは、厳しいロブ攻撃に
  あいながらも、豊富な運動量でしっかりとシャトルの後方に
  入り、ジャンプして前でシャトルを捕らえて打ち込んでいる
  ので、威力のある球を打てるのです。
  ちゃんと打っているはずなのに、なぜかいまいちスピードが
  遅いなあ、という人は、打点が追い込まれている場合がある
  のです。
  特に、頭の真上か後ろ気味で打つことに慣れてしまっている
  人は、体の前方でシャトルを捕えて、前に出ながら打つ位の
  気持ちで振れば、もっともっと威力はアップすると思います。
  なので重要なのは、しっかり動いてシャトルを前で捕らえ
  られるようにするフットワークですね。

4)ひじをしっかり引く
  強い球を打つ為には、腕の動きが重要です。
  その為には、ヘッドスピードを速める必要があり、その為の
  予備動作として、ひじを後方に引くことは重要なファクター
  であります。
  その際にラケットヘッドは顔の辺りに残しておく必要があり
  ます。
  ひじを引き、ラケットヘッドが背中で下向きに回って、次は
  ひじを前方に持っていき、最後にビュンとヘッドを走らせて
  一気に振り抜く。
  仕事をするのは、ラケットヘッドであり、ショットの速度=
  ラケットヘッドの速度、であることを常に念頭において
  スイングするようにしましょう。

5)シャトルをラケット面がフラットな状態で打つ
  インパクトの瞬間に、ラケットの面が斜めになっていると
  その角度によって、シャトルの勢いが殺されてしまいます。
  皆さんは強く振ろうとはしていても、インパクトの時の
  ラケット面までは意に介していないのではないでしょうか?
  これはオーバーヘッドでもサイドストロークでも、アンダー
  でもレシーブでも同じです。
  特にレシーブに勢いがないという人は、インパクトの際に
  フラットに当たっておらず、ラケットが斜めになっているの
  ではないかと予想します。
  ハイバックでも、飛ばない人はラケット面が斜めの状態で
  ヒットしているのだと思います。
  このポイントは、実は結構重要だと思いますし、僕はいつも
  意識しているところですので、皆さんも注意して打ってみて
  欲しいと思います。少し球の勢いが変わりますので。

6)バックスイングを確保する
  オーバーヘッドストロークではあまり意識しないでしょうが
  体近くの球は、なかなか速く打てないもので、それはバック
  スイングの余地を確保していないからだと思います。
  強い球を打つには、弾く、という動作が必要なります。
  速い球をレシーブする場合は、面を合わせるだけで相手の
  スピードを活かす手もありますが。
  微妙な速度のドライブの打ち合いとなった時に、いかにして
  強い球で相手を押し込めるかは、バックスイングを確保
  できるか否かにかかってきます。
  レシーブでは、ひじを先行させて脇を開け、ラケットヘッド
  を体付近に残した状態。
  ドライブでは、打った後すぐに、ラケットヘッドを手前側
  (顔側)に引いた状態。
  フォアハンドでは、グリップは残してラケットヘッドを後方
  に引いた状態。
  そうして次の球に備えた状態を作っておかなければ、簡単
  には、ラリー中に強い球は弾き返せないものです。
  打った球より、その次が大事!
  打ちっ放しはゴルフの練習だけにして、バドでは打ったら
  すぐに次の球の準備を怠らないようにして下さい。

***************************

マイケルジャクソンが亡くなりました。50歳の若さでした。
僕は特にファンというわけでもありませんでしたが、有名すぎる
マイケルがこの世から消えてしまったことは、少なからぬ衝撃
でした。
彼の大ヒットアルバム「スリラー」は、ビルボードで史上最長の
32週もの長きに渡り、1位に輝いていたという信じ難い記録を
持っているのです。通算では37週らしいです。スゴイ!!!
ただ僕は、LPもCDもカセットもMDも持っていないのですが・・・

彼のような人生は、果たして幸せだったのでしょうか?
スリラーが売れまくっている頃は、確かにそうだったかもしれ
ません。
人生長くはないですが、50歳はさすがに短か過ぎますね。
まあ彼は、普通の人生の何百倍も濃縮した人生を生きたに違い
ありませんが。
幸せの尺度は人それぞれです。マイケルは幸せだったという事に
今はしておきたいですね。ご冥福をお祈り致します。
マイケル富岡も幸せなんだろうか!?
あっ、違った、マイコーだった。どっちでもいいですね。

今日は神奈川の全日本シニアダブルス予選です。
僕の後輩二人と、同級生の友人達も出場しております。
今年の開催地、福島で大宴会を実施する為にも、後輩・友人達に
是非勝ち上がって、出場権を獲得して欲しいと願っています。
勝とうが負けようが、飲むことは間違いありません(^^)
ブログ読者の皆さんと飲めたら最高ですね!サイコーです。
今週飲み過ぎで、体調サイテーのまさやんでした(^^;

ではまた。
posted by まさやん at 10:29| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月14日

シングルスの時に考えていること

遠い遠い北の大地より様、ありがたいコメント恐れ入ります。
そのように、どうやってたどり着いたか分からずにご覧頂いて
そこにわずかでも目を留めて頂き、そして僕の駄文に目を通して
頂いて濃い内容とお褒めの言葉を頂き、嬉しく思います。

こうやって、私が少しですが頭をひねって書いた文章が、見ず
知らずのバド愛好家に、ほんのわずかでも何らかの良い影響を
与えることができたならば、それだけでものすごいことだと
思います。
インターネットがなければ、絶対に有り得なかったことですね。

ただ、本当は、こういうネット上のつながりだけではなく
実際に体育館にてシャトルを打ち合って、バド上達という同じ
目標に向かって一緒に爽やかな汗を流し、その後は居酒屋で濃い
焼酎ロック片手にバドや人生について冗談を交えまくりながら
談じ合うことが僕の希望であり、それこそができたらいいなあと
いつも強く思っていることなのです。

今のところは、皆さんとは文章だけのお付き合いですが
是非ともご一緒にプレーして、プレー時間より長い飲み会に突入
することが当面の夢です(^^)
お酒が飲めない方は・・・僕が代わりに頂きます!?

さて、マサやんの生涯の続きです。

転校挨拶のほんの短い一言(「名前やろ?」)で爆笑をくらって
以来、僕のあだなはしばらく「大阪弁」になりました。
いくら小学生とはいえ、あまりにヒネりもなくストレート過ぎ
ますね。

それだけではなく、もう一つ方言による痛恨のミスがありました。

細かい状況はすっかり忘れてますが、友達が遊んでいる輪の中に
入りたかった僕は、その中に入れて欲しいという意味を込めた
かったのですが、悲しいかな大阪弁での表現しか知らなかった
僕は、次の表現を使ったがためにさらに笑われてしまう結果に
なってしまったのです・・・

それは・・・

「僕もよして」

関西人ならばこの「よして」の意味は

「寄せて」=「仲間に入れて」

だと皆当たり前のように認識していますが、標準語を操られる
関東の方々におかれましては、この「よして」が、女の子が言う
「やめてよして」の「よして」みたいだと、それはそれは
たいそうな大爆笑をくらってしまいました。

最初僕は、何で笑われているのかにもしばし気づかず、ただ
みんながゲッラゲラ笑っているので、激しく動揺しましたが
やがて「よして」がいけなかったんだと気づき、ああ、何か他に
表現はないのかと焦りに焦りながら「え〜、僕も混ぜて」とか
明らかに不自然な単語に頼らざるを得なかったのです。
ただもうその時点で僕が何を言おうと、一旦燃え上がった子供達
の爆笑は、抑えがきかない状態でした。

