2011年04月04日

カウンターを恐れず押し込もう

大変長らくお待たせしました。
更新をサボりにサボってはや半月。
しかも前回、前々回の更新は申し訳程度の長さでしたので
実質は2月5日から更新していないのと同じでした(^^;

更新をサボっていた間もイベント自体はそこそこたくさんあった
のですが、イベントがあること自体が、同時に時間がなくなる
ことも意味していますので、ブログの更新ができなかったという
言い訳にさせて下さい!?

さて2月の頭までさかのぼることにしましょう(^^;
(これは長いぞ〜)
長すぎて分かりにくいと思われますので、ネタごとに表題を
与えていくことにします。


<石井先輩来阪>

まず、2月5〜6日は親愛なる石井先輩の大阪遠征でした。
その時分ものすごく睡眠不足の僕(って自分のせい)でしたが
楽しいイベントにおいては、自然に元気が出てしまうものです!
石井先輩が来られる17時20分近くになると、自然にソワソワして
くる僕なのでした。

石井先輩は予定より少し早く、17時頃に僕のマンションに到着
されました。
ソワソワしていた割には、まだ何も準備していなかった僕は
ソワソワ+ばたばたして、慌ててバドの準備を始めました。

今回は石井先輩が来られるということで、下記のゲストをお招き
しておりました。

家寿多さん→石井先輩の大学先輩。兵庫スーパーバード所属。
      昨年の全日本シニア45歳シングルスベスト16。

幡野さん→石井先輩のリベンジ対象(^^)全日本シニア50歳
     シングルス2位。近畿シニア50歳シングルス優勝。
     地井武男に酷似。

真野くん→全国社会人クラブ40歳シングルス2位。全日本シニア
     40歳ダブルスベスト16。文章作成が苦手!?

寺尾さん→全国社会人クラブ30歳ダブルスベスト8。以前登場
    した「ちょい悪オヤジ」

三坂さん→大阪社会人40歳ダブルス2位。2/26に近畿社会人40歳複
    で僕と組んでくれます。

いつもは閑古鳥が鳴くほど寂しい畷シャトルズの練習なのですが
ゲストが集まると非常に盛り上がります。
そしてミズノの小塚さんもお越し頂き、それはそれは活況を呈した
練習になりました。

僕はまずは石井先輩との事前打ち合わせ通り、家寿多さんと基礎
打ちしてから、恒例の半面シングルス(11点1ゲーム、サーブ権
あり)を実施しました。
前回の記事で書いた通り、家寿多さんはショートサーブの時に
かな〜り前傾姿勢になられます。
僕は冗談で石井先輩に

「家寿多さんの猫背を矯正するために、僕は半面シングルスで
あえてラウンド奥を狙って打ってのけぞらせますよ」

と話していました。
しかし猫背はショートサーブの時だけで、家寿多さんと打って
みると、なんだか身体が左に傾いているように見えるのです。

「いかん。これは矯正ポイントが増えた」

とまたクダラない事を考えながら対戦していました。
結果はラブゲームで僕の完勝!半面だと僕はほとんど動く必要が
ないのでした。
心配していた脇痛も、その段階ではあまり痛みを感じません。

続いてダブルス。超久しぶりに練習参加した北村くんと組んで
家寿多さん真野くんと対戦しました。
北村くんは著しい練習不足にもかかわらず、時折速いクロス
ドライブと粘るレシーブを繰り出して、僕らがファイナルで
勝ちました。

さらに続いて、近畿社会人40歳ダブルスで組む三坂さんと組んで
寺尾さん真野くんと対戦しました。
三坂さんは身体は大きくありませんが、よく動いてよく拾います
連打を食らっても、レシーブが非常に落ち着いているので
しのぎ切るケースの方が多かったように思いました。
結果は、1ゲーム目こそ僅差で落としたものの、2、3ゲームと
完勝でした。

凹む寺尾さん真野くんペアに僕は

「まあ、泣きの一回を受けてやらんでもないけど〜?」

と、勝利者にのみ与えられた特権で、上から目線の再戦を要求
して差し上げたところ、望むところ!と再度挑んできました。

一試合目の感じからして「もう負けへんな」と思っていた僕らは
1ゲーム目を軽く取り、2ゲーム目も軽く、と目論んでいたので
したが、そのあたりから僕の脇痛がどんどん痛みを増してきたの
です(ToT)
そこから、痛くて全然スマッシュが打てなくなってしまい
スマッシュに加えて、高い位置のバックハンドも痛くて振れなく
なってしまいました・・・

三坂さんが後ろで頑張って連打してくれたのですが、若干決定力
が足りなくて、寺尾さん真野くんに十分にレシーブで返されて
おりました。
そして僕はというと、手先でカットスマッシュしか打てません。
軽〜く切り替えされて、それを取りにいっても奥まで返せず
打たれて終わり。
逆に、ファイナルは大差で完敗となってしまったのでした。

スマッシュが打てない僕は、単なるへタレでした・・・

悔しいけど仕方ないなあと思っていたら、人工股関節男 見市が
僕と組んで、同じペア相手に対戦を申し出たのでした。

既報の通り、見市は公式にはまだバドをやってはいけないと
医者から言われております。
しかしながら、本人は居ても立ってもいられないのでしょう。
動きに相当制限がありながらも、半面シングルスしたりして
いるのでした。

見市は前は相変わらず取れない(取れる球もあえて取らない)の
ですが、その他の球に対しては相当な回復ぶりを見せており
特に身体近辺のショット、つまりドライブやレシーブについては
以前通りの切れあるショットを打つのでした。

とはいえ僕が全然スマッシュを打てないので、僕らの得意の
パターン(僕が後ろで打って、見市が前で押さえる)が全く機能
せず、そんな状況でも見市は前衛でかなり相手に圧力を与える
プッシュをしていましたが、やはり片割れに故障があると
どうしようもありません・・・
健闘むなしく1−2で負けてしまったのでした。

その時点で僕の脇痛はピークでした。そこでやめときゃいいのに
最後に色気を出して、子連れで来てくれていたミズノの小塚さんに
シングルスを申し入れたのです。

しかし小塚さんは、今ひとつ粘りが少なく凡ミスを連発。
僕はスマッシュこそ打てないものの、その他のショットは何とか
普通に近いショットを打てたので、1ゲーム目を完勝。そして
2ゲーム目も僕の優位のまま時間切れとなりました。

ちなみに、4度目の挑戦で幡野さんにシングルスを挑んだ石井先輩
は、1ゲーム目は競ったそうなのですが負け。
2ゲーム目は、大差での完敗と相成ってしまったのでした・・・
残念ながら、まだちょっと差は大きいようです。
ただ、差が大きいのを認識しながらも、挑戦を続ける石井先輩は
バドプレーヤーとして素晴らしいハートの持ち主だと思います。
勝てないからやらない、のではなく、勝てないからこそ挑戦する
この姿勢は、僕も見習わないといけないと思いました。

練習後は、いよいよメインの飲み会です!
利害関係の無い高校の部活の先輩と飲むのは、僕は本当に心から
楽しくてリラックスできて、とても貴重なひと時なのです。

今回は特別ゲストとして、家寿多さんも飲み会に参加頂ける事に
なり、石井先輩の車で僕のマンション入り口目の前の「はこべ」
に3人は向かいました。

すっかり顔になった僕は、この店のおやっさんに「毎度!」と
声を掛けられ、僕も笑顔で「こんばんわ!早速、生3丁!」と
店中によく通る「エエ声」でオーダーを入れました。
って、そんなに広くないお店ですが(^^;

マンションに車を停めにいった石井先輩は、お店到着までには
もう少し時間が掛かるかと思っていましたが、何と駐車場から
走ってきた!ということで、ビール3杯が注がれる前には
しっかり着席されたのでした。きっと1秒も無駄にしたく
なかったのですね!これまた素晴らしい(^^)

家寿多さんと飲ませて頂くのは始めてでしたが、以前もお会い
していましたし、石井先輩の先輩ということで全然始めてという
感じもせず、非常にリラックスさせてもらっていました。

家寿多さんは、なんか本当にお酒が好き!っていう雰囲気を
持っておられて、いつも穏やかな微笑みをたたえて、というより
少しニヤニヤしていて(^^)実においしそうにグラスを傾ける
のでした。

家寿多さんは最初「1時間だけ」とのことでしたが、飲んだら
最初の決心はグラグラに揺らいで、ほどなく「終電まで」という
嬉しい予定変更と相成りました。

となると家寿多さんは、腰を据えて焼酎のお湯割りに移行されて
実に飲み屋に似合うオヤジの雰囲気へと変貌してきました。

石井先輩は当初から僕の家に泊まる予定でしたが、僕も酔った
勢いで家寿多さんに

「家寿多さん!せっかくだから泊まっていって下さいよ。石井先輩
も泊まられますし。終電で帰っても明日帰っても大差ないですよ
今から帰るとしんどいですし・・・」

と猛然と家寿多さんを宿泊へいざない始めたのでした。

僕の熱心な誘いに、だいぶ酔っている家寿多さんはかなり心を
揺さぶられたようで、ちょっと泊まりもありかな的な迷いを見せ
始めたようでしたので、僕はもう一息!ということで、その時の
時間は22時半くらいだったのにもかかわらず

「家寿多さん、残念ながら香里園はもう終電終わってますよ」

と、むちゃくちゃな冗談で家寿多さんの帰宅を諦めさせようと
試みましたが、さすがにいきなり僕の家に泊まるのは憚られた
のか、後ろ髪引かれる思いで「はこべ」を発つことを決心された
ようでした。

な、な、なんと、そこでのお会計は全て家寿多さんが払って
くれたのでした!
家寿多さん、本当にありがとうございましたm(_ _)m

石井先輩曰く「先輩が後輩におごるのが、うちの大学の良き伝統
なんだ」とのことで、僕は直接の後輩でもありませんが、後輩の
後輩は、みな後輩(^^)ということで、僕も良き伝統の恩恵に
遠慮なく預かることになりました。
(ちなみにお二人の出身大学は武蔵工業大学です)

家寿多さんは

「で、駅はどう行ったらいいの?」

と心配されていたので、僕は酔いながら駅方向を指差し

「あちらに歩いていけば線路に突き当たります。そして左に
曲がって・・・」

と、若干ろれつの回らない口調で説明していたら、はこべの
おばちゃんが

「私が駅まで送ってあげる」

と、車で香里園駅まで家寿多さんを送っていってくれるとのこと
でした。

それならば安心と、石井先輩と僕は家寿多さんが帰られてからも
もう少しお店で飲んで、日付が変わる頃にお開きにしました。
今度は石井先輩にごちそうになり、僕の家で飲み直すことに
しました。

その時点で相当出来上がっていたのですが、せっかくの先輩の
遠征ということで、そこからさらに焼酎のお湯割りを、飽くこと
なくお代わりを続けて、気がついたら時計は3時を回ろうとして
いました。

途中途中で、僕は何度も白目をひんむいて、意識が飛んでいたの
ですが、それでも気合で覚醒を繰り返し「あれ、なに話していた
んだっけ?」と話題を思い出しながら、ひたすらグラスを口に
運んでおりました。

石井先輩はお酒が強いので問題なかったと思いますが、僕は尋常
でなく酔っていたので、話した話題の殆どを忘れてしまって
おりました。
しっかり覚えているのは、今年も高校の合宿を盛り上げましょう
今年は2つ下の代を呼びましょう!ということだったと記憶して
います。

話した内容はあまり覚えていなくとも、やはり部活の先輩との
飲みは本当に楽しいものです。
石井先輩は、滋賀から長野にまたまた転勤となりますが、また
長野からも大阪遠征してくれるそうですので、次回を楽しみに
しておきます。

はこべの写真はないのですが、練習時の写真を添付します。
DSCN2874.JPG

<守口市個人戦出場>

そしてその翌週2月11日は、守口市のダブルス個人戦です。
チョイわるオヤジ系風貌の寺尾さんにお誘い頂き、僕は1部の
試合に出させて頂きました。

不安だった脇痛も、恐る恐る打ってみたら何とかいけそうな様子
寺尾さんと組ませて頂くのは、試合では始めてでしたのでとても
楽しみでした。

最初の試合はそれこそしょっぱなで、僕らは、大学卒業したての
若者と対戦することになりました。
寺尾さんは対戦相手をよく知っており

「ショットは速いですが、ミスが多いので多分いけます」

とのことでした。

一進一退で競り合いながら、寺尾さんの老獪な配球で相手のミス
を誘い、最後に抜け出して1ゲームを先取しました。

実力的にはイーブンでしたが、ミスの差で僕らの方が少し優位
かなと思いながらプレーしていました。

その流れで2ゲーム目も競りながら、少し相手リードでゲーム
ポイントを握られました。
しかし僕らが追いついて逆にマッチポイントを握り返したの
ですが、あと1本が決めきれず、再逆転で2ゲームを奪い返され
勝負はファイナルへもつれ込みました。

しかし、ファイナルに入ると。勢いに勝る相手が押し気味で
試合を進めて、やはり競りながらも17−21で初戦を落として
しまったのでした・・・

この試合では僕がミスを多発させてしまいました。
寺尾さん、すみませんでしたm(_ _)m

この試合は、ブロックに分かれて、その中の1位が決勝に進む
形式でしたが、僕らに勝った若手ペアが他の2試合も完勝で
ブロック1位となったのでありました。

僕らも残る2試合は勝った(2試合のうち1試合は相手棄権)の
でしたが、無念のブロック2位に留まってしまいました。
優勝を目指していたのですが、まあ実力でした。
ただ、同世代の寺尾さんと組ませて頂いたことは、とても楽し
かったです。
また機会があれば、お誘い頂ければと思います。
次はもう少し頑張りますね(^^;
試合後、寺尾さんと記念撮影しました。
敗戦のショックなど微塵も引きずっていないかのような穏やかな
微笑みですね!
これを通称「作り笑顔」と言います!?
DSCN2881.JPG

<3級審判員講習会>

2月20日(日)は、3級公認審判員資格検定会に行きました。
これを受講した理由は、2級バドコーチの資格を取得したいから
です。
ちなみに僕はそろばんと英検は2級を持っています!?
両方とも実力はとうに錆付いていますが(^^;

バドミントンのコーチには1級から4級まであります。
正確に言うと

4級 = 指導員
3級 = 上級指導員
2級 = コーチ
1級 = 上級コーチ
となっています。

1級はトップクラスの選手を教える特別な存在ですので、一般的
なコーチの資格としては、2級が最上位となるようです。
その2級を取得するために必要な条件が

 一種大会(全日本総合、全日本社会人、全日本シニアなど)
 で、ベスト32以上の実績を持つもの。または一種大会で
 ベスト32以上の実績を持つものを直接指導したもの

とあるのですが、大前提が

3級公認審判員有資格者

なのです。

昨年の全日本シニアで、幸いにもようやくベスト32の壁を
破る事ができましたので、3級審判員の資格さえ取得すれば
必要条件だけは一応満たすことができます。

2級コーチになるには、もちろん講習会や試験がありますが
まずは必要条件を満たさないことには始まりません。

ということで、僕はお休みにも関わらず若干早起きして、会場で
ある樟蔭東高校に向かったのでした。

樟蔭東高校というと、バドミントンの強豪高です。
大阪総合の一般でも実業団の中でも勝ち上がっていますし
インターハイでも上位に名を連ねています。

しかし名前は知っていても、どこにあるのか全然知りません。
ネットで調べたら、近鉄奈良線の「八戸ノ里」が最寄り駅でした

香里園から行くと遠回り感たっぷりではありましたが、当日は
電車を乗り継いで現地に向かいました。

具体的には、香里園→京橋→鶴橋→八戸ノ里です。
大阪の方でないとイメージが湧かないと思いますが、これは
車で行けばまっすぐ南に行けばよいところを、電車の場合は
西に移動して、少し南に行って、そこからまた東に戻る、という
残念な経路なのでした・・・

八戸ノ里に到着して改札を出た僕は、左の方向に過敏に反応して
しまいました。
僕が愛してやまない「吉野家」様が、嬉しい事に駅構内で営業
していたからでした。(^^)

僕は吉野家の牛丼が、三度のメシより好きです!?
いや、三度のなか卯の牛丼、三十度の松屋の牛丼より好きです。

吸い寄せられるように店内に入り

「並と卵と味噌汁」

と決まり文句でオーダーして、まるで飲み物のようにかきこんで
5分くらいでペロッと平らげてしまいました。

ちなみに僕は、食べ物をあまり噛んで食べません。
そのため、いつもとても食べるのが早く、会社の人と一緒に
昼食に行くと、100%に近い確率で僕が最初に食べ終わります
吉野家の牛丼などは、僕にとってはとてもおいしい流動食の
ようなイメージです!?

満足度最高(安上がりな最高ですね・・・)になり、快活になった
僕は、調子に乗って一人で働いていた店員さんに親しげに質問を
投げ掛けました。

「あの〜、樟蔭東高校に行くのは、どの道が最短ですか?」

実は事前に地図を見ていたので、特に聞かなくても問題なく
行けたと思うのですが、美味しい牛丼は僕を必要以上に社交的に
していました。

「あ〜、ショウトンですか」

ここで僕は、樟蔭東高校が地元では「ショウトン」と言われて
いるという知識を得る事になりました。

聞かずとも道は知っていたので、話三分の一くらいでいい加減に
聞いて(スミマセン・・・)その「ショウトン」に向かったの
ですが、これが意外に遠い(^^;
定められていた集合時間に遅れそうになったので、最後の方は
小走りになって、少し汗ばむくらいになってしまいました。

講習会は、きっと人数は少ないんだろうなあ、多分10人くらい
じゃないかと予想していたのですが、大きく外れて30人は
超える盛況ぶりでした。
ちょっと驚いたのは、トッププレーヤーである村松さん(ゴーセン)
も講習を受けられていたことです。
また近畿大学の巽選手もきていました。
巽さんは僕の斜め前に座ったので、話しかけてみたら

「僕もゴ-センに入ることになったんですけど、チームで何人かは
3級の資格を持つ必要が出てきたんです」

とのことでした。

僕は30年バドミントンを続けてきましたが、考えてみたら
今までちゃんとルールを学んだことはありませんでした。
目的は違いましたが、自分が真剣に取り組んでいる競技について
きちんと学ぶ機会を持てたことは、非常に有意義でありました。
みなさんも、別に講習は受けないまでも、一度はルールブックに
目を通してみることを強力にお勧めします!

午前中一杯講義を受けて、最後に筆記試験でした。
6割正解で合格なのですが、ルールブックを見ながら回答して
よいので、よほどのことがない限りまず合格します。
当日受講した方は全員合格していました。
ちなみに僕は全問正解でしたが、僕が採点を担当した巽さんは
7割くらいの正答率でした(^^;

そして午後からは実技試験です。
といっても大したことをするわけではなく、樟蔭東高校の生徒の
練習試合を実際に審判するだけの話です。
その審判ぶりを試験官が見て合否を判定します。

3級審判員は、基本的に線審のみです。線審というとそれほど
難しいイメージもありませんが、それはそれなりにマナーが
存在します。
試験官の方からは下記のご指導を賜りました。

1)アウトのジェスチャーは、肩の高さで両腕を水平に大きく
  拡げ、指先までピシッと伸ばす事。
2)その際の発声は体育館中に響き渡るくらい大きな通る声を
  出す事。
3)ジャッジをする際は、主審とアイコンタクトすること。

3)については主審側にも求められることで、主審はいかに
明らかにインだったとしても、自分の判断で「イン」とか
「アウト」とかやらずに、それをジャッジしている線審の判断を
見て、そしてその線審とアイコンタクトしてから、そこで初めて
ジャッジをせよ、ということでした。
実技試験では持ち回りで主審もやりましたが、その際は試験官
のご指導に従い、どう見ても明らかにアウトの球に対しても
一応線審のジャッジを見て、その線審とアイコンタクトしてから
ジャッジを進めていた僕は、真面目な生徒でした!?

樟蔭東で懐かしい再会がありました。元中央ホームの藤原くんが
そこでコーチをしていたのでした。
そのことはどこかで聞いて知っていたはずでしたが、その時は
綺麗さっぱり忘れていました。
藤原くんは、線審席に座る僕に近づいてきて

「正岡さん、大きな声でお願いしますよ!アウトのジェスチャー
を野球のアウトみたいにしたらダメですよ」

と、軽いジョークで和ませてくれました。
ちなみに藤原くんは、元日本リーガーのヒジョーに強い選手です。

試験の結果は・・・何のことはない、全員合格でした。
僕らは登録料等で¥7,000(高い!)払って、これで晴れて3級
審判員の資格を得る事ができたのでした。

噂によると、全日本シニアに出場するために、3級審判員の資格
を得る事、という条件が付加されるかもしれないとのことです。
これについては趣旨を理解できなくもないですが、まず¥7,000
の費用が高すぎるのでせめて¥2,000程度に下げるべきという
ことと、その制度の実行は2〜3年後にすべきだと思います。
というのは、審判員の講習会があまり頻繁にやっておりません
ので。


<近畿社会人個人戦出場>

2月26、27日は、近畿社会人個人戦でした。場所は京都の宇治市
です。
宇治と言えばお茶や10円玉の平等院鳳凰堂で有名ですね。
しかし、実際は城陽市との境に近い、太陽が丘運動公園という
広大なスポーツセンターで実施されたのでした。

初日がダブルス。既報の通り僕は箕面クラブの三坂さんと組ませて
頂いて、40歳の部に参加することになっていました。
当日会場で組み合わせを見たのですが、僕らは第一シード下
でした・・・
最近は、もうシード下にしか居ないような気すらします(^^;

一回戦は相手棄権で勝ち上がり、第一シードと対戦することに
なりました。

兵庫の選手だったのですが、僕は名前も顔も知らなかったので
脈絡のない自信で「まあ、大丈夫やろう」と高をくくっていたの
でした。

対戦相手を見ると風貌は見事なまでに「はげ頭」
また身体も細くひょろっとしていて、僕と三坂さんは相手の実力
も知らないのに

「これはもらった」
「あんなおじさんとやるのは何か申し訳ないなあ」

と、勝手極まりない哀れみすら感じていたのでした。

実際に対戦してみると思ったよりは強く感じましたが、これは
まあ大丈夫だろうと、最初の印象は崩れておりませんでしたが
はげの方の前衛のでプッシュが意外に厳しく、点数としては
接戦のまま推移しました。

僕らはというと、大した緊張もしていないはずなのに、なぜか
試合運び自体が浮ついた感じで、僕も三坂さんも普段のプレーが
できておりませんでした。

そんな感じで第一ゲームを落としてしまい、これはイカンと第二
ゲームは気合を入れなおして取り返し、勝負はファイナルへ。

しかし、中盤から相手の攻めに切れが出始めて、ちょっと点差が
開いてしまい、そのまま終わってしまいました(ToT)
実質、屈辱の一回戦負けでした。

対戦前は確かに心には余裕がありましたが、対戦中は気を抜く
ことなくしっかりやっていたつもりですので、残念ながらこれは
実力負けでした。
相変わらず僕のミスも多く、頑張って練習してきてくれた三坂さん
には申し訳ない気持ちでした。
結局、僕らに勝った第一シードペアがそのまま優勝しました。
これがせめてもの救いでした・・・

僕と三坂さんはいつできるか分からないリベンジを誓い、まだ
お日様がさんさんと降り注ぐ明るいうちから、早々に会場を後に
したのでした。
ちなみに帰りは岡本さんに乗せて頂きました。ありがとうござい
ました。

翌日はシングルスです。ダブルスでは悔しい結果に終わりました
ので、専門!?のシングルスでは優勝を狙っておりました。
また、近畿シニアで2位ならば、優勝しなければいけないと
思っておりました。

しかしまたもや僕のポジションは第二シード下なのでした。
何か悪い事したかなあ?

一回戦は京都舞鶴のおじさんでした。
みるからに年配のおじさん(って同年代のはずですが)という
ルックスで、僕は昨日に続いて油断しかかりましたが、対戦して
みなければわからない、ということで、普通に頑張りました。

すると申し訳ないくらいに、そのおじさんは体力がありません。
僕が普通にラリーしているだけで、100m全力疾走直後のような
恍惚の表情と息遣いをしておられました。

ここで勝利は確信したので、ずるい僕はこのおじさんを密かに
ウォームアップ要員に任命することにしたのです(^^;
つまりは、決められる球でもつないでラリーを長くして、自分の
体をほぐすことに利用させて頂いたのでした。すみません・・・

しかし僕のその極秘作戦も失敗に終わりました。
緩めにつないでもラリーが続かないのです。
結局、大差の2−0で完勝して、第二シードとの対戦です。

第二シードは兵庫の武中さんでした。
実は武中さんとは一昨年の全日本シニア40歳シングルスの一回戦
で対戦しており、その時は2−0で勝たせて頂いておりました。
そのイメージがまだ残っていましたので、精神的には余裕が
ありましたが、対戦してみると僕の凡ミスがひどいのです。
落ち着こうとしている反面、なぜか気持ちが浮ついていて
その状況でミスが続くと、どうにも気持ちも体もコントロールが
できなくなって、第一ゲームは大差で落としてしまったのです!

実にイヤな負け方でした。これはまずいと本当に思いました。
イライラもつのっておりました。
しかし、その試合をコートサイドで応援してくれていたATMの
合田さんは

「普通につないでいけば全然大丈夫ですよ」

と優しく微笑みながらアドバイスをくれました。
合田さんは、昨年の全日本シニアの時も応援してくれていました
本当に心強い味方です。いつもありがとうございます。

そのアドバイスを胸に、僕はとにかく慌てないでしっかり四隅に
球を散らしてつないでいこうと思いました。
そうすると、今度は逆に武中さんが先に辛抱しきれずにミスを
出してくれるようになったのです。
特にフォア奥(武中さんはサウスポーなので右奥)からのカット
をよくネットにかけてくれて、第二ゲームは12〜3点くらいで
取り返しました。

すると完全に落ち着きを取り戻した僕は、どんどんミスも減って
ファイナルは危なげない大差で逆転勝ちを収めることができたの
でした。

これは合田さんのアドバイスが大きかったと思います。
合田さんの優しいアドバイスは、とても信頼できると思いました。
今後ともよろしくお願いします(って読んでくれているか分かり
ませんが)

続く準決勝は、近畿シニアでも準決勝で対戦した兵庫の坂本さん
でした。
坂本さんは伊丹BCに所属されており、真野くんの知り合いでした。
にこやかで社交的な方ですので、何か闘志が湧きにくいのでした

前回勝っておりましたが、ファイナルでの勝利でしたので
絶対的な自信があったわけではありません。
しかし対戦してイヤなのは坂本さんの方だろうと思って、淡々と
頑張ろうと思いました。

以前同様、坂本さんはアグレッシブにスマッシュを僕のフォア側
へ叩き込んできました。
それがエースショットだと坂本さんも認識されているようで
僕はその半分くらいは取れませんでした(^^;

その勢いのまま、前回の対戦同様第一ゲーム目は13-18くらいと
大量リードを奪われ、ラリーポイントだと逆転は厳しいので
「これはまたファイナル勝負かな」とちょっと気持ちは終わって
いたのですが、一応一生懸命に頑張り続けました。

頑張ったご褒美でしょうか、な、何とそこから怒涛の大逆転!
坂本さんのスコアは18点でピタッと止まり、21-18で第一ゲームは
僕が先取したのです。これにはさぞ坂本さんも落胆したことで
しょう。

第二ゲームに入っても坂本さんの攻撃は厳しかったです。しかし
厳しく振られながらも頑張って粘っていたところ、段々坂本さん
の表情に疲れが浮かんできました。
それと同時に、動きがちょっとずつ遅くなってきたのです。
それを見て僕は段々自信を増してきました。

作戦としては、結局二回戦目と同じなのですが、ラリーを長く
する、これに加えて、少しずつ返球を速くする、ということを
心がけました。

すると坂本さんは、上気した顔で徐々にノータッチが増えてきて
最後は半分くらいの大差で、近畿シニアに続いての完勝となった
のでした。

試合後坂本さんと話しました。二人の共通認識は、やはり第一
ゲームを逆転したことが大きかったということでした。
僕も諦めていましたし、坂本さんもいけると思っていました。
第二ゲーム中盤以降は、坂本さんの体力に赤信号が点灯していた
ので、僕は余裕を持てたことを伝えました。
坂本さんいわく
「決まった!と思った球を拾ってくるので疲れました」
とのお褒めのコメントを頂けました。
僕は
「坂本さんは体力があれば実力はイーブンだと思います」
と本音をお伝えして、坂本さんになわとびを勧めておきました。
実は最近僕が全然できていないのに(^^;
坂本さんはにこやかかつ穏やかな好人物で、また一緒にバドやり
たい気持ちになりました。
坂本さん、今後ともよろしくお願いします。

決勝は、昨年優勝して第一シードの真野くんとの対戦でした。
真野くんとは昨年の大阪社会人の決勝でも対戦しております。
何回も書いてきましたが、今まで何十回と対戦してきましたが
おそらく負けたことは1回くらいだったと思います。

ということで、僕は優勝を強烈に意識しましたが、公式戦であり
真野くんも頑張ってくるので、気を引き締めて戦いました。

真野くんは最近シングルスを頑張っているということで、以前の
ような凡ミスが少し減ったという印象がありました。
しかし、実力に勝る(^^)僕の方が終始少しリードを保ち
第一ゲームを数点差で先取しました。

ここでだいぶ気持ちは落ち着きましたが、第二ゲームに入ると
真野くんの頑張りは際立ちました。
僕のクリヤー攻撃にも粘り強くついてくるし、僕の渾身の
スマッシュも頑張ってレシーブしてくるのです。
また僕のミスも若干目立ち、一進一退のまま16-18とリードを
許してしまいました・・・

しかしここからは対戦成績圧倒的優位の僕が、またまたそこから
一点も許さず5連続得点で逆転勝利。
嬉しい近畿社会人初優勝となったのでした!ヨ〜シ。

真野くんと試合後話しましたが、やはり第二ゲームの逆転負けを
悔やんでおりました。
僕は勝ったから言える特権にて

「一本の厳しさを教えてあげたっちゅう訳ですわ」

と気安い仲だからこその冗談でしたが、あの状況では真野くんは
相当悔しかったと思われます。ゴメンね。
真野くんには

*連続クリヤーを続けるのはいいが、そこから先手で攻撃がない
 ので、僕はクリヤーを待って楽に対処できた。クリヤー合戦の
 最中に、カットやスマッシュを交えていくべきである。
*ネット前からのショットにもう少しフェイントがほしい。

という本音のアドバイスを送り、最後に「いい試合でした」と
固い握手を交わしましたが、真野くんの握力は心なしか弱かった
かなあ・・・

僕は来年から45歳の部に移行するので、真野くんは僕に最後まで
勝てなかったことを相当悔やんでおりました。
まあ、また真野くんが45歳になったら対戦できるよ!(^^)
今後ともよろしく。また畷シャトルズの練習にも来て下さい。


<池田オープンシニア>

三坂さんから誘われていたこの試合。3月6日に池田市は五月山
体育館にて行われました。
香里園からはかなりfar awayなのですが、近畿社会人に続いて
三坂さんと組めるのはとても楽しみでした。

この試合には、大学の先輩の山田さん(さくらBC)、大学同級生の
前川、そのパートナーの野呂さん、SOBの森さん、スピニングラケッツの
木村さん、そしてもうおなじみの!?坂本さんなど、知り合いが
多く参加していたので、とても楽しい雰囲気でした。

なんだかんだと三坂さんとは公式戦未勝利ですので、二人とも
「まずは1勝!」と意気込んでいました。

形式はブロックごとに分かれて、勝ち上がりがトーナメントに
進むやり方でした。
ブロック内では、全く問題も危なげもない勝利で、三坂さんとの
公式戦初勝利の感激はとても薄い感じになってしまいました!?

3ブロックでしたので、決勝トーナメントは3チームの争いです
くじ運に強い僕がシードを引いて、これで自動的に準優勝確定
です(^^)

反対側の山で、野呂さん前川対森さん坂本さんが対戦しましたが
森さん坂本さんの大差での完勝でした。

決勝は気合が入る戦いでした。
僕は三坂さんに

「優勝したらブログの戦績欄に載せます」

と話しており、僕としても優勝したかったし三坂さんもブログの
戦績欄に載りたかったようでした(^^)

第一ゲームを僅差で落とし、第二ゲームを三坂さんの泥臭い粘り
で奪い返し、勝負はファイナルへもつれこみました。

しかし森さんの「三坂さんに上げ」攻撃!?(レシーブなので攻撃
というのも変ですが)によって、僕が前衛でなすすべなく棒立ち
の形になってしまい、三坂さんも頑張って打ち続けてくれたの
ですが、三さんのレシーブは固く最後まで打ち崩すことができ
ませんでした。
たまに僕に上がってきた球もなかなか決めきれず、4〜5点の差
で森さん坂本さんの軍門に下ってしまったのでした・・・
悔しい敗戦でしたが、これはもう完全に実力負けでした。

試合後悔しさから立ち直りきっていない僕に、坂本さんが笑顔で
近づいてきて

「やっとリベンジできました」

と嬉しそうに言ったので、悔しさから極度の大人げない状態に
あった僕は

「まあ、ダブルスだからいいっすわ」

といかにもシングルスならば負けないんだ!と負け犬の遠吠えを
ほざいたのですが、すぐに気を取り直して

「いや、でもまあ完敗でした。またお願いします」

といつもの!?礼儀正しいマサやんに戻ったのでした。
しかし久々に悔しい敗戦でした・・・

試合後は三坂さんに駅まで送ってもらって、僕は悔しさから駅の
コンビニで缶ビールを一缶購入し、電車が来つつあったにも
かかわらず、ホームで一気飲みを敢行したのでした。
悔しくなくても飲んでた可能性・・・100%でした(^^)

三坂さん、敗戦は残念でしたが楽しい大会にお誘い頂いてどうも
ありがとうございました。
またお気軽にお声がけ下さい。次回は優勝したいですね!
試合後の写真を添付します。
一応準優勝ということで、喜んでおります!?
DSCN2900.JPG

<スマートフォン購入>

皆さんはスマートフォン持っていますか?
最近は電車でもよく見かけるようになったこの先進のアイテム。
僕は少なからぬ興味を持っていました。

会社の部下が持っているのでちょっと拝借して使わせてもらった
ところ、その凄さに度肝を抜かれました。
出張で淡路島を車で走っていたのですが、そこでスマートフォン
のナビを試したところ、GPS信号を受信できないにも関わらず
瞬時に自車の位置を表示して、きちんと!?画面上で移動して
いるのです。
そう、これはもう既に携帯電話の領域を超えており、つまりは
スマートフォンを持ち歩くこと=パソコンを持ち歩くことと同じ
なのです。

パソコンのサイトに簡単にアクセスできるし、タッチパネルの
簡単な操作で拡大・縮小・スライドも自由自在。
you tubeでバドの試合も見れれば、海外のFMも聴けるし、感動
したのは、海外の新聞も読めてしまう(いや、正確に言うと
見られるのであって、意味はちょっと・・・)のです。

このあまりの便利さには完全に脱帽しました。
今までの携帯があまりに無力に感じるほどです。

日本は携帯電話の分野で世界的に遅れています。
会社の部下に教わったのですが、普通の携帯電話は、嘲笑の意味
を含んで、今では

「ガラケー」

と呼ばれているそうです。

これはガラパゴス携帯の略で、進化に取り残されたガラパゴス島
にちなんで名付けられたものです。
それも随分な言い方だと最初は思ったのですが、実際にスマート
フォンを使ってみると「確かに」と同意せざるを得ません。
つまり、それくらい大きな大きな差があるのでした。

僕は確信します。将来的には、世の中の携帯は全てスマート
フォンに淘汰されるでしょう。
もう少し料金が安くなればとは思いますが、ガラケーとの差が
ものすごく大きいからです。

ちなみに僕が持っているのは「GALAXY S」です。
これは韓国サムソン製で、部下が持っているのと同じ機種です。
「家電批評」という雑誌に拠ると、この機種が最高の評価なので
ありました。
韓国は携帯では遥かに日本より進んでおります。
タッチパネルの反応速度も敏感で、かなり満足しております!

ということで、皆さんも是非購入をお勧めします。
無料アプリの「skype」をインストールしたら、マサやんと無料
で会話ができますよ(^^)
ってしたくないかもしれませんが・・・

では、ようやくバドの話。

<カウンターを恐れず押し込もう>

シングルスでもダブルスでも、ネット前に微妙に浮いてきた球の
処理にはいつも悩んでしまいます。
プッシュしようか、安全につなぐか、それとも落とそうか・・・

ミスをしない、という観点からすると、無理はしないできっちり
ロブを上げるなり、ラケットを立ててネットに落とすというのが
第一に浮かんでくる選択肢です。

しかし考えようによって、少しであったとしても浮いてきた球は
こちらにとってはチャンスボールであることには変わりません。

じゃあそこでどうするかというと、多少無理気味でもそこで
押し込む(プッシュする)のです。

このプレーは、ある恐怖との戦いとなります。
それは

「カウンターを食らってしまうのではないだろうか?」

ということです。

そう思ってしまうと、せっかく突けるチャンスがありながらも
自重して安全策をとってとりあえずつなぐということになって
しまいます。

それが非常に悪いわけでもないのですが(とにかくミスはしない
ので)そればかりでは、なかなか相手にプレッシャーを与える
ことができません。

多少無理気味でも速く押し込むことによって、相手に余裕を与え
ないのが大きいのです。

僕の技術顧問の見市いわく

「強く振って強い球を出すのと、速く返球して相手に余裕を与え
ないのと二つの考え方がある」

今回のテーマはまさに後者です。
強い球が効果的であることは間違いないのですが、それを打つ
為にシャトルを呼び込んでしまっては、その時間を利用して相手
にも体勢を整えられてしまいます。

それよりは、多少リスキーではあるものの、少しでも速い返球を
することによって相手の時間を奪う、という考え方は相当効果的
だと思います。

強く打とうとすると、どうしても大振りになりがちです。
でもそうやって大きく振るのは、相手にも対応されやすいという
ことにつながってしまいます。

少しでも速くタッチして、相手に余裕を与えない。
無理気味のプッシュは、ネットを越えて沈まないかもしれません
しかし、相手の意表を突くという意味では、十二分に価値の高い
ストロークだと思います。

ぜひ皆さんも、これはプッシュしにくいな、と思う球を、多少
無理気味にでも押し込んでみて下さい。
相手が対応する時間を奪って、甘い球が返ってくるかもしれない
ですよ!

***************************

ああ、ようやく久しぶりに更新できました。胸のつかえがとれた
ような感じです。
しかしこんなに書き溜めているようではダメですねえ(^^;
ちこりんさんからのコメントにもレスポンスできておりません
でした。ちこりんさん、ごめんなさいm(_ _)m
もう少し頑張って更新を早くしたいですが、どうしても忙しさが
最近ハンパねえ状態なのでした・・・
今後もあまり期待しないでアクセスして下さい!?

僕の祖母は愛媛県松山市に健在で、こないだの3月31日が誕生日
でした。
祖母は大正7年生まれで、なんと93歳!!!
しかし頭はしっかり明晰で、僕が前回の電話で話したことなど
実によく覚えているのでした。スゴいです。

僕は祖母孝行ということで、不定期ではありながら比較的頻繁に
電話をします。
一旦電話をすると、祖母はせきを切ったように喋りまくって
大概45分〜1時間くらいは普通に話すのです。
まあ、やはり寂しいのでしょうね。

今回電話した時も、同じくらいの時間を想定していましたが
会話の途中で

「もうそろそろ、ばあちゃんの好きなテレビが始まるから」

と、予想外の10分程度でおめでとうコールは終わってしまったの
でした。

僕は、孫との会話よりテレビ番組を優先されたことに、若干
ガクッときましたが、まあおばあちゃんが楽しみにしている番組
ならば、是非楽しんでほしいと思いました。

おばあちゃんの好きな番組は・・・な、な、何と今をときめく
アイドルグループ「嵐」の番組なのでした。

さすがの孫も嵐には勝てませんでした(^^;
しかし93にもなるおばあちゃんが、若者にも人気の嵐を知って
いるだけでなく、好きだということがとても微笑ましく、祖母の
気持ちの若さが嬉しくもあるマサやんなのでした。

おばあちゃん、最近は足腰も弱ってきたそうですが、いつまでも
元気に嵐の番組で盛り上がって下さいね。
また松山に行きますので。
って、このブログなど見ているはずもないのですが、独り言と
して語らせておいて下さい。

次回はもう少し早めに更新します。
これではブログでも何でもありません!?

ではまた。
posted by まさやん at 00:35| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする