しようとしましたら、書きかけだった原稿は、まだGWのことに
ついての内容でした・・・(^^;
しかし、消去するのも忍びないので、またまた過去に遡って
書いてみようと思います。
5月6日は、寝屋川市バドミントン協会会長杯、つまり試合でした。
僕は、午前中に田原スマッシュBCの練習があったので不参加
でしたが、試合にはこないだ一緒に旅行に行った門野や、武史
畑下に、寺尾・真野ペアも出場していたので、お散歩がてら見に
行きました。
寝屋川市民体育館を訪れるのは、耐震工事が始まって以来でした
ので、かなり懐かしい感じがしました。
フロアーに入ってみると、天井にはしっかりとした鉄骨の枠が
組まれており、これはかなり強度アップしたんだろうなと思われ
ました。
床板も綺麗に張り替えられており、まだ真新しい塗装の匂いが
漂うほどでした。
女子の方はノーマークでしたが(^^;男子のベスト4には以下の
ペアが残りました。メンバーの半分はHiwakaiです。
見市武史・畑下、門野・間宮、寺尾・真野、西坂・種市
武史・畑下ペアは、門野ペアと対戦し、第一ゲーム凡ミスを繰り
返す厳しい展開ながら、徐々に調子を上げ、第二・ファイナルと
競り合いを制し、決勝に名乗りを上げました。
最後は間宮の体力が枯渇したように見えました。
一方の準決勝は、ファイナルにもつれ込む熱戦ながら、若手より
ラリー展開に一日の長があった寺尾・真野ペアが勝ち上がりました
この決勝をコートサイドでニヤニヤ見ていよう、と目論んで
いたのですが、武史から
「正岡さ〜ん、線審やってもらえません?」
と頼まれ、僕の観戦は、線審の椅子からと相成ったのでした・・・
第一ゲームは、まだイマイチ足の動かない武史を狙う展開が
功を奏し、また畑下も細かいプレーで凡ミスを連発し
大差で寺尾・真野ペアが先取しました。
第二ゲームに入ると、武史の動きは少し良くなりましたが、それ
でもやはりあまり動けないので、振り回されるとつなぐので
精一杯の苦しい展開で、また畑下もミスを繰り返し武史に注意
されつつも、点数の推移は一進一退でした。
しかし、大事なところで寺尾・真野ペアにミスが出て、そのため
なかなか点数が離れません。
第二ゲームは後半まで競り合い、お互いギンマジ状態でしたが
最後2本気合いで連取した武史・畑下ペアが取り返してファイナル
へ。
ファイナルに入ると、畑下は得意の細かいプレーは封印して
普段あまりみないようなスマッシュ連打を繰り返すようになり
ました。
それに気圧(けお)されたのか、寺尾・真野ペアは守勢に回り
また、大事なところでの凡ミスやサーブミスも出してしまって
最後は21-16くらいで武史・畑下ペアの優勝となりました!
試合直後の武史・畑下です。40代の汗は、爽やかというよりか
サウナでドロドロのデトックスという感じです・・・!?
でも集中して頑張っていて良い試合でした。優勝おめでとう!
そして5月10日は、昨年に引き続き寝屋川市初心者講習会の講師を
担当しました。
昨年の参加人数は30名くらいでしたので、今年も同じくらいだろう
と高を括っておりましたが、ふたを開けてみると、な、な、何と
今年は倍以上の70名!でした。
そんなに増えた理由は、寝屋川六中のバドミントン部が全員参加
されたことによりますが、僕もそんな大人数を前に講習会したこと
などありませんでしたので、正直少したじろぎました(^^;
しかし、そこまで増えたらもう何人でも同じ!?でしたので
僕はいつものように明るく元気に大きな声で、2時間半の講習会を
大過なく(と思いますが・・・)終了しました。
70名ともなると、全員にくまなく目を配るのは不可能に近いので
開き直ってリラックスしてやったのが良かったように思います。
参加者の中には「また正岡さんの講習会を受けたい!」と名指し
で言ってくれる方も数名おられたので、喜んで頂けたのだと思い
ます。
考えてみると、僕のバド講習会は、北海道と北九州で実施して
おりましたが、肝心要の大阪でやっていないことに気づきました。
また落ち着いたら、寝屋川市か四條畷市で講習会実施しようと
思います。
さて、いつになることでしょう・・・
ではバドの話。
<何歳からでも上達できるので前向きに頑張ろう!>
バドミントンでトップで活躍している選手の年齢は、20代が殆ど
です。
それは、激しい動きを求められるバドミントンという競技の性格
上、それに耐えうる若さ・体力・回復力が必要ということで
仕方ないのですが、一方で、生涯スポーツとしてのバドミントン
に関してはちょっと事情は異なります。
それは、30歳からスタートしても、シニアのトップに上り詰める
ことは可能ですし、また40歳、いや60歳からでも劇的に上達する
ことは全然可能なのです!
(「全然」という言葉は、その後に必ず「〜ない」という否定の
言葉が続かなければならないんじゃないか?というご指摘が
あるかと思いますが、この場合の「全然」の後には「問題なく」
という文言が省略されておりますので、全然大丈夫!?なのです。
これは一度言いたかっただけです・・・)
と言いますのは、自分も含めて我々は、現時点でぜ〜んぜん
大したことない選手だからです(^^;
つまり、全日本で活躍したような人は、トップの時期に限界まで
自分を高めて闘い続けて、それができなくなった時点で「引退」
ということになるので、選手時代がピークとなって、それからは
もはやそのレベルを越えることは不可能です。(だからこそ引退
するのですが)
しかし、僕を含め、生涯スポーツとしてバドミントンをエンジョイ
している方々は、全日本クラスの選手が到達したような高みに
までは、到底届いておりません。
つまり、そもそもが「まだまだ」なのです。
ということはこれから伸びる余地である「伸びしろ」は、実は
誰にもものすご〜くたくさんあるのだと思います。
例を挙げると、ひとつフェイントを覚えるだけで、それは劇的に
上達したようなものだと思います。
今までに打てなかったショットが、ラリー中に打てるようになる。
これは、当然試合全体の経過・結果に色濃く反映されてきます。
自分を振り返っても、できないプレー、してはいけないことを
してしまうなど、改善すべき、かつ改善可能なポイントはまだ
まだたくさん残されています。
極端な例を言うと、60歳からプレーを始めた方にしてみれば
それまでのバド実力はゼロだったわけで、そこから素振りを学び
フットワークや各ショットを学んでいけば、数か月も立てば簡単に
「人生最強」となることができます。
そうは言っても、実際のところ、中年〜高齢となってから劇的に
伸びる方はあまり周囲では見かけません。
しかしそれには大きな大きな理由があります。
それは
「今までの自分のプレーに固執して、変わる気(勇気)がないから」
です。
いかに、伸びしろがたくさんあったとしても、今までと同じ考え
今までと同じプレー、今までと同じ練習、今までと同じ反応を
していては、それは何にも変わることはありません。
「上手くいかないけど、この打ち方が落ち着く」
「色んなところに打ってみたいけど、自信がないからいつもの
コースに打ってしまう」
「フェイントを打ってみたいけど、できそうにないから使わない」
バドミントンを始めたばかりの時は、プレーに関しては純真な
子供のようなもので、全てが興味深く新鮮に感じて、色んなこと
を見たまま、感じたままに吸収し、それを再現しようとトライして
みるものです。
しかし、人間は元来が保守的にできていますので、ある程度
自分のプレーが確立(って大したことないレベルなのですが)
されてくると、その状態に安住を求めて、殻を破れず、練習でも
同じような人達と同じようなラリー展開を繰り返して、新しい
ショットや、クリエイティブな配球を生み出すことなく、最も
自分が安心するやり方の範疇で、ゲームを進めていこうとします。
それが、問題なのです!
今より少しでも良くなろう、上手くなろう、変わろうと思ったら
今のプレーぶりから変えていく必要があります。
そうでなければ、今までのまんまだからです。
上手くなりたい!変わりたい!と願っていながら、なかなかその
思いが叶わないというあなた。ひょっとしたら、自ら変わらない
ことを選択しているのではありませんか?
これは、人間の性格でも同じことが言えます。
そうしたい、今までとは違う自分になりたい、と思っていても
今まで長年一緒に連れ添って!?きた自分の性格のままで居る
方が、何かと楽だし好都合なのです。それが決してベストの選択
ではなくとも、です。
かといって、自分も含め、やはり今まで積み重ねてきたものも
ありますので、一朝一夕にはドラスティックに変わることは
できなかったとしても、小さなことから、例えば、普段行かない
店に行ってみる、普段食べないものを食べてみる、など普段の
自分ならば選択しない行動に敢えてトライしてみるのもいいかも
しれません。
そういうことから、自分に革命を起こして、今までできなかった
プレー、やりたかったけど怖くてやれなかったプレーなどに
トライする活力が生まれてくるのだと思います。
って、毎日のように王将に行って、毎回同じようなものを注文
している僕に言えた義理ではありませんが・・・(^^;
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話は前後しますが、洲本旅行の前に、九州旅行に行っていました。
目的地は、大宰府天満宮、有田の陶器市、山鹿温泉、そして人生
初の高千穂峡です。
大阪からなんと車で出かけたのですが、長距離ではあったものの
渋滞は全然なかったので、大した疲れはありませんでした。
つい先日、北九州に来たばかりでしたが、九州は何度来ても良い
ところですね。
大宰府で引いたおみくじは「大吉」!
嬉しかったのではありますが、おみくじのデザインが、サッカー
ワールドカップを応援とのことで、日本チームカラーのブルーに
なっていたのが、大宰府のおみくじ、という重みを少し軽くして
いたように思います。(端的に言えば残念だった・・・)
有田の陶器市では、自分用のお土産として、少し奮発し「至高の
焼酎グラス ジパング」という、金色に輝く高級焼酎グラスを
ハードな値引き交渉の末、超リーズナブルな価格で購入しました。
http://item.rakuten.co.jp/sagaippin/shou0301/
右下の金色のグラスがそれです。
このグラスで芋焼酎のお湯割りを飲んでみましたが、何か自分が
お金持ちになったような気がしました!?(味と関係ない)
山鹿温泉では、ゆっくりのんびり。馬刺しがとっても美味でした。
そしてそして、高千穂峡です。
ここは阿蘇山から流れ出た溶岩が、長い年月を掛けて、川に浸食
されてできた天然記念物の峡谷です。
http://takachiho-kanko.info/sightseeing/takachihokyou.php
ここでは、貸しボートに乗って、真名井の滝を間近に見るに限る!
ということで、到着した日に貸しボート受付のところに行って
みましたが、貸しボートの人気は凄まじく、午後1時にはもう
その日に乗れない状況になっておりました!!!
しかし、せっかく宮崎県まで車を飛ばして来たからには、絶対に
乗るベシ!ということで、翌日のオープン時間を確認して
それが朝7時からとのことだったので、出直して翌朝6時過ぎから
受付に並んでおこうと決めたのでした。
明けて翌朝。6時から少し回った頃に、貸しボート受付の小屋の
ところに行きましたが、その時点で既に30人くらい並んでおり
ました! 高千穂峡、恐るべし!
その列に並んで、ボート搭乗時刻から1時間半ほど待って、念願の
高千穂峡貸しボートを実現することができました。
ボートを漕ぐなんて、数十年前に多摩川で漕いだ以来ですので
最初は思わぬ方向に進むこともあり、他のボートの方ともガッツン
ガッツンぶつかってしまいました。
細く暗くそそり立った見事な峡谷で、慣れない手つきでオールを
漕いでいるのは、とても不思議な感じがしました。
ただ、ボートに乗っている人も、峡谷の上から見ている人も
非常に多かったので、パワースポットと言われる高千穂峡の
エネルギーを感じるには、少々賑やかすぎたかなぁ・・・
高千穂峡には、何羽か鴨さんが居て、のんびりのどかに日向ぼっこ
をしていました。
鳥さん好きな僕は、夢中でシャッターを切っていました(^^;
でも、昔からよくガイドブックなどで見ていた荘厳な景色の
一部分になれたことは「死ぬまでに行っていきたい所」の一つに
スタンプを押せたようで嬉しかったです。
これから死ぬまでに、何か所のスタンプが押せるのかなぁ・・・
来月は東京でYonex open Japanが開催されますね。
トマス杯優勝、ユーバー杯準優勝で盛り上がっている(はず)
なので、観客も増員が期待されますが、かくいう僕も大阪から
繰り出して見に行ってくる予定です!
その最大の理由は「林丹、生観戦」です。
おそらくは男子シングルスで史上最強の選手であろう林丹選手の
プレーを、死ぬまでに一度は生で見ておきたかったのです。
林丹選手は、既にオリンピック優勝、世界選手権優勝、全英選手権
優勝、トマス杯優勝と、全てのビッグタイトルを手中におさめて
きました。
そして、中国の選手としては、異例と言えるほど長きに渡り
活躍し続けてきており、いつ引退してもおかしくないと思ったの
です。
ということで、会場のどこかに、とても49歳とは思えない長身の
イケてる男を見かけたら、それは僕かもしれませんので、ぜひ
お声掛け下さい!?
あっそうそう、今日5月29日は僕の49回目の誕生日です!
早いもので40代もラストイヤーです・・・(^^;
でも、髪を伸ばして染めてからは、見た目もかな〜り若返り
そして、気持ちにも体力にも一切の衰えは感じておりませんので
今後も「永遠の29歳」で、明るく楽しく前向きに頑張っていき
たいと思います。
ということで、誕生日おめでとうメールは、あと9時間40分!?
どしどしお待ちしておりま〜す!
ではまた!