標準語での正解は「僕も入れて」でしょう。
このエピソードだけは、一生忘れられそうにありません(ToT)

そんなこんなで、大阪ではあれほどお山の大将かのように振舞って
いた人気者のマサやんは、見るも無残に、おとなしく無口な
転校生に変身してしまったのでした。ああ、かわいそう。

そんな言葉のギャップから、段々と口数が少なくなり、また最初
はあまり友達もできずに寂しげな僕に、気さくに笑顔で話しかけて
くれた人が居ました。
これまた忘れもしない上野圭司くんでした。
席が近かったこともあるのでしょうが、しゃべる相手もなく常に
不安を抱えていた僕に、実にあっけらかんと自然に話しかけて
くれたのです。
当時はそれにどれだけ救われたことか・・・
僕は暗闇の中の一条の光を見た思いで、自分が大阪弁スピーカー
であることも忘れ、急ピッチで友情を深めていったのでした。
U野くんとは、実は不思議な縁があったのですが、それはまた後で

このように、一時的におとなしくなってしまった僕ではあり
ましたが、そこは元来のお調子者の性格は抑えようも無く
徐々に標準語にも慣れていき、みんなに溶け込んでいくにつれ
気が付けばまたまた冗談好きのマサやんに戻っていったのでした。
まあ、時間の問題だったですね(^^)

小学校は5年生から少年野球を始めました。
ジュニアジャイアンツという、当時のジャイアンツと全く同じ
ユニフォームという、少年野球にしては明らかに小生意気な
いでたちのチームでした。

友達がやっていたので、僕もやりたいと親にせがみ、晴れて入部
したのが大きな間違いでした。
そのチームは、監督が元プロ野球選手で、実力は折り紙付きながら
今思えば、たちの悪い体育会系の先輩みたいなテキトウだけど
厳しい指導に、小学生の僕は「これは選択を誤った」と思い
ました。

練習は毎週日曜の7:00位からやるのですが、自分で選んで
おきながら、ゆっくり寝ていられる筈の日曜の朝のまどろみが
野球の為に無くなってしまったのも、当時の大いなる後悔でした。

そのチームには、チーム訓のような5か条があり、会員カードの
裏に記載してあるのですが、監督はこれをことあるごとに唱和
させ、時には突然指名され、それを言えないとバットのグリップ
の部分で「ゴツン」と頭をこづかれるのでした。
軍隊のように、きちっと整列させられて、いきなり指名をくらい
大きな声でこれを言わせるのです。

そうして体で覚えた!?その5か条は、30年超経過した今も
未だに一字一句違わずしっかりと刻みこまれています。

一.礼儀正しく大きな声で返事をすること。
一.集中力と根性を養うこと。
一.仲間の和を考えること。
一.整理整頓を敏速かつ自主的にすること。
一.先輩後輩のけじめをつける。

昔の教育勅語ほどではないにしろ、当時の僕らにとってはこれら
5か条のご誓文をいついかなる場面で指名されても、間髪入れず
即答しなければ肉体に危害が及ぶということで、忘れようにも
忘れられなくなってしまったのです。あな恐ろしや・・・

まあしかし言ってる内容は集団行動において、重要な事だとは
思いますが、でもそれを言えなかったからと言ってバットで
こづくのはやはりチト行き過ぎだと思いますねえ。

覚えているのは、僕の同級生で僕よりわずか1週間先に入った
やつがいたのですが、この5か条の5番目をたてにとり、先輩面
していたのが面白かったですね。
かくいう僕も、僕に1週間遅れて入ってきた同級生をきっちり
後輩扱いしておりました。

少年野球での僕の実力は、バッティングはなかなか優秀で
クリーンアップを打っていたのですが、守備はちょっとイマイチ
でした。バドミントンと同じですね(^^;
ただ、かなりの強肩で、球のスピードと遠投は小学生でもすごい
方だったと、都合いいように回顧させて頂きます。

あと覚えているのは、小学校低学年からそろばんを習ってきて
卒業までは続けたのですが、最終的に2級が限度でした・・・
親指が大きくて、どうしても2玉同時に弾いてしまうのです。
あっ、これは言い訳です(^^;
ただこれは今でも簡単な計算時には、暗算能力が大いに役立って
おります。

それと熱中したのは、鉄棒でした。
5年6年と放課後は狂ったように鉄棒に没頭しておりました。
当時から普通に、蹴上がり、振り上がり、こうもり跳びなどの
技を難なくこなして、得意種目の一つになっていたのです。
ただ、あまりに熱中しすぎて、一度右手のひらの大部分の皮が
ベロンとめくれてしまったことがあり、それを理由にそろばん塾
をサボったら、真面目な母親にひどく叱られたことも覚えて
います・・・

そのように鉄棒に親しんでいたおかげで、高校2年の器械体操の
授業での鉄棒では、体操の先生にその場で初めて教わった
大車輪を、2クラス中で唯一僕だけが軽々とこなして、友人達を
唖然とさせたのは実に痛快な思い出です!

書き出すとどうしても長くなりますねえ。
小学校時代までだけでこの分量ですので、とりあえず今日の
ところはここまでにしときます。
中学校以降は、また次回に!

では、バドの話。

<シングルスの時に考えていること>

テーマは漠然としています(^^;
最近、シングルスにもかなり注力している僕ですが、やはりバド
においては、一人だけの能力で戦うシングルスは基本中の基本
ですし、言い訳も一切できませんし、運動量もかなり多くて
勝とうが負けようが対戦後の充実感において、ダブルスを遥かに
凌ぐ心地よい疲労感がたまらないのです!

日常生活において、ゼーハー苦しくなるまで運動することって
殆どないと思います。それがシングルスだと、日常茶飯事です。
そしてシングルスをやっていると、ダブルスでの動きが確実に
良くなっているのが分かります。

僕は昔から、どちらかと言うとシングルス向きのプレーヤーで
あったと思います。
背が高く、体力があり、負けず嫌いで、転勤による孤独にも強い
!?ので。
実のところは、ダブルスが下手でよく分からなかったからとも
言えますが、シングルスの方が戦績は良かったかもしれません。

さすがに27年も真面目にバドをやってきただけあって、僕にも
それなりのノウハウがあります。
それをちょっと書き出してみたいと思います。

1)相手より一本だけ多く粘ろう!と思う。
  これは以前も何回か書きました。がしかし、この考え方は
 僕にしては「スマッシュヒット」のアイディアであり、天啓に
 近いひらめきのように、突然降って湧いた有効な思考上のコツ
 なのです。この言葉で、僕は特許を取りたいくらいです!

 シングルスの戦いは粘り合いであり、我慢比べの根気勝負です
 どちらかのショットが決まるか、ミスるか、ラリーが終わる
 までは延々と打ち続けなければなりません。
 相手が淡白な性格なら良いのですが、普通は勝とうとしてくる
 ので、こちらのショットをどうにかして拾って粘って返球して
 くるでしょうし、隙あらば強烈なスマッシュや切れ味鋭い
 カットを叩き込んでくるのを、我慢強く狙っているものです。

 そんな頑張る相手、特に実力が同じくらいの選手との対戦は
 ラリーも続いて、実に気が滅入るものです・・・
 特に、こちらの「決まった!」と思うような厳しいショットも
 踏ん張って返してこられると、どうしてもさらに厳しいところ
 を狙わざるを得なくなり、それがミスにつながってしまうと
 いうケースは枚挙に暇がありません。

 「相手は何を打っても拾ってくる」(これは明らかに間違い
 なのですが)と思ってしまうと、ラリーしていても余計な
 恐怖感にさいなまれてしまい、そのせいでいつもより粘れない
 状態になって自滅してしまい、相手がさらに楽になるのです。

 この招かれざる精神状態を一刀両断の下に打破してくれるのが

 「相手より一本だけ多く粘ろう」

 と考えることなのです。
 相手も人間なので、ミスの多寡はありますが、絶対にミス
 しない、などということはあり得ないことです。
 かといって、相手がミスるまで30〜40本もラリーを続けて
 やる!と気合満々な前向き思考は、そうそう誰でも持てるもの
 ではありません。

 そこで発想を切替えて、相手より一本だけ多く粘ればいいんだ
 という思考方法を使えば、わずか一本という少ない数字に
 「それならば」と発奮して、長いラリーにも耐えようという
 勇気と根気が湧いてくるのです。
 これは単に自分を欺いているだけですが・・・

 人間の心と体は密接につながっています。いくら鋼のような
 強靭な肉体を手に入れても、心がヤワでは実力を発揮する前に
 打ち負かされてしまいます。
 ただ、普通の人は、マイナス思考に陥りがちだと思いますので
 こういう考え方の転換で、精神状態を前向きに保つことは
 孤独な戦いであるシングルスにおいて、非常に有効だと思って
 おります。

2)相手を多く走らせよう。
 シングルスは、もちろん技術の勝負でもありますが、大きな
 面を占めるのは、やはり体力です。
 多少、センスや力や技術がなくとも、動き回って拾える体力が
 あれば、勝利への大きな原動力となります。
 
 プレー中に技術が大きく変化することはありませんが、体力は
 次第に消耗していくものです。
 シングルスではエースを取ることも重要ですが、相手の体力を
 奪うことは、常に念頭に置かなければなりません。
 疲れてくることで、集中力が低下し、ショットの精度も落ち
 精神力も弱くなってくるからです。

 そこで大事なのが、多く走らせるということ。

 具体的には、コートの対角線の斜めの距離が一番長いので
 そこをたくさん走ってもらうような配球をするのです。

 相手がクロスにスマッシュを打ってきたら、ストレートの前に
 置く。
 ストレートにスマッシュを打ってきたら、クロスの前に
 落とす。
 相手がヘアピンを打ったら、クロスの奥に速いロブを返す。
 相手が、ラウンドの奥からこちらのラウンド奥にクリヤーを
 打ってきたら、ストレートの前にドロップを落とす。

 無論、ラリーはそんな単純な配球ばかりではありませんが
 基本的な考え方として、相手により多く動いてもらう為には
 コートの対角線の斜めを、いっぱい走ってもらうようにする
 のが良いのです。
 ただ、それは相手も考えているとは思いますが・・・

3)ラウンドの奥を狙う。
 単純な考え方ではありますが、大部分の人はバックハンドが
 苦手であり、特にハイバックは苦手な人が多いと思います。
 ハイバックを強く打てる人であっても、普通のオーバーヘッド
 ストロークのようには多彩には打てないものです。
 なので、ラウンドの奥というのは、物理的な弱点と見て良い
 のです。
 
 フォア奥は半身でも打てるので、移動距離も少ないのですが
 ラウンド奥は、しっかり足を運ばなければならず、相手の動き
 も大きくなります。
 そして後ろを向かせてバックハンドで取らせたら、その時点で
 そのラリーについては、有利に展開していると言えます。
 
 まあ、これまたそんな単純なことでもありませんが、ラウンド
 の奥は、僕の場合は意識して多く狙うようにはしています。

4)クロス奥に打たれた球を、クロス奥に弾き返す。
 これはちょっとパワーが必要とはなりますが、基本的に有効な
 ショットだと思っています。

 クロス奥に打った相手は、返球を予測していると思いますが
 6:4でストレートを待っていると思うのです。僕もそうです
 ので。
 というのは、上記のようにクロス奥からクロス奥に弾き返す
 のは、パワーが要るショットなので、心理的には「クロスには
 返してこないだろう」という予測で、相手のストレートに
 対して、速い返球をしてやろうと思っているのが、ノーマルな
 考え方だと思うからです。

 そこを強く精神的にもショット的にも強く反発して、クロスに
 弾き返せば、相手の対応はちょっとだけ遅れることが期待でき
 ます。あくまで、ほんのちょっと、でしょうが。

 しかし、その「ほんのちょっと」の積み重ねが、バドにおいて
 重要なのです。
 一瞬にして有利になることを期待して、一発で決めてやろう!
 と力んでプレーしている人は、ミスも多く勝率も低いと思われ
 ます。
 焦って良いことなど何もありません。
 落ち着いて、確実にリードを広げていこう、というくらいが
 良いプレーができるのではないかと思っています。

4)素直な打ち方はしない。
 これは大変重要な考え方です。
 つまり、できる限り全てのショットにフェイントを効かせよう
 ということです。

 バドを始めた時に教わった素振りは、基本的な振り方かもしれ
 ませんが、実戦において多用したら、苦難の道を行く事に
 なってしまうでしょう。
 というのは、素直な打ち方は、何を打つのか相手に分かって
 しまうからです。

 トッププレーヤーの打ち方を見ると、何を打つのか分からない
 ように工夫しているのがよく分かります!?

 フォア奥から体を開かないで腕だけでクロススマッシュ。
 スイングの方向と違う方に打つ逆カット。
 必ずワンフェイクが入るネット前。
 打つ瞬間に面を変えるプッシュ等々。

 フェイントには様々な種類がありますが、その要諦は

 「相手に何を打つのか悟らせない」

 ことにあるのです。

 ここで文章だけでフェイントを解説するのは難しいですが
 簡単に言うと、次に集約されるでしょう。

 *ラケットを振る方向と打つ方向を変える。(面を切る)
 *体の動きと違うショットを打つ。(スマッシュのような
  カット)
 *打つタイミングを変える。(ネット前のロブなど)

 同じフォームで、ショットを打ち分けるのも立派なフェイント
 だと思います。
 皆さんの中には、スマッシュとドロップと明らかにフォームが
 異なる人は多いのではないですか?
 何かドロップがバレてるなあ、という方は、次回からは常に
 スマッシュのフォームで、最後の最後にクッとラケットを
 止めて落としてみたら、決定率が高まるかもしれませんよ。

***************************

ちょっと長すぎるので今日はこの辺にしときます(^^;
マサやんの生涯と、シングルスの時に考えていることは、次回に
続く、ということにしておきます。

近畿は早くも梅雨入りしました。まだ6月というのに、もうじめ
じめと湿度も気温も高く、酷暑の夏を予感させます。
雨の日などは、最寄り駅まで傘を差しながらチャリンコを漕いで
気分も沈みがちなのですが、そういう雨の日などに、駅前に
聞きなれた素っ頓狂な大声が響き渡っていることがあるのです。

「おはようございます。ヒロセケイスケです!雨の中足元の
お悪い中お勤めご苦労様です。ヒロセケイスケです!おはよう
ございます。いってらっしゃい。ありがとうございます。
ヒロセケイスケです」

と、こちらのローテンションをものともしない超ハイテンション
全開で、朝っぱらから場違いな絶叫に近い大声を張り上げている
男が居るのです!

この「ヒロセケイスケ」氏なる人物の正体は、寝屋川市の市議会
議員でまだ38歳の若者ですが、その額は既に哀愁を帯びながら
後退しかかっており、I坂と同じ運命を辿ることは、抜け毛を見る
・・・いや火を見るより明らかです。

そうやって元気な声で挨拶すること自体は良いことなのかも
しれませんが、問題なのはその声質とセリフです。

奇しくも同じ「ケイスケ」である鳳啓介みたいに、アニメの
トッポジージョのようなふざけた(ように聞こえる)芝居じみた
声色で、その態度とは裏腹に、どうしても真剣味に欠けている
気がしてならないのです。

加えてその発言内容は、その日のお天気によって「お勤めご苦労
様」の枕詞が変わるだけ。
天気が良い日は「爽やかな空気の中、お勤めご苦労様です」
曇りの日は「はっきりとしない天気の中、お勤めご苦労様です」
そこだけが変わって、あとはただひたすらに
「ヒロセケイスケです」「ヒロセケイスケです」を連呼し続ける
のです。
そんな彼を冷ややかな目で見ているのは、決して僕だけじゃあ
ないと思います(^^)

普通、市議会議員が駅前に立つならば、議会報告などを紙に
まとめて配布したり、その政策や市の現状について語る行為が
必要だと思うのですが、彼はそういう政治に関することは一切
おくびにも出さず、ただただひたすら「ヒロセケイスケです!」
をトッポジージョの声で繰り返すのです。

それは彼の老獪なる作戦であり、寝屋川市議ではこのように
駅前で定期的に挨拶をしているのは、彼が一番回数が多く
知名度の点では、市議において間違いなくトップなので、市議選
の度にこのトッポジージョくんが、毎回ダントツで当選を果たして
いるのです。

そういう僕も、彼の名前は忘れたくても忘れられなくなっている
のでした・・・

思えば市議は32人も居るのですが、その殆どの名前すら知り
ません。
人間の心理として、知っている人に安心感を覚えるのは、選挙に
おいても同様でしょう。
「ヒロセケイスケ」氏は、どうすれば得票を多く獲得できるかを
知っていることが、その点において、他の議員に対して優れて
いるのでありました。まあ、本人も当然認知度アップが、得票に
つながると認識しての挨拶だと思います。

ただ、寝屋川の市議は定員32名に対して、立候補者数は毎回
33名くらい・・・落ちるのはわずか1名なのです。
落ちる1名が不憫でなりませんが。

それならば、僕も彼のように、定期的に朝の挨拶を続けて名前を
売り込んでいけば、当選確実かもしれませんね!
とても僕にはマネできません・・・

ではまた!

PS:しょうさん、岸やんさん、今日の試合頑張って下さい!
   報告待ってますよ。
posted by まさやん at 11:13| 大阪 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

ショートサービス時の考え方について

じゅんぼーさんのご質問に回答します。

僕がショートサーブを打つ時に考えていることは、以下の通り
です。

1)相手の体の真ん中辺りを狙うこと。
2)打ってすぐに、相手の配球に備えること。
3)ショートサービスの打ち方から、ドリブンを打ったり
  フェイントを効かすこと。

僕は、ショートサービスでは、実は「配球」というレベルまでは
細かく考えていないのですが、それでも相手のフォアかバックか
上手な方には打たないように心がけています
たいていの場合、フォア側の方がショットは多彩な方が多いので
となるとバック側狙いになるかと思いきや、こちらが左サイドに
居る場合、相手のバック側にショートを打つと、相手が突進して
ストレートにプッシュ系の速い球を押し込んでくると、自分の
立ち位置から考えて、角度的に厳しいショットになってしまう
ので、それで1)のように、相手の体の真ん中辺り、という
消去法による選択肢が残るというわけです。

2)は当然ですが、こちらがショートを多用していると、それは
相手にも分かるので、少しでも速いタッチを心がけて、前に圧力
を掛ける気持ちで構えてくると思います。
となると、その構えに対してこちらが甘いショートを打とうもの
なら、前述の厳しいプッシュや、高い位置でのフェイントを
効かせたネット、同じくフェイントを効かせた低いロブで、瞬時
に劣勢に転じてしまうことも考えられます。
なので、まずは浮かないサーブが重要なのですが、それは大前提
として、ショートを打つやいなや、相手の厳しい球に備える姿勢
が重要だと思うのです。
こちらがショートを打った時に考えられる厳しい球は

a)プッシュ気味の低いロブ(ドライブ系の押し込み)
b)プッシュと見せかけてのネット

だと思いますので、この2つには、ショートを打ってすかさず
集中して備えなければ対応できません。
正直、甘いショートを打って、プッシュされたら対応は難しい
ので、それはそんな甘い球を打った自分が悪うございました
と謝るしかないのですが(^^;それ以外のショットには食らい
付く必要があります。
中でも上記のa)b)には、神経を集中させて対応しなければ
取れませんので、僕はショートを打ったらa)とb)には特に
備えるようにしています。
その他の球は、問題なく取れると思います。

3)は、僕の「キタないサーブ」の由来でもあります。
相手の身になって考えると、やはりショートサービスを打たれる
こと自体、そもそもイヤな感じだと思いますし、同じフォーム
からドリブン、フェイントサーブなどを織り交ぜられると
サーブレシーブの、一見一息つけるような状況においても
集中しなければならず、相手の精神的肉体的疲れをちょっとでも
増大させることができると思うのです。

ショートサービスは、最近はバックハンドで打つ人が多いと思う
のですが、僕の場合はフォアハンドでのショートを打っています。
ダブルスの場合は、絶対的にバックハンドで打つ方がメリット
甚大ですが、シングルスの場合はフォアハンドの方がフェイント
を掛けられますし、角度のあるドリブンサービスを相手コートの
真ん中の角に打てますので、シングルスの場合はフォアハンドで
僕は良いと思っています。

特によく効くのが、ショートサービスのフォームで、最後のひと
振りでちょっと力を入れて、ショートと思って前に気持ちを
傾けている相手の頭を、あざ笑うかのように抜くロングサービス
です。
これは、あまり多用していたら最後には読まれますが、試合後半
での疲れている状況では、実によく効きます!
僕はこの「キタない」サーブで、これまで何度おいしいポイント
をゲットしてきたことか・・・
打ち方にちょっとしたコツがありますので、それはまた今度
動画で解説したいと思います。

で、ショートサービスを、レシーブする側の気持ちの持ち方
ですが、一番大事なことは

☆冷静に対処する。

だと思います。これは僕だけじゃないと思うのですが、何となく
シングルスでショートサービスを受けるのは、イヤな感じがする
ものです。
ショートを打たれる!と思うだけで、少し気持ちが乱れ、何くそ
と反発する気持ちが力みとなり、ショットに丁寧さが失われて
しまい、一発で決めてやろうとか、ネットすれすれに打って
ノータッチを奪おうとかしてしまい、逆に一発でミスして相手に
楽なポイントを献上してしまうのです。

こちらがショートサービスを打つ時は、そういう相手のよくある
焦りを期待して打っているのですが、レシーブする方としては
努めて冷静に対処して、ラリーを大事にしなければなりません。

よくあるミスは、ショートサービスをネット前に返そうとして
ネットに引っ掛けてしまうパターンです。これはホントに多い!
そして、その単純ミスを続けてしまい、余計に気が動転して
さらにミスが増えるという悪循環は、実に普通に目の当たりに
してきた光景です。

なので、繰り返しますが、一番大事なことは「冷静に対処する」
です。一発で決めようとは思わずに、少し厳しい球で押し込もう
程度に気持ちを抑えて、ショートサービスの次のラリーは
まずは相手コートに入れるようにしましょう。

ですので、ショートサービスを打たれた時に無難だと思われる
返球は、ちょっと前に落とす素振りを見せつつ、コートの奥に
速く押し込むこと、ではないかと思います。

そして、その次の返球にしっかり備えるのです。

相手が左側からサーブを打ってきたら、相手のバック奥に。
相手が右側からサーブを打ってきたら、相手のフォア奥に。

これが、相手の位置からしたら遠い側の奥に打つことになります
ので、基本的に有効なショットだとは思います。

ただ、勿論何とかの一つ覚えでは能がありませんので、それを
軸にしつつ、色々なコースにシャトルを散らして配球すべきです

その際は、相手側に面を向けて、なるべく圧力をかけつつ、低い
軌道で打つようにしましょう。
甘いロブでは、相手に余裕を与えてしまいます。
相手に面を見せる形でシャトルを呼び込めば、相手はこちらが
ネットに落とすのか、プッシュするのか、はたまたロブを打つ
のか、色んなショットを想定して待たなければなりませんので。

シングルスの要諦は、できるだけ相手にショットを読ませない
ように打つことです。まあ、拾うだけで精一杯の場合も多いの
ですが・・・

その為には、なるべく速く良い態勢でシャトルを捕えて、何を
打つか相手に悟らせないように、常に最低二種類以上の球を
打てる姿勢でショットすることです。

言うは易し、ですね(^^;
でも、そういう意識を持ってプレーするのと、持たないのでは
上達の速度に大きな差が出てくると思います。

まあとにかく、色々と考えてやる方が、バドは楽しいってもの
ですよ。
色々とラリー中に試して、その効果を確認しながら取捨選択して
いけば良いのではないでしょうか?

どしどし「試行錯誤」していって下さい。

ではまた!
posted by まさやん at 23:35| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

ロングハイサービスの打ち方2

お約束通り、ロングハイサービスの動画を撮影してきました。
本当は、細切れの写真で、ポイント毎に解説を交えながら載せ
たかったのですが、デジカメでの連写方法を知らないので、動画
にてご容赦下さい。

ポイントは前にも書いた通り

1)前かがみにならないこと。(シャトルにラケットを当てに
  行かないこと)
2)シャトルを顔くらいの位置にセットして、右前方に放り
  投げる。(シャトルの落下する力も利用する)
3)リストスタンドした状態でひじを後方へ引き、ひじを先行
  させて、ラケットヘッドを遅らせて、腰の回転でリードして
  瞬間的に左肩後方に一気に振り抜く。

です。

アンダーハンドで「ビュッ!」と音がするくらい速く振るのは
実はちょっと難しいとは思いますが、ポイントは、腕をムチの
ように柔らかくしならせて使うことです。

最初の構えの段階では、リストスタンドしているので、ラケット
ヘッドは前方を向いていますが、ひじを後方に引いてから
スイングの開始にともない、ひじが前に先行し、ラケットヘッド
が一度後方を向いて、インパクトの瞬間に、またヘッドを返す事
で、バックバウンダリーラインまで高く大きく飛ばすパワーが
生み出せるのです。

威力あるショットのコツは、打つ前は脱力してリラックスして
いて、インパクトの刹那に瞬間的に力を入れることで、ヘッドを
走らせるのです。
ロングハイサービスも同様です。
打つ前には、体の力は抜いて、腕もリラックスさせて、シャトル
を打つ瞬間だけ「ギュッ」っと力を入れましょう。

動画を見れば、何となくイメージが湧くと思います。
このサーブに関しては、まあまあ悪くないフォームです(^^;

サーブ自体の練習もいいですが、一人でシャトルを体育館の天井
に向かって、フォアハンドで高〜く連続で跳ね上げるのも
良い練習になるのではないかと思います。

一番良いのは、身近に居る「ロングハイサービス」の名手に
直接教えを請うことかもしれませんね!

とにもかくにも練習あるのみです。頑張ってみて下さい。

え〜、マサやんの生涯を振り返る、のは、また次回書きますね!
えっ?あんまり興味ない?
まあ、そうおっしゃらずに、また読んで下さいね(^^;
書いてる方は楽しいので!?

ではまた。
posted by まさやん at 00:36| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月29日

ロングハイサービスの打ち方について

今日は5月29日。
更新は恒例のごとく滞りながらも、気がつけば5月は5回目の
更新です。これは僕にとっては「多い」方です!?

最近仕事で担当が増えたので、今までに増して平日に余裕が無く
なってしまったので、1ヶ月に5回更新というのは1週間に1回
以上ということで、まあまあのペースではないかなあと、いつも
の通り自分に甘い診断をしている次第です。

ところで5月29日というのは、僕にとって特別な日なのです。
実をいうと・・・僕の44回目の誕生日なのです!!!
オメデトー!

この世にたまたま生を受け、齢を重ねること44年。
大したこともしてきませんでしたが、大過なく大問題も起さずに
本日を迎えられたことは、やはりおめでたいことだと思います。

44は中途半端な数ではありますが、一つの区切りには違いあり
ませんので、ここでちょっとマサやんの生涯を簡単に振り返って
みることにします。

1965(昭和40)年5月29日。
兵庫県武庫之荘の病院で生を授かりました。3,800gくらいの
まあまあデカい赤ちゃんだったようです。
産まれた場所だけ兵庫県の病院なので、人に出身を聞かれた時に
いつもちょっと返答に窮するのです。
でも兄が逡巡なく「出身は大阪府高槻市」と幼少時代の拠点を
出身地に選定しているので、最近は僕もそれに従っています。

父親(ブログ頻出)は愛媛県久万町(現在は久万高原町)、母親
は松山市吉藤町のいずれもドのつく田舎出身で、結婚して大阪に
転居し、茨木市総持寺→高槻市大和町と幼少時代を過ごしました。

赤ちゃんの頃は、非常に残念ながら「不細工」な子供で、髪の毛
は薄く、鼻ぺちゃで、かつ目も小さく、しかし顔はビッグサイズ
で、産まれた直後は「猿のようだ」と言われていたらしいです。

子供の頃から食欲は旺盛で、不細工な子供も順調にすくすくと
育っていきました。
下の写真は僕が1歳後半くらいの頃かな。兄が僕の頭をしっかり
支えていますね(^^)
きっと頭が大きかったので、こうして支えていないとバランスを
失い、ごろんと横に倒れていたのかと思われます。
顔の形はおむすびのように三角です。今見ても、同じ人間とは
思えませんねえ・・・
DSCN1877.JPG
父親はサラリーマンで団地暮らしで、決して裕福な家庭では
無かったと思いますが、親父は子供の頃はよく遊んでくれたと
何となく記憶していますし、兄とも仲良く、そして今は亡き母は
真面目で責任感の強い性格だったので、腕白でやんちゃで
落ち着きのない僕のような子供でも、怒りに任せて虐待すること
などなく一生懸命叱咤激励しつつ育ててくれて、振り返れば
幸せな家庭だったと思います。

親父は一緒に遊びはしますが、基本的に放任主義で、仕事をして
家に帰ってお酒飲んで、育児には何ら関わっていなかったと思い
ます。
やはり僕をしっかり育てたのは、真面目を絵に描いたような
母親でした。

母親自身の兄弟は、5人兄弟の2番目で、姉、弟3人という構成
だったので、小さい頃から弟3人の面倒を見なければならず
そこから真面目で責任感の強い性格が強固に形成されたようです。
お姉さんは結構適当な感じだったらしいです!?
(おばさん、ゴメンなさい・・・)

なので、その性格のままの教育が僕に施され、自然に僕の根幹の
部分には、真面目でそして責任感と道徳観の強い性格がしっかりと
醸成されていったのでした。

真面目なだけに、母親には四六時中叱られたり注意されたり
いつも口うるさく怒られていたので、子供の頃は「うるさいなあ」
と苦々しく思っていたのですが、今思うと、そうやって叱られて
まっとうな方向に絶えず軌道修正をしてもらっていたおかげで
まともな人間に育ち、社会との交わりも他人との交流においても
まあ、粗相の無い程度にはこなせる社会性を培ってこれたのでは
ないかと思います。

そしてその根底にある「自分は大丈夫。この性格はOKなんだ」
という揺ぎない自信が、現在の言動に与えている好影響は日常の
生活において、いかほど多大か計り知れません。

仕事をしていると、大小のトラブルは日常茶飯事ですが、根っこ
の部分に確固とした自信がある為、必要以上に落ち込むことが
ないのです。
つまり、何かあっても「これはきちんと対応をした上でのトラブル
なので致し方ないことである」という達観、自分は的を射た
常識的対応を取れるのだ!という自信を持てる為、良い意味で
自分を責め過ぎることがないのです。

逆に悪く言うと「自信過剰」と言えなくもないですが、自信
なんていうものは、所詮目に見えるものでもないですし、また
無いよりも有る方が、おどおどすることもなく堂々と他人に
接することができて、活き活きと人生を送れるので、その意味で
非常に得をしていると思うのです。

それは必ず、真面目で厳しかった母親の教育から来ているものと
確信します。
当時は敬遠したいほど煙たかった厳しさが、生涯を通して自信と
活力を与えてくれていることに、感謝してもしきれない思いです。
51歳の若さで亡くなった母親に、今一度感謝の念を記したいと
思います。

お母さん、厳しく真面目に育ててくれてありがとう!

と話が逸れました。

小さい頃の僕は、寝る時頭を右側に傾けて寝るのが好きだった
ようで、平らな面に横たわっていても、顔は右側を向けて寝て
ばかりいたので、真面目な母親は「頭の形が変わるのでは!」と
心配して、右側に向く傾向のある僕の頭を、その都度真っ直ぐ
上向きに修正していたそうなのですが、真っ直ぐ上向きの居心地
が悪かった当時の僕は、いくら母親に修正されようとも、いつも
最終的には右側を向いて寝ていたそうです。
その点では、母親の教育は効果がなかったようです!?

おかげさまで僕の右後頭部は、著しくいびつに平らになっており
その影響で髪の寝ぐせがひどく、朝起床時はもれなく右後頭部
に毎回パックリと分け目が生じ、分け目の上部は髪が立ち
、分け目の下部は犬の毛並みのようにペタッと寝てしまうため
後頭部に笠のような芸術的な張り出しを生じてしまって、まるで

「エリンギ」

のような「笠」を形作ってしまいます・・・
その証拠写真です(^^; いっぱい胞子を飛散させそうです。
僕の髪は剛毛なので、毎朝これを修復するのは実に至難の業です。
エリンギその1.jpg
またまた話が逸れました。

僕は小さい頃から、人を笑わす事が何よりも大好きで、子供
ながらに弁の立つ、そして勉強はまあまあ優秀!?で、しかし
遊びや運動の方がはるかに大好きな子供でした。
子供の頃は、クラスでも非常に目立つ存在で、授業中も大きな声
で冗談を言って、クラスメートはおろか先生すらも涙を流しながら
笑わすくらいの、なかなかのエンターテイナーだったのでした。

そんな僕にも転機が訪れます。
父親の仕事の関係で、慣れ親しんだ大阪から、神奈川県川崎市に
転勤(つまり転校ですね)することになってしまったのです。

ただ当時はまだ小学校低学年でしたので、友達と別れる寂しさ
よりは

「東京に行ける!」

という好奇心が完勝し、友達にも「東京に行くねん」と鼻高々と
誇らしげに吹聴していたことを告白します。

他の大阪の人もそうだと思いますが、花の都「東京」に憧れる
気持ちは多かれ少なかれ、皆持っているのではないでしょうか?

しかしふたを開けてみると、そこは関東でこそあれ、東京では
なく神奈川県であり、しかも最寄駅(小田急線新百合ヶ丘)を
降りてみると、細い道の脇には田んぼがひろがり、当時梅雨時の
雨模様だった事もあり、アマガエル達が競い合って大合唱をして
いて、大都会に転勤のはずだった洋々たる明るい希望はのっけから
ぶち壊されて、梅雨空のように暗澹たる気持ちに落ち込んだ事が
昨日のように思い出されます。

そして極度の緊張に見舞われながらの、転校生としての挨拶。
優しい市川先生に導かれ、教壇の中央に立って、先生に「名前を
言いなさい」と促されたのですが、緊張で聞き逃した僕は、確認
の為、先生に

「名前やろ?」

と何の気なしに聞き返したのですが、その短いフレーズにも確実
に表現された大阪弁は、聞きなれない関東の小学生にはこの上も
なく滑稽な方言であり、僕がその言葉を発するや否や、教室中は
どっと笑いの渦に巻き込まれたのです!

その時を境に、明るくおしゃべりで笑い好きのお調子者の大阪の
小学生は影を潜め、おとなしい転校生に姿を変えたのでした。

続く・・・

ああ、このまま生涯を振り返っていったら、またまた相当長い
投稿になってしまって、バドの記事に行き当たらなくなって
しまうので、今日はこの辺でお開きにしときます。
過去を振り返るのもなかなか楽しいものですね。
次回を楽しみにしていて下さい。

今日から公式!?には44歳となるわけです。
公式、という意味は、気持ちと身体的には永遠の29歳と勝手に
思っておりますし、実際、若干の白髪にのみ目をつぶれば、身体
能力的には、29歳の時の自分と比べて何ら遜色ないと思って
いるからです。

何が遜色ないのか?
まず、やはり体力でしょうか。
最近も継続してシングルスを頑張っているので、ちょっと位の
長いラリー程度では、大して疲れないし、疲れても回復は早いの
です。
また、パワーの点でも、筋トレは定期的に継続しているので
スマッシュの速度は、あまり衰えていないと思います。
巷でよく言う、筋肉痛が遅くやってくる、と言う事も、まだ実感
として認識できません。ちゃんと翌日イタくなります。

結局、若くても練習をあまりしていなければ、即ちしっかり練習
を積んでいる44歳には敵わないのであります(^^)v

ともあれ、バドミントンでも何でもそうですが、やはり日々の
小さな、しかし確実で地道な努力の継続が、実力の向上には
欠かせない重要な要素となります。
まあ、このブログにアクセスされているような皆さんは、全て
バドの上達を心から願う方々と確信しておりますので、言われ
なくても、上達する為の努力を惜しまない方々だとは思っており
ますが。

ではそろそろバドの話。

<ロングハイサービスの打ち方について>

岸本さん(きしやん)からコメントを頂いておりながら、忙しさ
にかまけて、回答が遅れましたこと真にお詫び申し上げます。

ロングハイサービスは、シングルスにおける最初のかつ大事な
ショットにも関わらず、意外と苦手にしている方は多いのでは
ないでしょうか?

その理由は、フォアハンドでの跳ね上げ自体が、腕の使い方が
ちょっと難しいからです。

バックハンドでの跳ね上げは、結構自然に振り上げるだけで
シャトルは高く上がってくれますが、フォアハンドでのロブ動作
は、なかなかに関節の動きを制御するのが難しく、安定した
コントロールは、実を言うと僕もそんなに自信の無いところ
なのです・・・

しかし、僕も27年バドをやってきて、さすがにロングハイ
サービスは、1万回を超える位打ってきた筈で、ここでその要諦
を語れる程度のスキルは持ち合わせていると信じます。

まず一番大事なポイントは

1)前かがみにならない

ということですね。

初心の方がロングハイサービスに窮する一番の理由は

何としても、ラケットをシャトルに当てようとして、確実に当て
にいかんが為に、背中を丸めてシャトルに向かってラケット面を
当てようとすることなのです。

ロングサーブで、シャトルを強く弾く為には、体は起した状態で
むしろ胸を反らせるくらいの姿勢が大事なのです。

そして次の肝要な注意点は

2)シャトルを顔の前くらいにセットして、右前方に放り投げる

ということです。

シャトルに勢いをつける為には、シャトルを強く弾かなければ
なりませんが、強く弾く為にはシャトルが静止した状態よりは
動いているシャトルの勢いを活かすことの方が得策です。

そこで、シャトルを高い位置、つまり顔の位置からポイと放り
投げるようにして、シャトルが落下する力を利用するのです。

止まったシャトルを打つよりは、落ちてくるシャトルを弾く方が
強い球が打てるでしょう?
そうやって放り投げる為にも、最初の構えの時に、シャトルを顔
の高さに構えて、まず高さを確保することがポイントなのです。

3)リストスタンドして、後方へ引いたひじを先行させて
  ラケットヘッドを遅らせて、腰の回転も使いながら、腰の
  回転に引っ張られるようにして、一気に左肩後方へ瞬間的に
  振り抜く。その際腕には力を入れないで、極力「ムチ」の
  ようなイメージでヘッドを走らせる。

この一連の動作が、シャトルを勢いよく強く弾く要諦なのですが
やはり言葉での説明には、自ずと限界がありますね・・・

なので、実は連続写真で解説を加えようと思ったのですが、家で
嫁に撮影してもらった写真はもれなくNGでした(^^;
そしてやはり家の中で強くシャトルを打つのは問題なので、力を
抑えてスイングするのですが、そうするとどうしてもフォームが
不自然になり僕が伝えたいことが正確には伝えられないのです。

と言う事で、写真については明日の練習にて撮影することにして
みます。今回はとりあえず文章だけでご勘弁下さい。
でも文章だけでは、なかなか伝わらないだろうなあ・・・
しばしお待ち下さるようお願いします。
***************************

昨日は、定例の練習の後、仲の良いメンバーと共に香里園の
居酒屋「土筆んぼう」で楽しく激しく飲みました。

「土筆んぼう」を間違っても「どふでんぼう」などと読まないで
下さいね(^^;
「つくしんぼう」が正解です。

メンバーはいつもの見市、マメちゃん、勝田くんでした。

僕は本日は有休を取得していたので、なんら深酒に問題なく
しかも場所が地元香里園で、這ってでも帰宅可能だったため
何杯焼酎ロックをお代わりしたか覚えていられなかった位です。

あいも変わらず同じような話題(バドの話、昔話、海に行く話)
なのですが、あいも変わらず面白いというのは、不思議なもの
ですね。

気がついたら、僕は自宅のソファーの上で今朝目覚めました。
知らない間に帰宅し、シャワーを浴び、歯も磨いて、どすんと
ソファに、酔って重たい体を沈め、秒殺で深い昏睡状態に
落ちたのでありました。

大切なアニバーサリーである僕の誕生日の朝は、ソファーで
迎えるはめになりました・・・

ということで、44歳なりたての投稿を終わります。
「マサやんの生涯を振り返って」は、自分でもなかなか面白い
ので、また次回に続きを書きたいと思います。

では皆さん、年齢は一切気にせず、永遠の29歳でこれからも
バド、特にシングルスを頑張っていきましょう!
昼からビール2缶、焼酎お湯割り4杯飲んで、今日もまたソファ
に沈没する可能性95%のマサやんでした。

ではまた!
posted by まさやん at 20:59| 大阪 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月19日

一試合目の心理について

皆さん、嬉しい嬉しい「おめでとうコメント」ありがとうござい
ます!
優勝したことよりも、皆さんに温かい言葉を頂けたことの方が
はるかに嬉しい気がします。
と言いながら、こちらからコメント下さいってお願いしていたの
ですが(^^;

しょうさん、まさっちさん(マサやんと似てますね)、岸本さん
バタコさん、カロリーメイトさん、じゅんぼーさん、皆さんの
お言葉にありますように、バドミントンはこれからも引き続き
上達目指して頑張っていきますし、ブログの更新ももう少し
間隔を空けないように頑張っていきたいと思います・・・
引き続き応援のほどお願い致します。

さて、今回いの一番に頂いたしょうさんのコメントで

*朝一の1試合目はどのような意識でゲームをするのか?

という点について、今回の自分を振り返りながら書いてみたいと
思います。

まず大前提として、確実に言えるのは「非常に緊張している」
ということですね。
バドミントン暦27年を数えて、公式戦の経験も数え切れない程
こなしてきた僕ですが、試合の前は例外なくかな〜り緊張します。

その緊張はどこから来るかというと、それは負けたくないという
気持ちからです。

試合に出場するくらいなので、当然ながら勝ちたい気持ちがある
のですが、いざ試合前になると、勝ちたいという気持ちより
負けたくない、負けるのはイヤだ、という敗北を恐れる気持ちが
まさってしまうのです。

僕も27年バドやってきて、それなりの実力は持っている筈なの
ですが、試合となると自分も相手も本気になるわけで、普段の
練習のように気持ちに余裕の有る状態で羽根は打てないのです。
つまり自信のない状態ですし、今回もそうでした。

そんな状態ですが、試合の時間が来たらコートに行かなければ
なりませんし、審判がコールしたらゲームを始めなければなり
ません。
相手と試合前に軽く羽根を打ち合いますが、相手の打ち方や
打ち返してくるショットの威力を見て、いつも必要以上に相手が
強い人のように思えてきてしまうのです。今回もそうでした。

そしていざ試合が始まった直後は、体の動きも緊張からぎこちなく
スムーズに動けない為、シャトルの軌道も安定せず、打つ球は
浅くなったり、奥へ打ち過ぎたり、序盤は情けないような凡ミス
をただただ繰り返して情けなくバタバタしてしまいます。
今回もそうでした。

そしてこちらの球が甘いからだと思うのですが、相手のショット
でノータッチエースを奪われたりすると、またまたプレッシャー
に襲われてしまうのです。今回もそうでした。

なので、最初に緊張するのはどうしようもないことで、そうして
緊張しながらでもとにかくラリーを続けるしか、最初はもう
しょうがないと思います。
コントロールが定まらなくても、普段はしない凡ミスを繰り返し
ても・・・
そのうちにきっと気持ちも体も落ち着いてきますので。

かと言って、緊張した状態が長過ぎたら、気が付いたら試合が
終わっていた、ということになってしまいかねないので、できる
だけ早めに心身の緊張を解かなければなりませんが、その方法は

*普段練習で得意としている自分の攻めパターンを多用する

でしょうか。

例えば、相手のバック奥への執拗なクリヤーで相手を追い込み
タメを効かせてフォア前にカットを落とすとか、ストレートに
打ったスマッシュの返球を、ちょっとタメて、クロス奥に速い
ロブで攻めるとか、とにかく何でも良いので、普段自分が得意と
しているショットを使って、早くいつものペースを取り戻すの
です。

いつも使っている得意なショットは、普段も打っている回数が
自然と多くなっていると思われますので、試合の緊張した場面に
おいても、上手くいく可能性が高いです。
そうやって、信頼の置けるショットを使って、少しでも早く
落ち着きを取り戻すのが良いと思います。

そして心の持ち様としては「諦めないで粘ろう」が良いと思います
序盤はどうしても、早く、そして少しでもリードしたい心理が
邪魔をして、ついついラインぎりぎりやネットすれすれに打って
しまい、いきおいミスにつながってしまうのですが、はやる心を
できるだけ抑えて、まずは丁寧に相手の全てのショットに食らい
ついていこうという「何でも来い」状態が良く、最初はどたばた
してオーバーアクション気味でも、まずはラリーを続けて積極的に
体を動かすことによって徐々に緊張もほぐれてくるものだと
思います。

勝ちたい、と思うとどうしても焦ります。
しかし負けてもいいや、などと思っては良いプレーはできません。
「相手の球に食らいついていって、諦めないで丁寧に粘る」
気持ちが、落ち着きを取り戻す近道ではないかと思います。

プレーヤーは常に弱気との戦いです。少なくとも僕はそうです。
負けるのを怖れる心理が、弱気を生み出します。
しかし、それが普通だと思うのです。
その試合を真剣に捕えているからこそ、緊張するわけであって
どうでもいい試合ならば、はなから緊張などしません。

なので、緊張することは仕方ないことと諦めて、その緊張状態から
できるだけ早く抜け出せるように、序盤はとにかく体を動かす
べきだと思います。

今回の準決勝の相手はチームメイトの真野くんで、僕は普段の
練習から何度と無く対戦してきましたが、今までに負けたのは
多分一回くらいだったと思います。

しかし試合前になると、その一回がここで繰り返されるのではと
これまた弱気になっている自分がおりました。
試合後真野くんにも正直に心理を吐露しましたが、僕を負かした時
のプレーをやられたらどうしよう、と正直ビビッておりました。

ただ、僕と真野くんの試合を見た人は、どうみても僕の完勝の展開
で、余裕の勝利に見えたことと思います。
また僕と真野くんの力関係を知っている人は、まあ僕が勝つだろう
と思っていたのではないかと思われます。
実際そのような試合展開ではありましたが、試合前の心は裏腹に
実に弱気になってしまっていたのです。
おかしなものですね。

僕と決勝を戦った藤田さんも、試合後奥さんが興味深いコメントを
おっしゃっていました。

「この人はいつもは強気なセリフばかりなんだけど、試合前は
すっごく弱気なんです」

と旦那さんを茶化すような発言をされていましたが、僕は即座に
「試合前は誰だって弱気になっちゃいますよ。僕だってそうです」
と、強く擁護させて頂きました。

本当は優勝したのだから、もっと勇ましい自信に溢れたコメント
を書き綴りたいところだったのですが、優勝者の試合中の心理は
上記のように、弱気弱気のオンパレードだったのが偽らざる実情
なのでした。

しかし逆に言うと、そんな弱気の僕でも勝てたのです。
自信に満ち溢れて、素晴らしいプレーで勝つことは素晴らしい事
だと思いますが、あえて包み隠さず弱い自分でも勝てました、と
いう告白をすることで、同じような気持ちに悩める皆さんの
勇気が少しでも湧けばと思い、今回特別!?に公開しました。

昨日も書きましたが、今回勝てた最大の要因は、直前の練習で
僕より上級者である見市とバンバン対戦してもらって、その厳しい
配球に一生懸命食らい付いて頑張っていたからだと思います。

見市の打つ球は、ショット自体が厳しいことに加え、全ての
ショットにフェイントを掛けてくるので、いつも追い込まれがち
の厳しいラリー展開になります。
しかし、そこを頑張って強く弾き返したり、追い込まれながらも
意表を突くクロスカットなどを試し打ちしてみたりした結果
追い込まれた苦しい状態でのショットに、少し自信ができてきた
のだと思われます。

今回の最大の難所だった二試合目の二ゲーム目で、16−20と
後が無くなった時にも、追い込まれた苦しい態勢のショットが
ありましたが、見市とのラリーで覚えたフォア奥からのクロス
カットがばっちりノータッチエースとなり、逆転勝利に大いに
貢献したのでした。

色々書きましたが結論としては、試合は最終的には実力通りの
結果になるんだと達観して落ち着いて、淡々といつものプレーを
するように心がけるのが良いと思います。

頑張って自分を出し切って、それで負けたらそれが実力です。
そういう開き直った気持ちで、頑張って粘れば良い方向に向かう
と思いますよ!

あまりかっこいい話でもありませんでしたが、少しでも皆さんの
参考になれば幸いです。
是非、一度や二度の失敗になどめげることなく、その反省を次に
活かして、勝利の味を十分に堪能して欲しいと思います。

ということで、引き続き皆さんのコメントはウエルカムです!
マサやんもおだてりゃ、キーボードを叩く、です!?
どうか僕に更新の活力を与えてやって下さ〜い。

ではまた。
posted by まさやん at 00:30| 大阪 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月17日

優勝しました!

やったー!やりました。
本日の大阪総合バドミントン選手権大会四十歳以上シングルスの
部で、見事(って自分で言っちゃあ価値下がるかな)優勝する
ことができました!

戦前は上位進出を目標にしてはおりましたが、優勝までは考えて
いなかったので、勝てて本当に嬉しいです。

これで、大阪総合のプログラムに名前を残すことができました。
大阪総合のプログラムにおける「栄光のあと」は、優勝者しか
名前が載らないので、その意味でも嬉しい勝利でした。

残念だったのは、同じチームの真野くんと準決勝で当たって
しまったことです。
真野くんとは、決勝で当たりたかったなあ・・・
でもその準決勝では、モチベーションを高める為に、真野くんと
練習では恒例の「ジュースマッチ」を実施して、勝利した僕の
決勝の時に、真野くんが買ってきてくれた冷えたスポーツドリンク
が、優勝の一因だったと思うことにします!?
ジュースマッチなので、飲み干した後のペットボトルの処理まで
真野くん担当なのが、密かに痛快でした(^^)

優勝までは4試合でしたが、2試合目の2ゲーム目にちょっと
苦戦して、一時は16−20でファイナルを覚悟しましたが
諦めずに頑張って逆転で勝利してからは、準決勝、決勝と
危なげなく勝てたと思います。

勝因は、ここのところずっと練習でシングルス対戦してくれてた
見市とのゲームで厳しい球に食らい付いてきたのが、今回の試合に
活きたと強く思います。
今回対戦した中で、見市ほど厳しい球を打ってくる人は誰も
いませんでしたので。
見市どの、ありがとさんです!また稽古お願いします。

嬉しかったのは、駒ヶ根に住む石井先輩が、4時間車を飛ばして
わざわざ応援に駆けつけてきてくれたことです!
まあ、僕の応援だけではなく、兵庫に住む石井先輩の先輩が所属
するクラブに顔を出すのも目的だったようですが。
先輩に見てもらった試合で、負けないで良かったとホッとして
います。

ということで、今日は頂いたトロフィーと賞状を肴に、自分への
ご褒美ということで、恒例のエビスビールを3缶飲んで、既に
かなり気持ち良い状態です。
これから、焼酎へと続いていって、最終的にはリビングで遺体と
なる確率は、98%でしょう(^^;

ということで、僕にしては短いですがこれにて投稿を終わります。
ちなみに幡野さんも大阪社会人のリベンジを果たして、50歳以上
シングルスで見事優勝されました。おめでとうございます。

皆さんの「おめでとうコメント」お待ち申し上げております!

ではまた。
posted by まさやん at 22:28| 大阪 ☔| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする