2012年06月12日

自分が足を引っ張っているんじゃないかと思った時

遅ればせながらの報告ですが、6月1日〜3日で、松山に旅行に
行ってきました。
折角の松山ツアーでしたが、今治の岸本さん、日下さんらに会える
時間はなく、連絡できずにすみませんでした・・・

松山には今年94歳になる祖母が居るのですが、祖母が元気な内に
兄弟で会いに行こう、と以前から事あるごとに話していながら
なかなか実現できなかったのを、先般のGW帰省時に

「日にちを決めて行こう!そうじゃないといつまで経っても行け
ないから」

とまず行くことを先に決めて、日程は兄に委ねることにしたの
でした。

兄は神奈川県川崎市に住んでいるので、松山へは当然の飛行機
での移動でした。
僕は、大阪からですので、若干遠くはありますが、車で移動して
現地での足になろうと思っていました。
またお土産や荷物も多かったので、車の方が楽だと思いました。

大阪〜松山は約360kmあります。車でおよそ4時間半掛かります。
兄が松山空港へ到着するのは11時30分とのことでしたので、家を
7時に出れば、まあ問題なく間に合うだろうと思っていました。

しかし、久しぶりの松山行きで興奮していた僕は、な、なんと!
4時30分にはパッチリ目が覚めてしまったのでした・・・(^^;
前日に早く寝た(といっても23時)こともあるのですが、それに
しても超早起きで、47歳というのはこうまで老化が進行している
のかと愕然としかかりましたが、これは松山に行ける嬉しさでの
早起き、つまり小学生の遠足のような心理なのでした。
逆に若返っているとも言えますね!?

家を出たのは6時。普通に行ったら早すぎるので、僕は道中全ての
ハイウェイオアシスのあるSAに立ち寄って、疲れていなくても
時間調整のため、無理矢理休憩する事にしたのでした。

(無理矢理、というのは、基本的に僕は高速道路の移動は、休む
ことを好まない人です。
最小限のトイレ休憩だけに留め、移動時間の短縮に無上の喜びを
感じるストイックな変人なのです!?)

摂津南ICから高速に乗り、近畿道〜中国道〜阪神高速〜淡路島〜
高松道〜徳島道〜松山道という長〜い長〜いルートです。

まずは淡路島の北端「淡路SA」に入りました。
ここで定番の明石海峡大橋をバックに撮影。そして朝食にうどんを
食べて、本州四国連絡橋のゆるキャラ「わたるくん」と記念撮影
をしてから、再度オデッセイを走らせました。
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二番目のSAは吉野川SAです。ここは四国三郎の異名を持つ四国
最大の川、吉野川のほとりに位置しており、神秘的な深緑色の
水量豊かな流れを見ることができて、とても美しいSAなのです。
一応水面の写真を撮りましたが、生で見た美しさはとてもとても
伝えきれていないように思います。
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そして次なるSAは「石鎚山SA」です。
ここは初めて入るSAでしたので、多少の期待を抱いておりましたが
感想は・・・あまり面白くなかったです(^^;
さびれたようなお店で、長い間売れていないと思われる、ほこりを
かぶったタオルとか人形とか、久しぶりの松山旅行で財布のひもが
緩んでいるはずの僕ですら、購買意欲は一切湧かなかったのでした

ただ名誉挽回のために付け加えますと、石鎚山SAには温泉施設が
ありました。(椿温泉こまつ)
そこは眺望が楽しめる快適な温泉施設で、入っていれば満足度も
違ったのだと思いますが、先を急ぐ僕は温泉に浸かるほどの余裕は
なかったのでした。

順調に松山SAに到着。ちょうどそのタイミングで兄からのメールを
見ました。

「11時15分に到着しますのでよろしく」

!!! 11時30分着って言ってたじゃん・・・

カーナビでの松山空港への到着予想時刻は、その時点で11時25分と
なっており、5分前集合か、気持ちいいほどタイミングばっちり
だなぁ、と満足していたのに、10分遅刻になってしまうことに
なりました。まあ、大した遅れでもありませんが。

予定通り無事に兄と合流し、まずはお昼ご飯です。

兄のチケットは、ツアーで予約しており、往復の飛行機とホテルに
加え、昼食や観光チケットなどの複数サービスが選べる、お得な
パックなのでした。

その特典の中に「ラーメン2人前無料」というのがあったので
ものは試しと、指定されたお店「豚珍行」に向かいました。
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お店の紹介文は「有名人が集う店」とのことで、少し期待していた
のですが、お店の前に来ると、おいおい大丈夫かよ、と心配して
しまうような、どうみても繁盛しているようには見えない外観で
僕らは少しためらいましたが、まあ食べてみなきゃ分からん
ということで、予定通りトライすることにしてみました。

噂に違わず、お店の壁には所狭しと芸能人・有名スポーツ選手の
サインがたくさん貼り付けられていました。
ここまでたくさんあるということは、一定の評判があるはずなので
期待度を少し持ち直して、お勧めのラーメンを注文しました。
兄は当然!?のビールも注文しました。

お味は・・・これがとっても美味かったです!
とんこつ醤油ラーメンですので、こってりかと思いきや、かなり
あっさり目でありながら、しっかり旨みとコクはあり、飲んだ後に
ついつい食べたくなってしまうような、大合格点の味でした。
写真を見ても美味しそうでしょう?
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その後、今回泊まらせてもらうおばさん(母親の姉)の家に向かい
懐かしい再会を笑顔で果たして、お土産を渡して荷物を置かせて
もらって、しばし歓談しながらも、メイン目的であるおばあちゃん
の家や、他の親戚の家にも行かないといけなかったので、コーヒー
二杯とお菓子だけ頂いて、すぐにまた僕らは出かけたのでした。
二泊三日ながら、スケジュールは慌しいのです・・・

次なる目的地は、おばあちゃんの家です。
僕らが車で到着すると、車の音に気づいたおばあちゃんが窓から
顔を出して、老いながらも肌つやの良い満面の笑みで、遠路から
来た孫二人を温かく迎えてくれたのでした。

おばあちゃんとはたまに電話で話しますが、94歳でありながら
元気そのもの。頭もしっかりしており、多少腰は曲がってしんど
そうですが、歩くことも全く問題ありません。

おみやげを渡して、僕はコーヒー、兄はビール(また・・・)を
飲んで、しばしの会話を楽しんでから、次のおじさんの家に向かい
ました。

次なるおじさんは、一代で会社を興して地元ではなかなか大きな
会社になるまで頑張ってきたエネルギッシュで個性的なおじさん
なのですが、超がつくほどわがままで、奥さんはかなり忍耐を
強いられているようです(^^;
ただ、甥の立場からみると、とても明るくて気さくで面白くて
一緒に居ると楽しくなってしまう良いおじさんなのでした。

自営業の社長(現会長)ということもあり、一時期はゴルフに
熱中して、何とひと月に26回もラウンドしたこともあるそうで
ハンデは0、クラチャン(ゴルフクラブのチャンピオン)になった
こともあるほどの腕自慢なのでした。
(まあ、ひと月に26回もラウンドしたら、そりゃあ誰だって上手く
なりますよね・・・)

しかし年齢を重ねて、若い人に飛距離やスコアで勝てなくなって
からは、それが悔しいということで3年前にピタッとゴルフを止め
それからは自前のクルーザーを駆って、瀬戸内海で釣り三昧との
ことでした。
今では漁師並みに黒光りした肌で、釣った魚を毎日知り合いに
配っているため、先のおばさんなどは、最近は魚を買ったことが
ないそうです。

当日は、何と夕方5時から、僕ら兄弟のために宴会を催してくれる
ことになっていました。ありがたいのですが、5時ってまだ全然
明るいです(^^;

おばさん、おじさん二人、同い年のいとこ(女性)、いとこの子供
二人と僕ら二人という、まさに大宴会でお酒はとめどもなく進み
僕は当日4時半起きだったこともあり、主賓でありながら、途中9時
には一旦隣の部屋で寝かせてもらうことにしたのでした。

2時間仮眠して起きたら、ちょうどそのタイミングで兄が千鳥足で
外から帰ってきました。
おばさんの家の近くに唯一あるスナックに、兄、おじさん、従兄弟
の娘さんと歌いに行っていたそうなのです!
僕が気持ちよく熟睡している間も、兄は頑張って歌っていたので
ありました。
ただ、お店は混んでいたそうで、兄と従兄弟の娘さんのリクエスト
は通って一曲は歌えたのですが、おじさんのリクエストはなぜか
通らず、帰ってきてからも

「なんでワシの歌だけ入らんのや〜」

と若干不満げだったのが面白かったです。

兄はだいぶフラついていて足元がおぼつかなかったため、従兄弟の
娘さんに軽く迷惑がられていました(^^;
でも翌朝聞いたら、兄はカラオケに行ったことは覚えていたものの
歌ったことや、フラついて帰ってきたことは今ひとつ記憶に
ございません、とのことでした。飲み過ぎっすねぇ・・・

9時から、宴会の第二ラウンドです!?
先ほどのわがままなおじさんが飲んで調子に乗ってきて、急遽
明日のゴルフに加わることになりました。

元々、二日目はおじさん二人と僕ら二人でゴルフをしよう、という
ことになっていましたが、わがままなおじさんは当初行かない
予定でした。

しかし、飲んで僕らと話して盛り上がってきたのでしょう。
わがままぶりを遺憾なく発揮して、いとこに向かって

「明日ワシも行きたくなったから、旦那に電話せえ」

その時間は、もう10時にはなっていました・・・
しかもいとこの旦那さんは、52歳でゴルフは最近始めたばかりで
先日初めて回ったスコアは149なのでした。

いとこは当然

「そんなん、もうこんな時間で遅いし、まだゴルフ始めたばっかり
やし、本人もやりたくないに決まってるわ」

と拒絶しましたが、わがままなおじさんは全く意に介しません。

「ほんなん、いやかどうかは(電話を)かけてみんとわからん
やろが。はよ電話せんかえ」

と気持ちがいいくらいに暴君ぶりを発揮して、いとこもこのおじ
さんのわがままぶりは、昔から十二分に知り尽くしているので
観念し、ゴルフ超初心者の旦那さんに渋々電話をかけたのでした。

いとこの旦那さんも、このおじさんの暴君ぶりはしっかり浸透して
いたようで、一も二もなく快諾を強制!?させられたようです。

行くと決まるとおじさんの行動は速く、懇意のゴルフ場支配人に
電話を掛けて、一組増やしてほしいということと、僕ら兄弟の
プレーフィーを会員価格扱いにしてやってくれ、と嬉しい配慮も
してくれて、敏腕経営者ぶりも目の当たりにして、ただ単に
わがままだけじゃないなぁと、ちょっと感心した僕なのでした。

ということで、4人一組で回る予定だった翌日のゴルフは、一転
3人二組に、前日の深夜に決定したのでした。すごいですね!



明けて翌日。若干お酒の影響は否定しにくくも、親戚うちでの
楽しい楽しいゴルフとなりました。
心配していた天気も曇りで何とかもちそうでした。

場所は北条カントリークラブ。おばさんの家から車で30分くらいの
近場です。
高速も使わず、近場で気軽にゴルフができるというのは、地方
ならではの特権ですね。

道中カーナビの地図を見ていると、地名で「正岡神田」という
表記を見て「ほ〜ぅ」と唸りました。
やはり僕は愛媛県にゆかりの深い苗字なのですね。
その近辺には、な、なんと「正岡小学校」というのがありました!
僕としては、立ち寄って校門の前で写真を撮ってブログに掲載
したかったのですが、わがままなおじさんの手前言い出すことが
できませんでした(^^; 気弱な甥です・・・

さてゴルフです。
僕はバドミントンをメインにするようになってから、ゴルフの
ラウンドは2年間近くご無沙汰していました。
最後にクラブを握ったのは去年のGWで、ショートコースで遊んだ
程度です。
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ただ、いかに久しぶりであろうとも、そこそこのスコアでは回れる
だろうと高をくくっていたのですが、注目の第一打はほぼ空振り
・・・
ドライバーをビュンと振ったはいいが、無残にもボールは50cm
転がっただけでした。
これには兄も笑っていました。

そんな調子でしたので、スコアはとどまるところを知らず!?
OBを連発しまくりのハーフ65というていたらく。
これでは120も切れないなぁと、もう午前中でスコアは完全に
諦めてしまいました。

ちなみに元ハンデ0のわがままおじさんは、3オーバーの39!
3年間全くゴルフをやっていなかったにもかかわらず、そして67歳
という年齢をものともせずにこのスコアは、驚愕というしか
ありません。
途中、このおじさんのセカンドショットを見ましたが、ピンを
大きくオーバーするかと思いきや、そこから強烈なバックスピンで
キュキュッとボールをピンそばに止めたのを見て、さすが月間
26ラウンド・・・いや、元クラチャンは違うなぁと、その実力に
完全に脱帽してしまったのでした。
アマチュアの人で、あれほど強烈なバックスピンを僕はついぞ
見たことがありません!

当日の北条カントリーは月例のコンペがあり、非常に混んでおり
ました。
ハーフ後の休憩時間は通常45分程度なのですが、この日は何と
2時間も待たなければならず、風呂にでも入れるくらいでしたが
お酒を飲むには好都合な長時間で、僕らは、一般のプレー客は
入れないラウンジのようなところに、わがままおじさんの特権で
堂々と入室させてもらい、そこから昨夜に続いて大宴会第二部が
開始となったのでした。

兄もゴルフはかなりやっていて、毎回80台で回る実力者なのですが
おじさんの勢いにすっかり当てられたようで、途中おじさんと
生ビールを賭けてのドラコン対決をして、不覚にも敗れてしまい
悔しそうに生ビールをおごっていました。

2時間もあると、お酒はどんどんどんどん運ばれてきます。
僕もビールに始まり、ビール、焼酎水割り、焼酎水割りとかなり
ヘロヘロになりましたが、おじさんに負けている悔しさからか
兄のお酒の量は相当進んでしまったようです・・・
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そして上機嫌の中、後半の開始です。
もうスコアは気にしていなかったのですが、徐々に体がスイングを
思い出し、後半は大体まっすぐ飛ぶようになりました。
僕のティーショットもかなり飛んだのですが、一緒に回った長男の
おじさん(5人兄弟の3番目)も実はゴルフは相当達者で、昔四国で
チャンピオンになったことがあり、その資格で全日本アマに出場
したというどえらい実力者で、僕のナイスショットも相当飛んで
いながら、さらに10ヤードも先に飛ばされておりました・・・
このおじさん、何と70歳です(^^;
47歳のナイスショットを10ヤードオーバードライブする70歳とは
わがままおじさんを含め、エラいおじさん揃いの親戚です。

僕はお酒でリラックスしたのか、後半のハーフは45で回れました。
兄は、おじさんとお酒にやられて、痛恨の52でした。

ちなみに67歳のわがままおじさんは80。70歳のおじさんは81。
ゴルフは年齢ではないんだなぁ、とつくづく思わざるを得ません
でした。

北条カントリー自慢の天然温泉にゆったり浸かって、またわずか
30分で市内に戻り、今日は末っ子のおじさんの庭でバーベキュー
です!

末っ子のおじさんは、この日のために新品のバーベキューセットを
購入してくれていて、木炭も大量に用意してくれていて、いかに
僕らの訪問を楽しみにしてくれていたのかが、ひしひしと伝わって
きました。ありがたいことです。

この日は親族が勢ぞろいです。
94歳のおばあちゃん、長女のおばさん、長男のおじさん
わがままおじさん、末っ子のおじさん、末っ子のおじさんの奥さん
末っ子のおじさんの娘さん、その娘さん、そして僕ら兄弟の
総勢10名の楽しい楽しいバーベキューでした。
お酒も大量に用意してくれており、兄も僕も調子に乗ってグビグビ
飲みまくりました。

末っ子のおじさんの娘さんの娘(ややこしや)つまりお孫さんは
小学校3年生なのですが、実に甲斐甲斐しくよく働くのです。
積極的にお肉や野菜をトングでひっくり返し、焼けていたら僕らの
紙皿に入れてくれるし、ビールの缶も定期的に中身が入っているか
チェックしてくれて、入ってないと見るや、すぐに新しい缶を
持ってきてくれるという、可愛い可愛いホステスさんに、僕らも
思わず頬が緩んでしまうのでした。
今でも十分可愛くて素敵ですが、大きくなったらモテる女性に
なるんだろうなぁ。
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途中から、はす向かいの家の娘さん(中学生)も犬の散歩途中に
立ち寄って、バーベキューに加わりました。
この辺が地方ならではの親密さですね!
僕もすぐこの娘さんと打ち解けました。

その娘さんの家で飼っているネコちゃんが、朝から居なくなって
いたのですが、宴会の途中でひょっこり顔を出し、ネコ好きな僕は
得意のネコなで声で「ウミャーウミャオウー」と鳴き真似をして
てなずけようと必死に鳴き続けたのでした。

ネコちゃんは、僕の声に呼応して「ウミャー、ウミャオウ〜」と
返事してくれていたので、これはすっかりなついたなと確信した
僕は、ネコちゃんの近くに顔を差し出し、変わらず「ウミャー」
と続けていたところ、何がネコちゃんの野生を刺激したのか
急に僕のあご付近を、鋭い爪でひっかいたのです!

バドで鍛えた反射神経も、酔った状態でのネコからの攻撃をかわす
ことはできず、僕の右あごの下には、ネコちゃんの爪型に3つの
傷ができて、酔って血流が良くなっていたので、血がポタポタと
滴り落ちるくらいの痛恨の攻撃をくらってしまいました・・・
僕のあごには、まだネコちゃんの攻撃の痕跡(三つの点)が
生々しく残っています。

僕を引っかいたネコちゃんは、その後姿をくらまし、僕はあごが
痛いのも忘れて(酔っていたのであまり感じなかった)中学生と
気の利く孫娘と、おじさんの家にあるピアノを弾いて楽しく遊んで
いました。

僕は唯一弾けるビリージョエルの「Honesty」を少しだけ披露し
ビリーの真似をして最初の方だけ歌っただけでしたが、あの子達
には相当面白かったようで、僕の歌声は爆笑を誘っていました。
かなり上手いはずなのになぁ。

そんなこんなで楽しい時間は延々と続き、兄はゴルフの不調!?
が響いたのか、かなりベロンベロンになってしまい、トイレに
行こうと立ち上がろうとしたのですが、脚力がすっかり無くなって
いて、バーベキューのために簡易に設置したテーブルに、タックル
するかのようにバターンとぶっ倒れてしまい、それからは生まれ
たての子馬のように、足元はあくまで無力で、全く自力で立てない
状況となってしまいました・・・

その後は僕が兄を抱えておじさんの家に運び込んで、素早く敷いて
もらった布団に寝かせようとしましたが、酔っているくせにすぐに
寝たくない兄は、ベロンベロンなくせに地味な抵抗を試みました。
って、布団に横たわらないで、ソファーベッドに寄りかかって寝た
だけの話ですが・・・(^^;

しかし、僕が無理矢理足を持って布団に寝かしつけて、僕はまた
外のバーベキューに少しだけ戻って、兄が寝たので必然的に僕も
おじさんの家に泊まることになったのでした。

兄の寝た部屋のソファーベッドをベッドにして寝た僕でしたが
兄のとんでもなく大きいいびきと、ソファーベッドの寝にくさ
(腰が痛くなる)と、そして、6月には珍しい「蚊」に襲われた
僕はほぼ一睡もできないまま、朝を迎えることになったのでした。
翌朝の辛さは尋常ではありませんでした。



明けて翌日。おばさんお手製の朝食を頂いて、いとこの可愛い娘
と遊んで、しばしおじさんの家でゆっくりした後、正規!?の
宿泊場所であるおばさんの家に戻り、荷物を引き取って、後ろ髪
引かれながら、母の姉であるおばさんの家を後にしたのでした。

兄のフライトの時間までは相当ありましたので、まずは僕らの
原点である、おじいちゃんおばあちゃんの家(松山市吉藤町)を
訪ねることにしました。

そこは市内から車で20分くらい入った、山深い「菖蒲谷」と
言われるところで、ものすごい田舎なのです。
僕らは、小学生の折には、毎年夏休みやお正月に、この田舎に
行くのを心から楽しみにしていました。

おじいちゃんおばあちゃん、と書くと長いので祖父祖母の家に
します!?

祖父祖母の家は、伊予柑(いよかん)やみかんを作っていた農家で
広い広いみかん山を所有していました。
車一台しか通れない細い山道を、祖父の運転する軽トラの荷台に
乗って同行し、はしゃぎながら仕事のお手伝い(していなかった
かな・・・)をするのが大好きでした。

夏の頃には、山中に一本だけ立っていたくぬぎの木の樹液に群がる
かぶとむしやくわがたを捕るのも、とっても楽しみでした。

みかん山には、伊予柑がたわわに鈴なり状態だったので、地面に
落ちている伊予柑もたくさんありました。
僕ら兄弟は幼少の頃、それでよく遠投の勝負をしたものでした。
いくら頑張って投げても、兄に敵わなかったのが悔しかったなぁ。

そんな楽しい思い出がいっぱい詰まった懐かしい懐かしい田舎の
家なのですが、今は完全な空き家となってしまっています。
おじいちゃんが亡くなってからは、おばあちゃんは長男のおじさん
の家に平屋を建ててもらい、そこで一人暮らししているのです。

先般の愛媛の大地震で、ところどころが崩壊し、家の中に大きな
たけのこが伸びきっているような状態だそうなのですが、築100年
近いこの田舎の家は、依然としてまだしっかりと以前のままの姿を
留めておりました。
僕も兄もあまりの懐かしさに、言葉を失い、家の周りをうろうろ
しながら、子供の頃の思い出を呼び起こして、時の経過を強く
実感してただただ深い感慨に浸っていました。

ちょうどそこを訪れた時、長男のおじさんが居ました。
おじさんは、その家の裏の畑で、伊予柑を作っているのです。
おじさんと一緒に家の中に入り、屋内の土間を通って、井戸のある
昔の台所(そこも土間です)に入り、40年前に記憶がフラッシュ
バックして、僕は涙が溢れそうになるくらい感動していました。

家の中は埃にまみれてこそいましたが、そこにはまだ食器棚や戸棚
が当時のまま残されており、生活の痕跡を確かに残していました。

僕は戸棚の中の物を、何か記念に持って帰ろうかとも思ったの
ですが、あまりに古びたものばかりだったし、また、この場所が
無くならない限り、この家の中の物もこのままなんだと思い直して
結局何も持ち出しませんでした。

そういえばそこの土間の台所で、昔おじいちゃんに、よく入れ歯を
洗わされたっけなぁ・・・
おじいちゃんのことは大好きだったけど、あれだけはイヤだった
なぁ(^^;
そんなことを頼むおじいちゃんもおじいちゃんですが。

短い時間でしたが、忘れがたき郷愁を満たすことができて、僕も
兄も大満足して田舎の家を立ち去りました。
ここは確かにまさやんの原点なのでした。
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しかしまだまだ時間があります。
折角なので松山観光をしようということになりました。

松山観光と言っても、それほどたくさん選択肢があるわけでは
ありません。
陳腐極まりないですが、定番中の定番、松山城と道後温泉に行く
ことにしました。

松山城にはリフトで上って、意外に時間が掛かったので、帰りは
ケーブルカーで降りました。
登りは10分も掛かりましたが、下りはわずか5分くらいの高速で
下界!?にたどり着きました。
と短く書いているということは、残念ながら特筆すべき感動も
無かったということです。天守閣から見渡す景色は良かったですが
今ひとつ曇っていて、遠くまで見渡すことはできませんでした。
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一つだけ勉強になったことと言えば、松山城を築城した人は
加藤嘉明という武将だ、ということを学んだことですね。
というのも、松山城のマスコットキャラクターで

「よしあきくん」

という武将っぽいキャラの人形!?がお城の前に置いてあった
からです。
賤ヶ岳の合戦で七本槍の一人に数えられた猛将も、400年後こんな
可愛らしいキャラクターになって、僕のような観光客と一緒に
写真撮影されようとは、夢にも思わないことでしょうね。
こんな感じでした。
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松山城の後は道後温泉です。
兄のオゴリで、道後温泉の一番良い部屋(霊の湯個室)に入り
ました。
と言いながらも、部屋はわずか6畳くらいの狭い部屋でしたが
明らかに対応が良くて、道後温泉では十二分にVIP気分を味わえた
のでした。
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お風呂から出た後、道後温泉の隣の寿司屋「すし丸道後店」にて
これまた兄のオゴリで美味しいお寿司定食を頂きました。
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兄はまたまたビールでしたが、僕は運転手のためお茶で我慢です。
ちょっとだけでもビール気分を味わいたかったので、食後にノン
アルコールビールを一気飲みしましたが、満腹のおなかには
美味しさのかけらも味わえませんでした・・・



その後フライトの時間までは、まだ二時間ほどもあったので
ツアーの最後は、おばあちゃんの所に居ることにしました。
兄はまたまたビール(このツアーでなんぼ飲んどんねん)を飲み
僕はまたまたコーヒーを頂きましたが、盛りだくさん過ぎた旅行
だったし、昨夜はほぼ一睡もできずに超睡眠不足でしたので
僕はおばあちゃんのベッドで少しだけ仮眠させてもらいました。
兄を空港へ送ってから、大阪への長距離運転が待っていたので
この休憩はとても賢明な選択でした!?

楽しい時間というのは、すぐに過ぎ去ってしまうものです。
おばあちゃんとの別れの時間になり、僕ら兄弟は後ろ髪引かれる
思いで、笑顔ながらどことなく寂しそうなおばあちゃんに

「また必ず来ます!」

と本心から約束して、手をたくさん振りながら見送るおばあちゃん
と別れたのでした。
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このツアーにはまだ続きがありました。
松山空港から発つ兄のことを見送りに、泊めてくれたおばさんと
わがままおじさん(この言い方、あまり良くないですね・・・)
夫婦が、わざわざ空港まで来てくれたのです!

見送りというと普通手荷物チェックのところまでだと思うのですが
おじさんの提案で、展望台から飛行機が飛び立つまで見送ろうと
いうことになったのです!
何か映画かテレビドラマのようですね。
飛行機に乗っている兄からは、決してこちらが展望台で見てるとは
分からないと思うのに。

兄が飛行機に乗り込むところは肉眼で確認し(一番最後に乗って
いました・・・)飛行機が離陸して小さくなるまで、みんなで
見えない兄に向かって、手を振っていたのでした。
ああ、肉親っていいなぁ。

そして駐車場でおじさんたちと別れて、さあ、これからが長旅だ
と気合を入れて駐車場を出ようとしたところで、またまた嬉しい
サプライズがありました。

おじさんが駐車場出口の所で、僕を待っていてくれたのです!
僕が駐車券を入れて料金が300円と表示されると、おじさんが笑顔
で、300円投入してくれたのです!

「毅を待っとったんじゃ」

これには非常に感激しました。その気持ちが嬉しかったです。
あのおじさんは、全然わがままなんかじゃありません。
ああ、肉親って本当にいいなぁ。


と、今までの中でも、最長に近い長文になってしまいましたが
今回の松山ツアーは、それほど心に残る楽しい嬉しい旅行だったの
です。

大収穫は、94歳のおばあちゃんがまだまだ元気ハツラツだったと
いうことです!
これに勝る喜びはありません。
おばあちゃんが居なければ、僕はこの世に誕生していなかったの
です。
おばあちゃんへの感謝の気持ちは、僕が死ぬまで持ち続けていき
たいと改めて強く思いました。

結局、兄とは「またぜひ行こう」ということになりました。
兄はおじさんにゴルフで叩きのめされたのも、相当悔しかった
みたいです(^^)

みなさんにも、忘れがたきふるさとはそれぞれ有ると思います。
毎年は無理でも、行ける時には足を伸ばして、自分の原点に触れて
気持ちを新たにすることは、大変有意義ではないかと思います。

ちなみに、松山空港を出た僕は、空港近くのガソリンスタンドで
満タンに給油してから、ただの一度も休憩せずにノンストップで
大阪に帰ってきました!帰りはわずか4時間のドライブでした。



ではようやくバドの話。


自分が足を引っ張っているんじゃないかと思った時


もちろんダブルスでの話です。

最近火曜日に、地元の小学校で、同じマンションの方々とバドを
するようになったのですが、その中の方で、標題のように自分が
うまくないので、ミスしてパートナーの足を引っ張っているのが
つらい、という方が居られます。

この悩み、水面下で同じ思いをしている人は実は相当多いのでは
ないでしょうか?

というのも、ダブルスでは、実力が全く同じペア、というのは
事実上存在しないからです。

レベルの差はありますが、必ずや、一人が上手くて、一人が劣る。
この図式は、仮に同じ境遇で育って練習してきた双子でさえ
当てはまる不可避の問題(ではないのですが)です。

当然ですが、上手い人の方はミスが少ないです。だから上手いの
ですが。
一方、力が劣る方は、どうしたって上手い人よりはミスってしまう
ことになっています。結果論的にもそうですね。

力が劣っている側の人が、心優しい人であればあるほど、上手な
パートナーに対して、申し訳ないという気持ちが強く生じます。
そしてそれは自然な感情なのですが、あまりに足を引っ張るという
恐怖に怯えて、試合が憂鬱になってしまうような事態は、絶対に
避けなければなりません。

楽しいからやっているはずのバドミントンで、憂鬱になっては
いけませんからね!

僕もパートナーが明らかに上級者ですので、どちらが足を引っ張る
かというと僕に決まっているのですが、それでも決して憂鬱なぞ
にはなりません。多少、悪いなぁ、とは思いますが・・・

それでもやっぱり憂鬱、という方のために、以下のアイデアは
如何でしょうか?

1)自分の実力をしっかり認識する。

  何度も書いてきたことですが、自分は自分であり、自分以上
  でも自分以下でもありません。(当たり前!?)
  今の、今日現在の実力が自分の全てなのです。
  ミスが多いのは、そういう実力だから仕方ないですよね。
  だからこそ、練習して上達してミスを少なくしていこうと
  努力するのですが、急には上達はしないので、ミスする自分を
  「これが今の自分なんだ」
  「ミスして当たり前なんだ」
  と虚心に受け止めるしかありません。
  誰でも最初は初心者であり、初級者です。
  上級者の人達も、経緯は違えど、同じ思いはしてきています。
  必要以上にミスで憂鬱になることなく、みんな同じ思いを
  してきたんだと、適当に開き直って、思い切ってプレーして
  ほしいと思います。

2)一発で決めようとしない。

  初〜中級者でミスする大きな原因の一つは、無謀な攻撃を
  仕掛けてしまうことだと思います。
  ネット前で全力でラケットを振ったり、プッシュでラインを
  狙ったり、狙えるコントロールを持たないまま、素晴らしい
  エースショットを無意識に求めてしまっているのではないで
  しょうか?
  自分はつないで、パートナーに決めてもらう。これくらいの
  余裕の気持ちがあれば、自分原因でミスすることが激減すると
  思います。

3)足を引っ張って憂鬱になっているのを、パートナーは決して
  歓迎していないことを理解する。

  ちょっと長いですね(^^;
  これは僕からしてみたら、やはりそう思うわけです。
  僕より上手い人もたくさん居ますが、僕より劣る(バド実力で
  です)人もたくさん居られます。
  普段の練習などでは、僕より劣る人と組むことも多いですが
  ミスをたくさんしたとしても、そのことで思い煩い、いつも
  いつも申し訳なさそうにプレーするのでは、こちらも決して
  楽しくないのです。
  無論、ラリーの9割もミスして「アハハハハ〜」ってな能天気
  というのも困りますが、ラリーの半分ミスったとしても
  ミスそのものよりは、それで落ち込まれるほうが組んでる方と
  してはしんどいと思います。
  いい人だからこそ憂鬱になるのでしょうが、相手の気持ちを
  思うならば、考え方を変えて、ミスっても明るく元気よく!
  の方が、組んでいて絶対楽しいと思います。

4)同じミスを繰り返さないように工夫・努力している所を
  パートナーに見せる。

  ミスの種類はたくさんありますが、それぞれに原因があります
  大振り過ぎたとか、端っこを狙い過ぎたとか、体勢が崩れて
  いたとか、手打ちになっていた(体を使って打っていない)
  とか、単純に「できない」とか・・・
  ミスするのは1)で書いた通り、現時点での実力なのですが
  同じミスるにしても「あっ、この人はミスらないように工夫
  しているな」「ちょっとプレーを変えて努力しているな」と
  いう部分をパートナーに感じさせることができれば、やはり
  ミスしてしまったとしても、受け止められ方が違うと思います
  そうやって、工夫・努力することで上達もしていくのですが
  同じミスでも、頑張っている姿勢が見えるとパートナーも
  その努力を感じて、気になる度合いが低くなるものです。

5)上手くやろう!なんて思わない。

  1)とかぶりますが、上手くできないことで憂鬱になるのは
  上手くやらなきゃいけないって自分を縛るからだと思います。
  でも、実際に上手くないのですから(^^;そこは考え方を
  変えて
  「自分ができることを頑張ってやろう。それだけでいいや」
  と思ってほしいのです。
  上手くやりたい気持ちは誰でもありますが、上手くやらなきゃ
  になってしまうと、伸び伸び楽しくできなくなってしまいます
  やはり楽しいのがバドミントン、いやスポーツの基本です。
  「バドミントンって何か楽しそう」って思った初心を思い
  出して、憂鬱になっている自分を笑い飛ばしましょう!


上級者ももちろんバドは楽しいものですが、初心者〜初級者の比
ではないと思うのです。
というのは、初心者には覚えることがまだまだたくさんあるから
つまり、上達・改善できる伸びしろが、まだまだたくさんあると
いうことだからです。

スポーツの楽しさは、上達の過程にこそあると思います。
できなかったことができるようになった!これが一番楽しいです。
できることだけ続けてもそれなりに楽しいですが・・・

こんなに楽しいバドミントンにおいて、プレーが憂鬱になんて
なったら、絶対にもったいないですよ!
笑顔でキャーキャー楽しくやるので全然いいと思います。

僕らも、長いラリーの末に、相手から来たチャンスボールを叩いて
「チャアシャア!」(意味不明)を叫ぶ瞬間は、ちょっとした
エクスタシーですから!?

とにかく楽しんでプレーしましょう。

***************************

先週土曜日曜は、大阪総合バドミントン選手権大会でした。
会場は舞洲アリーナです。
僕は既報の通り、45歳ダブルスと45歳シングルスに出場しました。

いずれも昨年優勝していましたので、今年は単複とも連覇が
かかっていました。

特にダブルスでは、大阪総合の40歳、45歳、50歳の優勝者には
日本スポーツマスターズ(いわばシニアの国体。今年の開催県は
高知!)への参加資格が得られるので、是が非でも優勝したかった
のでした。
去年初めてマスターズに参加して、たいそう楽しかったからです。

試合の前に、会場でサプライズがありました。
いつも美味しい料理とお酒と楽しいトークでお世話になっている
寝屋川のもつ鍋屋さん「寅吉」のマスター夫婦が、休日をおして
わざわざ僕らの応援に朝から駆けつけてくれたのでした!
奥さんのお母さんもお越し頂いたのですが、僕らの試合は昼過ぎ
だったので、そこまで待って頂くわけにもいかず、僕らの試合を
録画してお見せしますと約束して、申し訳なくもお引取り頂いた
のでした。
寅吉マスターさん、奥さん、奥さんのお母さん。わざわざ朝から
舞洲までご足労頂きましてありがとうございました!
DSCN3249.JPG
試合は、一回戦、二回戦は難なく突破して、問題は決勝戦でした。
昨年、準決勝で大接戦の末ファイナル21-19で辛勝だった早水喜多
ペアが対戦相手でした。

昨年の事があったので、今回もきっと接戦になることは予想して
いました。
一方で、パートナーの見市の状態が、去年の大阪総合の時(人工
股関節置換手術をして間もなかった)とは比べ物にならないくらい
良かったので、その点は大いに昨年より良い材料でした。

いざ試合をしてみると、第一ゲームは終始こちらが押していて
5点くらいリードを保ちながら押し切って先取しました。
第二ゲームに入ると、攻撃力のある早水さんが、バンバン速い
スマッシュを打ちまくってきて、それに押されて点数も取られ
リードを許し11点は先に奪われてのインターバルとなりました。

第二ゲーム中盤で、力が入ったのか珍しく見市が凡ミスを連発し
(僕は普通に連発済みです・・・)なかなか点差を詰められ
なかったのですが、早水喜多ペアも結構凡ミス(特にサーブ)を
してくれたり、こちらのスマッシュも良く効いていたこともあり
最終的には21-18くらいで第二ゲームも勝利!
見市とガッチリ握手を交わして、昨年に続いて45歳ダブルスを
連覇することができました!

40歳ダブルスでは、寺尾真野ペアが出場しましたが、今回も国信
小山ペアの厚い壁に阻まれて、準決勝で涙をのみました。
国信さんは、心筋梗塞で一時ヤバかったとの噂でしたが、会場では
いつものにこやかな笑顔で元気そうだったのでよかったです。
僕のブログにも偶然たどり着いてくれたようで、その点でも
良かったです!?また書きましたよ。優勝おめでとうございます。

注目は55歳ダブルスでした。
先般の和歌山での試合で、幡野野牧ペアが、川前弓削ペアを破る
大金星をあげたのは記憶に新しいですが、大阪総合の準決勝にて
再度同じカードが組まれたのでした。
僕はこの試合はコートサイドで見ていました。

前回同様長いラリーに持っていこうと、幡野野牧ペアは川前さんに
上げる作戦を継続していましたが、リベンジに燃える川前さんは
その球をバンバンスマッシュしていました。
野牧さんの上げる球が低く浅かったこともあり、粘りはしましたが
最終的には決められてしまい、今回は2-0で川前弓削ペアの完勝と
なったのでした!

試合後、川前さんに

「おめでとうございます!これでリベンジですね」

と笑顔で話しかけたら、汗びっしょりの顔に満面の笑みを浮かべて

「あれから二週間寝られんかったわ!」

と軽い冗談で勝利を喜んでおられました。
川前弓削ペアは、その後の決勝も完勝で優勝された、はずです。
おめでとうございます、のはずです・・・

35歳ダブルスでは、有田兄弟が貫禄の優勝を果たしていました。
決勝の相手は、ミズノの堀田と阪急電鉄の椎屋さんです。
試合前、有田兄に調子はどう?と聞いたら

「最近モヤモヤしてるんですよ〜」

とつまりは最近不調だとのことでしたが、語る顔は笑顔そのもの
でした。弟に引っ張ってもらってます、と謙遜してもいました。
やはり有田兄弟は、いつも強いですねえ。

35歳ダブルスには、畑下門野ペアも出場していましたが、無念の
二回戦負けを喫し、和歌山に続いてまたまたヤケ酒が進むばかり
なのでした(ToT)
ベスト8に入れなかったので、全日本シニア出場できないかも、と
寂しげな発言に悲しい哀愁感が漂っていました・・・
多分出場できるから大丈夫だよ!と形式的に慰めておきます!?

僕らが優勝した45歳ダブルスでは、大学同級生の前川も出場して
いました。固定パートナーの野呂さんとのペアでした。
対戦相手はプレンティグローバルリンクス(長い・・・)の田中
棟居ペアです。
一回戦でのこの対戦は3回目!だとのことで、前川には「勝って
くれ!」と檄を飛ばしましたが、田中さんらの攻撃力の前に屈し
無念の初戦敗退となってしまったのでした。

しかし、前川は最近は筋トレも始めたとのことで、何もやらずに
酒ばかり大量に飲んでいた頃と比べて、若干ですが体が締まった
ようにも見えて、少し動きも良くなっており、同級生の僕としては
それが少し嬉しいのでした。
相変わらず酒の量は減らないようですが(^^;
前川にはまた引き続き頑張っていってほしいものです。


夜は当然祝勝会です。
わざわざ会場までお越し頂いたからには、今晩の会場は「寅吉」
以外は考えられませんでした。

約束通り、寅吉さんのお店の壁掛けテレビに、僕らの決勝の映像を
流して「終始押してるのは我々だなあ」と絶対に負けないビデオを
見ながら飲むビールはまた格別でした!

寅吉マスター夫婦は、僕らが実際にバドしている姿を見るのは
初めてですが、シャトルの行き交うスピードに感心しきりの様子
でした。

見市と飲むと、どうしても酒量が増えて、チューハイライムの
お代わりしまくりになってしまいますが、当夜は遠慮なく楽しく
そして大量に飲みました。
焼きラーメンも美味しく頂きました。寅吉マスターさん、奥さん
ありがとうございました!また近いうちに寄してもらいますね。
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明けて翌日。日曜日はシングルスです。
僕の試合はやはり昼過ぎくらいからでしたが、審判活動協力の為
8時40分には舞洲アリーナに到着していました。
その日は(も、か)飲む気満々でしたので、僕の移動手段は電車
バスでした。
となると当然西九条経由となり、朝の吉野家は絶対に外せないの
です!?
いつものように5分で完食して、幸せ気分に浸りながらバスに30分
揺られてウトウトしていました。
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当日はシングルスということで、審判が足りないことが予想され
審判活動の協力をお願いされていましたが、いざ控え室に入って
みると、部屋が満杯になるくらいたくさんの審判員の方々が居られ
これは選手兼任の僕の出る幕はないなと、審判候補から外して
もらいました。
でも、折角協力のために早起きしてきたので、役員の方に許可を
もらって、審判員用に用意されているお昼のお弁当だけはしっかり
頂きました(^^;

肝心の試合ですが、一回戦、二回戦は問題なく完勝。
準決勝は「いつもの」藤田さんです。
決勝以外で当たるのは初めてではなかったでしょうか。

前回の和歌山では、藤田さんは直前の試合で疲れており、動きが
緩慢になっていたので、楽に勝たせてもらいましたが、今回は
藤田さんも疲れは無いようでした。

序盤からスマッシュを決めると「ヨ〜シ!」と声を上げてきて
強い気合を感じました。
点数も競りながら、16-14くらいで僕がリードしながら後半に
入ったあたりで、藤田さんの打ったスマッシュが明らかに5cm位
アウトだったのをインとコールされて、しかもそのジャッジの仕方
も全然ラインに目を向けないでのコールだったので、僕は憮然と
して主審に抗議しましたが、主審もバックラインまでは見える
はずもなくそのままインとされて、少しムクれたせいでもないの
ですが、16オールと追いつかれてしまったのです。

ただ、そんなことでムクれても良いことなど一つもないので
じきに気持ちを取り直して、最後に突き放して第一ゲームを先取。
すると第二ゲームは、僕とやりにくいのか、藤田さんがスマッシュ
ミスを連発してくれたので、気持ち的にとても楽にさせてもらえ
ました。つまり2-0での勝利です。

試合後藤田さんからは「社会人代表として決勝で勝って下さい」と
檄を飛ばされました(^^;

決勝の相手は去年と同じ顔合わせ、プレンティグローバルリンクス
の田中さんです。
田中さんは上背こそありませんが、筋肉質でバネがあり、跳んで
打つスマッシュにはかなりの威力があります。
去年はひざを痛めておられたので、あまり動けなかったようですが
今年はどこも悪いところはなさそうでした・・・

それを証明するかのように、田中さんは試合前の握手の時に
思いっきり握ってきました!ちょっと痛かったくらいです(^^;
肉厚の手と強い握力に、闘志と野性を感じました!?

その勢いに押された訳でもないのですが、僕は序盤からミスを
連発。また田中さんの速いスマッシュとクロスネットで度々
決められ、なんと4-13もの大量リードを許してしまったのです。

ラリーポイントでの9点差は致命的です。
僕は「第一ゲームは落としてもしゃあないな」と、開き直って
プレーすることにしました。
そのあたりから僕はショートサーブに変えて、またショートサーブ
のフォームからロングを打つ、いわゆる「キタないサーブ」を
使い出したところ、どんどん点数が詰まってきたのです。

もちろんサーブだけの問題ではなくて、僕の体が動き始めたのだ
とは思いますが、きっかけは明らかにサーブでした。
こうやって試合で効果を感じることは本当に多いので、皆さんも
是非サーブは色々打ってみると良いと思います。

なんと、9点差を詰めて14-14で追い付き、しばし競った後に
突き放して、望外の第一ゲーム先取ができたのでした!
これは大きかったです。第一ゲームを取られたら、相手も俄然
勝利に向かってやる気を起こしてくるでしょうから。

逆に大量リードを守りきれずに、大逆転で第一ゲームを落とした
田中さんは、心なしか疲れも加わって、動きが遅くなったように
感じました。

その感じ通りに、第二ゲームは逆に僕が大量リードで11点を先取。
コートサイドに座って応援してくれていたATMの合田さんの

「いいスマッシュが決まっているから、どんどん打っていった方が
いいですよ」

というアドバイスに従って、ゲーム後半は相手のサーブを必ず
クロスにスマッシュを打って、そしてそれが全てエースになって
大いに加点に貢献していました。

最後はフォア奥へのクロスのクリヤーをを田中さんが見送って
それがインになりゲームセット。
序盤苦戦したこともあって、僕は大きなガッツポーズをしてしまい
ました(^^;

田中さんは試合後の握手もグッと強く握ってきて、男らしく

「完敗です」

とおっしゃいました。田中さんは実に男気のある方でした。

これで今年も二冠です!
昨年に続いて45歳で単複チャンピオンになれて、僕はたいそう
嬉しかったのでした。

40歳シングルスでは、HIWAKAI会長の真野くんが第一シードの大井
さんを準決勝で破る金星をあげながら、そこで体力を消耗して
決勝ではYクラブの永田さんに2-0でヤラれてしまいました。
大井さんは、準決勝前の対戦でジマさん(中島くん)とファイナル
の激戦の末に勝ち上がったそうで、そこで体力を消耗していたの
かもしれません。

35歳シングルスでは、期待の堀田が準決勝で荒木直人さんに、これ
またファイナルで屈してしまいました。
本人いわく「明らかに練習量が結果に現れています。ファイナルは
足が止まり全くダメでした」との反省の弁でした。
子育てに追われる新米パパの身ですので、致し方ないでしょう。
僕の優勝が刺激になったとのことでしたので、来年のリベンジに
期待しています!

堀田を下した荒木さんですが、堀田とのファイナルで疲れたのか
決勝では仲田くん(金澤くんのパートナー)に敗退しました。
当日の舞洲アリーナはとても蒸し暑く、シングルス何試合も対戦
すると、相当体力を消耗してしまう状況であったことを報告して
おきます・・・
やはり体力は、シニア選手にはとても重要ですね。

55歳シングルス決勝では、幡野さんvs野牧さんのパートナー対決
でした。
ファイナルにもつれ込みましたが、幡野さんの厳しいショットを
野牧さんが全て拾ってくるので、我慢しきれない幡野さんが自滅
の形で、ファイナルは大差での敗退でした。
野牧さんは嬉しそうでした(^^)

60歳シングルスでは、原さんが大健闘でした。
単身赴任の東京では、週に1回、2時間くらい、しかもダブルスしか
練習できないそうなのですが、河川敷を走るなどできる努力をして
当日も、顔を真っ赤に上気させて息も絶え絶えになりながらも
果敢にスマッシュを打ち、頑張って前も拾って、準優勝されて
おりました。
特に大接戦を勝ちきった準決勝は、コートサイドで見ていても
とても見ごたえのある好ゲームでした。原さんお疲れ様でした!
東京でこのブログ見ていてくれていますか〜?

当日はシングルスの他に、混合ダブルスも行われていました。
僕が応援していたのは、40歳ミックスの寺尾太田ペアでした。
寺尾さんはもうこのブログに頻出しているので、説明は不要!?
ですが、太田さんは畷シャトルズ時代に練習を一緒にやっていた
方なのです。
ただ、最近肉離れをして、それがくせになっていて、恐る恐るの
大阪総合初出場だったのでした。

対戦相手は小山林田ペアです。先に説明した国信小山ペアの小山
さんです。林田さんは・・・すみません、存じ上げません。
インターバルの時にちょっとだけ話しましたが、とても感じの良い
方でした(^^)

小山さんのスマッシュは強烈に速いので、苦戦を予想しましたが
予想通り!?第一ゲームを落として、劣勢のまま後半に突入した
第二ゲームを寺尾太田ペアが大逆転で取り返したのです!

これはひょっとしたらファイナルも!と期待しましたが、現実的
な実力差は厳しく、半分くらいの大差で完敗となってしまったの
でした・・・

小山林田ペアは、その後決勝まで勝ち上がり、バドミントンプロ
古豪上地さん夫婦にイワされたとのことでした。
上地さん、奥さん、おめでとうございます!さすがですね。

試合後は、何があろうと飲む事になっていました!?
寺尾さんの車に乗せてもらい、車間を空けない過激な運転に少し
ビビりつつ、会場である寝屋川市駅前の「坐和民」にて祝勝会兼
反省会を盛大に開催したのでした。

メンバーは僕、寺尾さん、太田さん、そして後から加わった真野
くんでした。
寺尾さんはダブルスでは真野くんと組み、混合で太田さんと組んで
いるので、酒が進むにつれてパートナーとしてのバドの話に移行
してきました。
パートナー同士でこうやって話し合う機会を持つことは良い事だと
思います。
しかし、その時点ではみなだいぶ酔っていたので、寺尾さんが
話したことを果たして覚えているのかは、不明です(^^;

僕は昨日に引き続き、チューハイライムをひたすらお代わり
しまくっていました。
「坐和民」では、ライムをその都度自分で絞るのが、後半は面倒
になっていました(^^;
・・・・・
DSCN3250.JPG

とダラダラと超長文になってしまいましたが、ビッグイベント
二つを極力詳細に綴ってみました。

最近は、このブログへのアクセスも増えて、毎日約400人近くもの
方が読んでいてくれるのです。
そこまで期待されていれば、僕も頑張らざるをえません。

バドの記事は真剣に。それ以外の記事は臨場感たっぷりに面白く。
という方針で、これからも不定期に更新していきたいと思います。

でもたまにはコメントも欲しいなぁ・・・(^^;
読んでくれている確かな実感が欲しいまさやんなのでした。
よろしくお願いしま〜す!
posted by まさやん at 23:52| 大阪 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2冠2連覇おめでとうございます。
そして、危険な運転すみませんでした。
運転を鍛えていた?時があり、今でも少しスピードを出してしまいます。
次は、安心させる運転を心がけます。

これからも向上心を持ってバドミントンをしたいと思ってますので、練習で一緒になったときはよろしくお願いします。

Posted by terao at 2012年06月13日 01:43
いつも楽しみに拝読しております。まだ新参者の一読者ですが、初めてコメントさせていただきます。
まずは単複連覇、おめでとうございます!素晴らしすぎます。
ボクは今回の試合は不完全燃焼(M野さんのアシスト?)で大変悔しい結果に終わってしまいました。いつかの投稿にありました「敗戦なくして成長なし」を思い出し、次の試合に向け気持ちを新たにした次第です。ブログを拝読すると「負けてられない!」とモチベーションがアップします。ありがとうございます。ぜひこれからも続けていただきたいです。
しかし、この歳でまだ成長を目指せるバドミントンというスポーツは素晴らしいですね。この競技に出会えた幸運と、この競技を通じて皆さんと出会えた幸運に改めて感謝する今日この頃です。
またぜひ練習&一杯飲みにお邪魔させてください!
今日の一言“強くなければ生きてはいけない。優しくなければ生きていく資格がない。”by レイモンド・チャンドラー
長文失礼いたしましたm(_ _)m
Posted by ジマです at 2012年06月13日 14:00
マサやん、2冠2連覇おめでとうございます。
その大阪総合の会場で、私の優勝にもお祝いの言葉と固い握手を下さったのに、ブログには40歳、45歳、55歳、35歳、60歳シングルスが載っているのにナゼ??50歳が
・・・・と、それは冗談ですが、コメント欲しい、コメント欲しいという、熱にうなされたように、繰り返すマサやんの営業に負けて、久しぶり3回目のコメントさせていただきました。
大阪総合のような試合は本当に貴重です。
昨今、シニアのみならずバドミントン競技人口が増え、一般の選手と会場を共にする大会が減って来ているからです。
近畿総合が近畿シニアと分かれる前の試合など、それはそれは、社会人だけの試合とも違って、本当に魅力的な大会でした。まあ、若い一般の選手からすれば、もう
トロトロ遅いんや、早よ終われや、なかなか自分の試合
始まれへんやないか・・・といったところでしょうが。
若い彼達、彼女達の試合は、大変な刺激や新たな発見や勉強になり、いつも最後まで体育館に残って見入ってしまいます。自身の身体は年齢と共に、いろいろと変化があり、それこそスピードや持久力は落ちているのは間違いありません。
しかしながら、組み立てや間の取り方、スマッシュとかヘアピンとか、はっきり名前では区分出来ない微妙なつなぎショット、効果を生み出すショットのアイデアは
とても斬新で、間違いなく取り入れることができます。
あぁそういう方法があるのかと気づくことがたくさん
あって飽きません。
もちろん、各年代や同年代、先輩年代の頑張りを目の当たりにすることも加わるわけですから、至極の教科書と
なる1日なわけです。これからも、このような大会に
出場し続けられるよう頑張りたいです。

Posted by レフティ at 2012年06月14日 12:49
マサやん、2冠2連覇おめでとうございます。
その大阪総合の会場で、私の優勝にもお祝いの言葉と固い握手を下さったのに、ブログには40歳、45歳、55歳、35歳、60歳シングルスが載っているのにナゼ??50歳が・・・・と、それは冗談ですが、コメント欲しい、コメント欲しいという、熱にうなされたように、繰り返すマサやんの営業に負けて、久しぶり3回目のコメントさせていただきました。
大阪総合のような試合は本当に貴重です。
昨今、シニアのみならずバドミントン競技人口が増え、一般の選手と会場を共にする大会が減って来ているからです。
近畿総合が近畿シニアと分かれる前の試合など、それはそれは、社会人だけの試合とも違って、本当に魅力的な大会でした。まあ、若い一般の選手からすれば、もう
トロトロ遅いんや、早よ終われや、なかなか自分の試合
始まれへんやないか・・・といったところでしょうが。
若い彼達、彼女達の試合は、大変な刺激や新たな発見や勉強になり、いつも最後まで体育館に残って見入ってしまいます。自身の身体は年齢と共に、いろいろと変化があり、それこそスピードや持久力は落ちているのは間違いありません。
しかしながら、組み立てや間の取り方、スマッシュとかヘアピンとか、はっきり名前では区分出来ない微妙なつなぎショット、効果を生み出すショットのアイデアは
とても斬新で、間違いなく取り入れることができます。
あぁそういう方法があるのかと気づくことがたくさん
あって飽きません。
もちろん、各年代や同年代、先輩年代の頑張りを目の当たりにすることも加わるわけですから、至極の教科書となる1日なわけです。で、より、このような大会に出場し続け結果が残せるよう頑張りたいという気持ちを新たにするのです。
Posted by レフティ at 2012年06月14日 12:53
コメントをダブって送信してしまいました。すみません。決して件数を稼ぐ為ではありません。
では、また。
Posted by レフティ at 2012年06月14日 14:39
まず、寺尾さん。僕のおねだりに対していの一番のコメント、ありがとうございました。
寺尾さんとは、最近はいつも一緒に居る気がします。
運転の荒さは置いといて(^^;試合は大健闘ながら、もう一歩でした。
寺尾さんの試合ぶりを見ていると、試合巧者だなあと思います。
だからこそ、安定して上位に行けていると思いますが。
そこからもう1ステップ勝ち上がるためには、やはり大事なところでのミス撲滅と、スマッシュを前で打ちましょう、ということかな(^^)(飲み会でもお伝えしましたよね)

でも近い内に栄冠は訪れると思いますよ!
なんてったって、バド頑張っておられますからね。
引き続き、今後とも一緒に頑張っていきましょう。
よろしくお願いします。

ジマさん!嬉しい嬉しい初コメントありがとう!
30歳時代は、大阪社会人のチャンピオンと言えば、常にジマさんでした。という印象がありました。
最近は、故障や練習不足で、以前のような安定度高いシングルスが困難になってきているのかもしれませんが、頂いたコメントを読む限り、まだまだまだまだ・・・やる気満々、向上心たっぷりで、これからも上達したいという前向きな気持ちがビンビン伝わってきて、嬉しい限りです。
ジマさんほどの実力者がやる気になれば、40歳大阪チャンピオンもさほど難しくないような気がします。
また今度ぜひ飲みましょう!合宿もね(^^)
次はぜひとも泊まりでの参加を期待していますよ。

そしてレフティさんこと楠本さん。僕の営業!?に屈して頂いてのコメント、ありがとうございました。

50歳シングルスのことを書かなかったこと、謹んでお詫び申し上げますm(_ _)m
決勝は少しだけ「チラ見」した程度だったのでした・・・
そのチラ見での印象は、ラリーが長くなっても、最終的にはラリーは楠本さんが制していた、でした。
僕の楠本さんの印象は「競り合いに強い」です。
凡ミスをされないので、対戦相手はどうしてもエースを狙って厳しいところを狙わざるを得なくなるため、ミスを誘って点数を稼いでおられるのだと思います。
「ステディ」という表現が近いかな。

また50歳になられても、一般の部に出場している若者から、何かを吸収しようという貪欲かつ前向きな姿勢が、楠本さんをずっとチャンピオンたらしめている原動力ではないかと思います。

年代は5歳違いますが、これからも一つ上の世代のチャンピオンであり続けて下さい!
僕も頑張って、追いすがっていきますので!?

今後ともよろしくお願いします。
そして、大阪総合50歳シングルス優勝(連覇)おめでとうございました!
Posted by まさやん at 2012年06月14日 22:06
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