相当過去の話なのですが、まだまだ現在に記事が追いつかないの
です(^^;
これは団体戦でT部(若者)とU部(6名の年齢合計280歳以上)
と分かれており、男子ダブルス、女子ダブルス、混合ダブルスの
3試合で戦います。
僕は45歳ということで、U部の四條畷Aチームで出場しました。
実はこの大会は昨年も出場しており、僕はやはりAチームで出場
しましたが、準決勝でセントポーリアというチームに惜敗し
涙を飲みました。(と言うほど大そうな試合ではありませんが)
セントポーリアももちろん大会規定通り、年齢合計280歳以上と
いうのをしっかり守っているのですが、何とこのチームには
御年80歳の女性がいらっしゃるのです!
普通!?のチームは、6名で280歳ということは、平均は46.6歳
ということになりますが、セントポーリアはこの御年80歳の方の
おかげ!?で、(280-80)÷5=40歳という計算が成立してしまう
ため、80歳の方を除けば平均で6.6歳も若いチームなのです。
昨年対戦した時にも、この80歳の女性は出場されておりました。
(昨年は79歳ですね!)
ミックスに出場されたのですが、組んだ若い男性がシングルスの
ように動き回り、規定通りの年齢ペアの我がチームは、その若い
男性一人にやられてしまった形だったのでした。
今回の我らが四條畷Aチームのメンバーは
O本さん(64)→今回の助っ人。大阪社会人60歳シングルスチャン
ピオン
とM市、僕が男性陣で、女性はW谷さん、N川さん、S口さんでした
予選リーグは4ブロックに分かれていて、僕らは難なく予選突破
して、決勝トーナメントに進出しました。4ブロックなので
つまりその時点でベスト4ということです。
準決勝は、北中・さくらというチームでした。
ここは、大学の大先輩Y田さんと、チョイわるオヤジで有名!?
なT尾さんのチームでした。
一試合目は、M市僕VS Y田さんT尾さんだったのですが、Y田さん
は御年60歳ですので、40代3人の中ではちょっときびしかったと
思います(^^;
しかしこのY田さん、普通の60歳とはちと違うのです。
マラソンを頑張られており、先日などフルマラソンをな、なんと
二週連続で走ったそうなのです!!!
マラソンの体力では到底かないそうにありません。さすがは
大先輩です。
しかし先輩ではありますが、対戦相手ですので、きっちり全力で
やらせて頂き、完勝させて頂きました。
Y田先輩も、後輩の活躍に目を細めたことでしょう!?
って、僕はサークルは途中で止めているのですが・・・
続く女子ダブルス、混合ダブルスも完勝で、僕らは決勝に進出
しました。
決勝の相手は因縁のセントポーリア。昨年の二の舞にはなりたく
ありません。
決勝の時点で、体育館に残っていたのは2チームだけ。
会場に残った人たちが見守る中での試合は、否が応でも気合が
入りました。
男子ダブルスはM市僕VS N島くんU野さんでした。N島くんU野さん
は、社会人の個人戦でも組んでおり、僕らより若くて活きの
いいペアでした。
N島くんだけくん呼ばわりなのは、彼は以前僕ら主催の合宿に
参加したり少し懇意だったからです。
その合宿で、N島くん、いやジマさんが、和食さとの駐車場で
車をぶつけてアチャー顔をしていたことを昨日のことのように
思い出します(^^)
M市の回復ぶりは日に日に顕著となり、以前のように前を拾う時
コケるということがなくなりました。
そればかりでなく、段々と少しずつ普通に打てていた頃のプレー
に戻りつつあるのです。
と言いながらも1ゲーム目は競りましたが、僕らが何とか先取。
2ゲーム目もリードして、マッチポイントを握りましたが、そこ
から相手ペアの粘りに遭い、大逆転で落としてしまったのです。
この試合は特別ルールで、デュースなし、ファイナルは11点と
いう変則ルールでしたので、ファイナルは出だしから緊張感が
ありました。
11点など、あっという間に到達してしまうからです。
しかし地力に勝る僕らが固いレシーブ(固いのはM市で、僕は
それほど余裕はありませんでしたが・・・)で相手の攻撃を
跳ね返して、セーフティリードを保ったまま押し切りまずは1勝
思わず競ってしまったことと、大事な団体戦だということだった
ので、勝てたことがとても嬉しい試合でした。
続く女子ダブルスは、相手がT田さん、Y田さんというかなり強い
ペアで、ちょっと実力的に厳しく我がチームが敗退して、勝負は
混合ダブルスへともつれこみました。
ここでの相手が、そう!80歳の女性を擁した(って言うのかな)
ミックスなのです。
ミックスでありながら、シングルスのように動くのはT田さん。
女子ダブルスのT田さんの旦那さんです。
T田さんは、全日本シニアの時に、僕の試合を応援してくれて
いました。その節はありがとうございましたm(_ _)m
80歳の方がバドコートに立っているだけでもすごいことなのに
試合に出てプレーしているのだから本当に驚きです。
しかしいかんせん80歳という年齢は厳しく、ほぼ棒立ちに近い
形でした。
しかし時折ネット前で、図っていたようなカットをするので
対戦相手はおろか、応援している僕らまで度肝を抜かれるので
ありました。
そしてT田さんが実によく動きよく拾い、そしてよく攻めてきて
それなりに強いと思う我がチームのペアに、対等いやそれ以上に
襲い掛かってきたのです!
普通は80歳の方を狙えばそこでラリーが途切れるはずなのですが
T田さんは上手い球回しで、実によくコートをカバーリングして
その「ハンデ」をものともせず頑張っておられました。
その試合で優勝が決まるので、プレーする選手はもちろんのこと
観戦する人たちも、息詰まるラリーに歓声やため息を繰り返して
おりました。もちろん僕もそうでした。
勝負は運命のファイナルへ・・・
ここまでよく頑張っておられたT田さんも、ほぼコート全面を
カバーしている影響で、疲れて動きが若干鈍くなったことと
我がチームは非情にも、80歳の方に全てロングサービスを浴びせ
・・・いや選手として試合に出場している以上、別に悪くも
何ともありませんね(^^; 最後はリードを保ったまま辛くも
逃げ切り、雌雄は決したのでした。
我が四條畷Aチームの優勝です!
勝利が決まった瞬間、僕らは思わず立ち上がり、両手を大きく
上げてガッツポーズしていました。
四條畷チームもその関係者も全員笑顔で、大事な試合をしっかり
勝ちきってくれたO本さんとN川さんに大きな拍手を贈り、そして
力強いハイタッチを交わしたのでした。
実を言うと、僕はすっごく嬉しかったのです!!!
個人戦の優勝ももちろん嬉しいのですが、団体戦での勝利は
確実にひと味もふた味も嬉しさの大きさが違います。
今回の優勝は、もちろん全員頑張ったからこその勝利ですが
非常に大きな原動力となったのは、助っ人で急遽お越し頂いた
O本さんのベテランらしい安定した試合運びがあればこそだった
と確信します。O本さん、どうもありがとうございました。
また来年以降もお願いします(^^)
僕はM市と「優勝したら祝勝会しよう。でも負けたら解散しよう」
と話しておりましたが、幸いにも前者が実現することになったの
でした。
会場は忍ヶ丘駅近くの「八剣伝」と決まり、僕は一足先に徒歩で
向かい、座席を確保しておくことになりました。
本当はいつも!?の「あぐ楽(ら)」が良いのですが、メンバー
の情報で、改装中だったとのことで諦めました。
四條畷サンアリーナから八剣伝までは直線で1kmくらい。
徒歩でも十分に行ける距離です。
僕はここで「秘密兵器」のスマートフォンを手にしました。
携帯のナビ機能を使って、場所を知らない八剣伝にたどり着こう
と思ったのです。
豊富な機能を持つこの先進の機器も、使わなければ宝の持ち腐れ
になります。
僕はのぞき込むM市を前に、得意気にナビ機能を呼び出し
これみよがしに音声検索にて
「忍ヶ丘 八剣伝」
と発声し一発で検索成功して軽く驚くM市に、わずかな快感を
覚えていたのでした(^^)ちっちゃい話です・・・
以前K村さんとゴルフに行った時に、レクサスで専用デスクに
音声でナビ検索を、あえて僕らの眼前で実演して得意満面の
K村さんのことを書きましたが、これではまるで同じです。
レクサスとスマートフォンではだいぶスケールが違いますけど。
そして僕はスマホのナビに導かれるまま、画面を見つめながら
八剣伝目指して歩いていきました。
ナビは確かに八剣伝を目指して経路を表示してくれてはいました
しかし、何かあまりに大雑把な指示なのです。
直線で1kmならば10分も歩けば到着します。多少の紆余曲折は
あっても、15分でおつりが来ると思うのですが、僕はゆうに20分
はテクテク歩き続けたのでした。
そうです。スマホに全然慣れていない僕は、経路の設定を「車」
にしていたのでした(^^;
ナビの指示は、真っ直ぐ行って直角に左折でした。
お店の場所を知る人ならば、左斜めに真っ直ぐ進んでいた筈です
途中で気づいた僕でしたが、お店の場所に自信がなかったので
急がば回れ、安全確実に遠回りながらも引き続きナビに従うこと
にして、試合で疲れた身体に重いバッグを背負って、歩き続け
ました。
ようやくたどり着いて、お店に入り、7名ですけどいけますか?
と聞いたら、無念の「すみませんが一杯です・・・」の宣告。
僕の疲労度は一気に上昇しました。
せっかく遠回りしてまでたどり着いたのに〜
その直後他のメンバー3名もたどり着き、お店NGを聞いて、さて
どうしようと途方にくれつつありましたが、僕はダメもとで
「あぐ楽に電話してみましょう」
と、携帯に番号が登録済み(^^)の馴染みの店に電話したら
改装などしておらず何の問題もなく営業していました・・・
祝勝会のメンバーは、勝利の立役者、優勝の原動力となったO本
さん以外の全員、つまり僕、M市、W谷さん、N川さん、S口さん
でした。男性2名に女性3名という珍しく!?華やかな飲み会
でした。
O本さんは、知らぬ間に帰宅されてしまっていたのでした。
毎度のことですが、その日は優勝したこともあり大量のお酒を
グビグビ飲ませて頂きました(^^)
後半の方は記憶もおぼろげで、何を話したかイマイチ覚えて
おりません。
しかし楽しいことには間違いなく、ずっと笑顔だったことだけは
確実でした。
お開きになって、M市とラーメンを食べてから帰りました。
その辺りの記憶はスッカスカです(^^;
確か「合宿やろう!」とかその程度だったと思われます。
まあ、嬉しい優勝でありました。
皆さん、お疲れ様でした。
日にちは一気に飛んで4月21〜22日は山陰地区に出張でした
仕事のことは書きませんが、宿泊したのは以前にも書いた所で
米子の有名な温泉街である皆生(かいけ)温泉の
「ホテルウエルネスほうき路」
http://www.hotel-wellness.jp/houkiji/
という宿でした。
ここは非常に素晴らしい宿で、宿泊費¥6,400でありながら
豪勢な夕食と朝食が付いており、部屋は10畳(和室)、そして
何といっても最高なのが、露天風呂もサウナもある値段から
したら極上と言っても差し支えない、出張で使うには最高レベル
のホテルなのでした。
山陰地区出張の方には、めっちゃお勧めですよ!
仕事を終え宿に着いたのは18時頃。普通なら温泉につかって
18時半には食事というパターンなのでしょうが、ちょっと僕
だけ事情が違いました。
そう、4月23日にシングルスの試合が控えていたのでした。
(大阪社会人クラブ選手権)
激務続きでなかなか満足に練習もできない僕でしたので、比較的
時間に余裕がある出張の時に、なわとびトレーニングするのが
恒例となっていたのでした。
ちなみに僕がその宿に泊まるのは4回目でしたが、そのうち3回
はなわとびしてました(^^)
僕のわがままで食事の時間を19時にしてもらい、30分間
しっかりなわとびして、フットワークして、軟式テニスラケット
素振りして、いい汗かいてのお風呂は極上そのものでした!
風呂上がりにビールを一気して、豪勢な夕食を頂いて、その後は
僕の部屋で二次会となりました。
僕のせいなのですが、お風呂の時間が30分しかなかったので
僕の大好きなサウナを満喫する時間が、全然足りませんでした。
飲み会の時に
「ああ、もっとサウナ入りたかったなあ・・・」
と漏らしたら、一緒に出張していた2人に
「じゃあ入ってきたら?」
と思わぬ許可を頂けたので、僕は飲み会の途中にもかかわらず
いそいそと再度浴場へと向かったのでありました。
しかしあまりお待たせするわけにもいきませんので、サウナは
10分くらいで終了し、浴場の脇にある休憩室のリクライニング
シートにちょっと横たわったのでした。
それがマズかったです・・・
トレーニングの疲れとアルコールの作用で、僕は知らぬ間に
そこで熟睡してしまったのでした(^^;
僕を待つ2人は、お風呂の割には長いなあ、全然帰ってこない
なあ、と不思議に思っていたそうなのですが、さすがに1時間半
も戻らないと
「風呂で倒れているんじゃないか?」
「サウナで力尽きてるんじゃないか?」
と心配をお掛けしてしまったのでした・・・
大変失礼致しましたm(_ _)m
そして昨日(ようやく追いつきました!)は、大阪社会人クラブ
バドミントン選手権大会 個人戦シングルスです。
僕は今年から45歳の部に出場することにしました。
いろんな考え方はあると思うのですが(年齢が若い部に挑戦する
とか)まあ、僕は45歳であることは間違いない事実ですので
素直に年齢通りで出場することにしました。
場所は舞洲アリーナ。非常に立派な体育館です。
昨年は、滋賀からI井先輩が応援に駆けつけて
下さって、非常に緊張しながらも何とか優勝できた思い出の場所
です。
M野くんに聞いて、僕はタイムテーブルの6段目とのことでした
ので、11時過ぎに会場に到着しました。
そして受付のために本部に行きましたら、そこで驚愕の事実が
判明しました。
僕は第二シードのパッキン(もう定番です)に入っていたの
ですが、一回戦と二回戦の相手が棄権だったのです!
つまり僕はサラサラっとサインを二回するだけで3位が確定
(45歳シングルス参加者数はわずか10名)したのでした。
まあそれは良かった!?のかもしれませんが、往生したのは
待ち時間の長さでした。
僕の最初の試合は、16時頃となってしまったのです。
これも一種の「戦い」でした。
一試合目かつ準決勝は、熊取町の方でした。
大阪以外の方は、熊取町と聞いてもピンとこないと思いますが
簡単に言うと大阪の南端、関空のそばです。
初めて対戦した方でしたので、どんなプレーをするんだろうと
思いましたが、試合始まって数ラリーして、僕のフェイントが
劇的に効きまくるので、途中から急速に気合が抜けてしまい
ました(^^;
一ゲーム目は終盤まで数点しか失点せず、最終的にも半分くらい
だったので、二ゲーム目もほぼ脱力してプレーしていたら
終始リードされながら試合が進み、15−19とちょっとマズい
点数になってしまいました。
ということでそこから気合を入れ直して、21−19としっかり
逆転勝利!準優勝が確定しました。
決勝の相手は、M国クラブのF田さん。2年前の大阪総合40歳
シングルスの決勝でも対戦していた相手です。
その時は半分くらいの点数で完勝していたので、今回も特に嫌な
イメージはありませんでしたが、やはり公式戦でしたので若干の
緊張は否めませんでした。
しかし一旦始まってみると、僕のショットも効いていましたし
F田さんのショットも何とか拾えていたので、途中からは
「いける!」
と確信していました。
1ゲーム目は21−15くらいで先取して、2ゲーム目も終始
リードを保ち、20−16くらいでマッチポイントを握ったの
ですが、勝ちを焦った僕がそこから3連続でミス(^^;
20−19と詰め寄られてしまいました・・・
「ファイナルに入るのはイヤやなあ」と思った僕は、最後の1
ラリーは、スマッシュでいこう!と決めて、F田さんの若干浅め
のサーブを思い切り叩き込んで、ゲームセット。
嬉しい45歳シングルス初優勝となったのでした!
やったー!
と言いながら、おそらく戦前の予想では、おこがましい言い方を
させて頂ければ、僕の優勝が順当だったのではないかと思います
しかし何度も言いますが「勝って当たり前」と思われても
やはり公式戦となると、非常に緊張するものです。
(昨年のプレッシャーほどではありませんでしたが・・・)
もちろん嬉しい優勝でしたが、実感としては「ホッとした」のが
事実です。
この試合では、元パートナーのK澤くんも35歳シングルスに
出場していました。
彼は一回戦を難なく突破して、二回戦は第一シードのA田K一
(A田兄弟の兄)との対戦でした。
僕はその試合をコートサイドで観戦していました。
K澤くんは戦前から自信のない発言をしていましたし、実力的に
A田くんの方が上なのは事実なのでしたが、僕としてはこのK澤
くんの試合は非常に残念な内容なのでした。
一言で言うと、勝利への執念が無かったのです!
非常に淡白な試合運びをしていましたし、粘りもなく、二ゲーム
目などは、A田くんのショートサービスを一発で簡単に5〜6本
アウトにしていました。
続いたラリーについては、はっきり言って互角以上でした。
しかし戦前から自信に欠けていたK澤くんは、勝利へのこだわり
が見えず、淡白そのものの試合展開でした。
試合後K澤くんにそのことを伝えて、感想を聞いてみたら
「ダブルスの優勝で気持ちが切れていました」
とのことでした。
う〜ん・・・僕の思いとしては、やはり競技者である以上、実力
が上の相手だったとしても、何とかあの手この手で少しでも勝つ
可能性を高めるような試合運びを進めてほしかったですね。
その試合後、勝利者のA田くんが僕のところに笑顔で近づいて
きました。
「マサやンのブログ、読んでますよ!」
これは予想外の発言でした。
バドミントンの日本No.1サイト(と僕は思います)BADMINTON
ACADEMYの管理者であり、有名なバド強豪であるA田K一くん
別の表記をすれば有T圭Iくん(予定通りのネタです!)が
僕のブログを読んでくれていたとは!
彼のホームページは本当に素晴らしいので、どうやって作ったの
と聞いたら
「独学です」
とのことでした。大したものですね!
彼は僕の文章の長さに感心していたようですが、文章の長さは
単に書き溜めている期間が長いだけですので、大したことでは
ありません(^^;
A田くんとは「バドミントン界を盛り上げていこう!」という
軽く発言した割には大きな目標を掲げ、お互いのHPにコメントを
書き合おうという軽い口約束を交わしたのでした。
コメント、なに書こう・・・
ではバドの話。
<思ったことは実現してしまう>
これは、先に述べたA田くんVS K澤くんの試合を観戦しての感想
です。
K澤くんは、戦前からはっきりと弱気な発言をしていました。
まあ、元々あまり強気な発言をするタイプではないのですが。
有名で強いA田くんにはまず勝てないだろう、という気持ちが
まずK澤くんの胸中にで〜んと構えていたのでした。(と思い
ます)
大前提として「勝ちたくない」という人は居ないと思います。
その度合いには多少の温度差はあれど、競技としてプレーする
からには、そしてせっかく試合に出場するからには、負けるより
勝ちたいのが当たり前の心理だと思います。
ですのでK澤くんの本音も「勝てないかもしれないけど勝ちたい」
はずなのですが、大きな問題が一つありました。
それは・・・「どうせ勝てないだろう」という想いです。
これは誰しも経験があると思いますが「勝てない」と思うと
大抵勝てません。
なぜなら、自ら勝てないようなプレーをしてしまうからなのです
これは心理学で言うところの「認知バイアス」です。
簡単に言うと「色めがね」であり、自分の思い込みなのです。
例えば、向こうから女性が歩いてきて、一瞬こちらと目が合って
その女性が目を逸らしたとします。
その時に、自分に自信がない人は
「ああ、あの女性は僕が嫌いだから目を逸らしたんだ」
と思うようなことです。
同じことでも、自分に自信がある人は
「ああ、あの女性は僕に気があるから、恥ずかしくて目を逸らし
たんだ」
と思ったりするかもしれないのです。
その実、女性は別に何の意味も意識もなく、たまたま目が合って
視線を他に移しただけかもしれないのです。
このように、人は遭遇する現象に対して、自分なりの意味づけを
無意識に加えて判断しようとするのです。
まあそれが感情のある人間の行動であり、当たり前なのですが
バドミントンの場合も、この思い込みが結果に大きく影響を
与えてしまいます。
つまり「この相手には勝てない。苦手だ」と思ってしまうと
プレーが「勝てないプレー」になってしまうのです。
普段の練習では素晴らしいプレーをしても、一旦苦手意識を
持ってしまうと、いつもならばしないミスを連発してしまうの
です。
それは結局
「人間は自分の行動を自分の思いに合わせようとする」
のが原因なのだと思われます。
その人にとっては、自分の考えこそが正しいので「自分はこの人
には敵わない」と思ってしまうと、自らそうなる結果につながる
ような行動をしてしまうのだと思います。
それで「ああ、やはり勝てなかった。僕の考えが正しかった」
と、負けていながら本音で妙に納得している自分が居るのです。
これは競技者としては、何とか排除しなければなりません!
基本的に、バドでも何でも競技は実力通りにはなるものですが
気持ちの持ち方としては
「勝つぞ!ひょっとしたらいけるかもしれない!」
と、自らを奮い立たせる考え方が大事なのだと思います。
どのように考えるかは、完全にその人の自由です。
思いが行動・結果に与える影響は大きいのですから、それならば
前向きかつ強気な考え方を増やしていった方が、例え実力通りに
勝てなかったとしても「どうせ勝てないだろう」と思いながら
プレーするよりは、はるかに良いプレーができると思いますし
勝てる可能性も上がるというものです。
皆さんも、バドに関してはどんどん自信過剰になりましょう!
その方が勝てる確率が上がっていくと思いますよ。
***************************
昨日は一応勝利の美酒ということで、帰宅してからビール2缶を
空けました。
そして晩ご飯食べて、リビングにちょっと横になったら、知らぬ
間に熟睡してしまいました。
出張の時と同じですね(^^;
目が覚めたのは2時過ぎで、そこからベッドに移動したのですが
もう全然寝られなくなってしまいました。
諦めて、起きてブログを更新することにしました(^^)
珍しく早い更新です!?
レスポンスが遅くなりましたが、どなたかからコメントを頂いて
おりました。
本音を言うと、ペンネームくらいは書いて頂きたかったのですが
気になる方も居られると思いますので、以下記します。
僕がなぜ、K澤くんとペア解消したのかという理由ですが
これは、僕の完全なわがままでした。
つまり
1)同い年であり友人でありバド上級者のM市と組みたかった。
2)10歳も年下の部でプレーするのはキツかった。
のが理由です。
K澤くんは練習熱心であり、昔から比べたら非常に上達して
ダブルスの安定度では、今では僕より上だと思うくらいなの
ですが、僕の大きな目標は全日本シニアでの上位進出なので
そうなると35歳の部でチャレンジするよりも、本来の年齢の部
で頑張る方が、より上位に行く可能性が高いと思ったからです。
何といっても45歳は紛れもない事実ですので、その年代で勝ち
上がることがまずは基本だと思うのです。
上級者のM市としては、45歳の部をよしとしているようでも
ないみたいでしたが、まず45で出て結果を出した後に、若い部
にランクアップしていこう、ということで同意が取れました。
M市は仕事の関係で、そもそも全日本シニア出場ができなかった
のですが、今年は何とか行けそうだとのことで、晴れてM市M岡
ペアが復活した次第です。
いきなりペア解消を申し入れてK澤くんにはすまない気持ちが
強かったのですが、前回も書いた通り新パートナーで優勝して
くれて、僕は本当に嬉しかったとともにホッとしたのでした。
ちなみに、今回40歳ではM野くん、55歳ではダントツにH野
さん、そして60歳ではO本さん(四條畷オープンでの助っ人)
が見事優勝されました。おめでとうございます!
M野くん、H野さん、O本さん、K澤くん、そして僕と、木曜日に
成田山(東北コミセン)でプレーしているメンバーが揃って
優勝という素晴らしい結果になりました。
(って僕は最近全く行けてませんが・・・)
皆さんも年代別で優勝したかったら!?木曜18時に東北コミ
センに来て下さい。
社会人のチャンプ達がお相手になりますよ!
さあ、さすがにそろそろ眠たくなってきましたzzz
今から寝たら、お昼になっちゃうなあ・・・
サンデーモーニングで、張本さんの「渇!」でも見てから、また
リビングで寝る事にします。
ではまた!